第1回

『翻訳夜話』 村上春樹・柴田元幸/著、文春新書、2000、\740+税

 発刊後すぐにベストセラーになった。今や英語関連の本は、料理の本と同じくらい出版界のマンネリズムになっていて、似たり寄ったりが掃いて捨てるほどある。その中でこれはなかなか刺激的。ここ20年以上、日本ではコミュニケーションの英語に力点が置かれるようになったが、翻訳はコミュニケーションとしての英語とも英文解釈とも全く別 の作業である。この翻訳を生業の一つとする二人の著者が、翻訳をキーワードに言語の問題を語る。対談が中心なので読みやすい。共通 の苦労もありながら、翻訳に対する姿勢が異なっている部分もいろいろあって、その違いが問題点を立体的にしている。
 二人の翻訳の実例も掲載され、それをめぐって若い翻訳者を交えての座談会もあり、翻訳業を目指す人たちには、格好の参考書だろう。しかし言葉や文学に感心を持つ人なら、誰でもこの中にある数々のコメントに目を見開かれるはずだ。
 ところで、 ぼくは村上春樹さんの小説はそれほどたくさん読んだわけではないが、しばしば独特の言語表現につまずく。読んだときのそのひっかかりが、この作家の意図的なものであることが、本書を読んでよくわかった。でもその引っかかりがぼくはどうしても気になって、本書の翻訳実例を比較してみても、個人的には柴田さんの翻訳の方が好きである。

 
                                4/6/2001

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