−2− 
Die Elegie von meinem Freund gegeben.
 果てしなく続く闇の中、恒星の光を受けて銀色の姿を浮かび上がらせている、ガイエスブルグ要
塞。貴族連合軍を完全に制圧したラインハルト軍が、徐々に入港してゆく。ロイエンタール、ミッター
マイヤーの艦隊に始まり、既に大部分が要塞内への駐留を果たし、残るは彼、キルヒアイスの艦隊
のみとなっている。
 旗艦バルバロッサのプライベート・ルームで、彼は陽の光のない朝を迎えた。あまり爽やかな目覚
めとは言えなかった。なかなか寝付けずにいた上、悪夢にうなされてから数時間、浅い眠りを繰り返
していただけなのだから。
 戦いが一つ終わったことへの満足感よりも、別の不快感が胸中を満たしている。
 部屋の側壁に大きくはめ込まれた肉視窓に近付き、額を当てる。ガラスの冷たさが気持ち良い。
混乱し、困惑した頭を宥めてくれそうで。
 星々の光明の広がりと、その右端に姿を現している要塞を視界に映しながら、キルヒアイスは手に
拳を作り、縋った窓に軽くぶつけた。



 指揮シートに身を沈めたキルヒアイスは、艦隊の入港を指揮しながら、何か体の中が掻き乱される
ような不安感を意識していた。
 夢見が悪かったと、自らに言い聞かせ、周囲の者に異変を悟られないよう気遣う。考えに沈むのは
めずらしくもないだろうが、ふとした拍子に表情が苦悩に歪みそうになるのは、自分でも意外に思わ
れる。
 そっと溜め息を漏らしつつ、幾度も繰り返された思考を再び脳裏に綴り出す。
 彼が思うのはいつも、金色の髪を持つ友と、その姉のこと・・・・今までもそうであったし、これからも
ずっとそれは変わらないだろう。ラインハルトを抜きに人生を考えることなど出来ない。
 しかし、自分達は変わらねばならなくなってしまったのだろうか・・・・他でもない、自分達の夢を叶え
る為に。
 二人で歩いていく、そのことに、何の疑念も不安も抱いてはいなかった。
 その筈が、どこかが食い違っていく――――
 お互いのつながりが、自分にとって何よりも大切なものであったことに初めて気付く。そして、こんな
にも彼と共に在りたいと願う気持ちも、初めてのものであった。
 死による別離ではない、心が離れていくのが、一番怖い――――
 苦しい程思いつめては、立ち止まる。否、自分達は大丈夫だ。これからもずっと、同じ道を行く。誰も
代わりにはなれない、唯一人同士だから・・・・。
 自分に彼しかないように、彼にも自分しかないのだ。
 そこで又、考える。自分だけが、そう信じようとしているだけだったら?――――



「銀河帝国軍最高司令官ラインハルト・ローエングラム侯爵閣下、ご入来!」
 敬礼をし、キルヒアイスは真っ直ぐな視線をラインハルトに向けた。
――――ラインハルトさま、何をお考えですか。
     あなたの考えていることが解らないなんて、
     こんなこと、今までありませんでした――――
 入室してきたラインハルトは、キルヒアイスと目を合わせかけて、そのまま視線を泳がせた。キルヒ
アイスは、心臓を氷の手に掴まれたような胸苦しさを覚えた。
 ガイエスブルグ要塞での、戦勝式が始まる。



 男は、ハンド・キャノンを取り出して構えた。
 視覚による衝撃を受けて、一瞬思考が停止してしまう。
 しかしこれは夢ではなく、キルヒアイスは夢の中とは違う自己の肉体を感じていた。
 反射的にブラスターを求めた手は空を切り、次の瞬間には殆ど衝動的に、弾かれるように飛び出して
いた。
わがひとに与うる哀歌 
太陽は美しく輝き

あるいは  太陽の美しく輝くことを希い

手をかたくくみあわせ

しずかに私たちは歩いて行った

かく誘うものの何であろうとも

私たちの内の

誘わるる清らかさを私は信ずる

無縁のひとはたとえ

鳥々は恒に変わらず鳴き

草木の囁きは時をわかたずとするとも

いま私たちは聴く

私たちの意志の姿勢で

それらの無辺な広大の讃歌を

ああ  わがひと

輝くこの日光の中に忍びこんでいる

音なき空虚を

歴然と見わくる目の発明の

何になろう

如かない  人気ない山に上り

切に希われた太陽をして

殆ど死した湖の一面に遍照さするのに
伊東 静雄 
TOP 
BACK 
  
89.08.09. : Tonbi Hasaki