第4回
『アンネの日記』(完全版)
アンネ・フランク/著、深町眞理子/訳、文春文庫、1994、\686+税
ぼくは去年、小学5年だった娘がクラスで人間関係に苦しんでいたときに、この本を読むよう薦めた。若いときにぶつかる人生の壁をどう乗り越えるか。受けねらいだけのドラマや歌では、問題をごまかせても解決はできない。でもここには君の友達がいる。
裕福な消費社会にどっぷりと浸かっている今の日本人に、戦争のただ中にある人たちのことを想像するのは難しい。この有名な日記も、60年近く前に現在の日本とはずいぶん異なった環境の中で書かれた作品だから、わたしたちが実感として理解することは不可能だろう。しかし、極限の状況で書かれたからこそ、平和や豊かさや愛についての普遍的な意味を、より鮮明に教えてくれる。アンネ・フランクは決して「いい子」ではない。わたしたちのまわりの子どもたちと同じように悩み、人を憎み、傷つけたりもしている。しかし同時に、日記を書き綴ることで世界や人間について、透徹した眼と気高い精神を手に入れた。この成長を、読者として若いときに追体験できることは、その後の生き方を変えるに違いない。
不思議なものだ。今、日本人の体は自由だ。基本的に政治的な制限はない。お金持ちで、世界中どこへでも行ける。でもその思考は、自分のまわり数メートル以上には出ていないのではないか。陰湿ないじめが横行する子どもたちやおとなたちの世界を見るとき、ぼくはいつもそう思う。この日記を書いていたアンネは、屋根裏部屋に閉じこめられていて、体(行動)の自由は制限されていたけれど、その思考や感情は深く高く、戦後半世紀余りを過ぎてなお広く世界中をめぐり、人々に感動と勇気を与えている。
4/19/2001
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