第20回
『坊っちゃん』 夏目漱石/著 (新潮文庫他)
数か月前、とても疲れていて本が読めなかった時があった。どうにかして心と脳に元気を取り戻したいと思って、図書館に行ったけどダメ。帰りに寄った本屋で、前から興味のあった夏目漱石の評論集を手に取って見ていたら、評論家の加藤典洋氏が解説で「疲れているときは本が読めなくなる」と書いていた。ああ、みんなそうなのかと思った。しかし彼は、数十年ぶりに再読した夏目漱石の『坊っちゃん』は読めたという。
だからぼくも、この本を買った。ぼくがこの小説を読んだのは中学生の頃だったかいつだったか忘れたが、いい加減な飛ばし読みだった。このたび改めて読み返したわけだが、確かに読める。笑いながら一気に読んだ。何が一番よかったかというと、言葉のリズムだ。それに、表現が生き生きしている。結婚式のスピーチのような陳腐さがない。もちろん今から百年近く前の作品だから、いわゆる古い表現はあちこちにあるが、感覚は古びていない。言葉の力やみずみずしさが全く失われていない。名文とはこういうのを言うのだろう。声に出して読みたい日本語、というのがブームになっているが、これはそのお手本のような作品だ。加藤氏も、疲れていても読める理由に漱石の文体を挙げている。
もちろん漱石の魅力は文体だけではないけれど、文豪だからどうのこうのといった前知識をここではいったん抜きにして面白さを味わうのは、とてもいいことだと思う。すると今度は、さらに漱石の他の作品も探検してみようかな、と言う気になるかも知れないし、そうなれば十分に心は元気を取り戻している。
みなさんも、疲れていたら『坊っちゃん』を。
10/31/2002
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