わが友に与うる哀歌  1 
 寝苦しい夜だった、
 不快感が胸一杯に広がり、体は微熱を発しているようにけだるく、頭は氷を呑んだ時に
似て締め付けられている。
 左眼にかかった赤い髪の一房を、指につまんで引っ張ると、彼は大きく息を吐き出した。
 幾ら深呼吸を繰り返しても、胸の奥から重く濁った空気を吐き出すことが出来ない。嘔吐
感までもが迫り上げてきて、彼は唾を呑み、顔をしかめた。
 以前はこんなことはなかった。興奮して眠れない夜は幾度もあったが、しかし、病気をした
訳でもないのに、こんなにも気分が悪くて寝付けないことなど、覚えになかった。
 寝返りをうつ。冷えたシーツが、ほてる手足に気持ち良い。だがそれもすぐに熱を含み、
体を焦らしてくる。
昔――――同じ布団にくるまった友。長い間、ベッドを並べ、時には夜遅くまで言葉を交わし、
その寝息は心を穏やかにした、唯一人の親友。
 心地好かったあの布団はもうなく、隣りで眠ることもなくなってしまったけれど、自分達の絆
は一層深く強いものになっていると信じていた。たとえ物質の身が遠く何万光年と離れてい
ようと、心は最も近くあると、それが自分の支えであり、生き甲斐であった。
――――彼と共に在ることの幸福――――
 それが失われようとしている今、安らかに眠れよう筈もない。悲しみという名の沼にはまり、
段々と体が重くなってゆく。
 空想の物語にある、引き込まれ沈んだ者は、逃れられずに死んでしまうという沼を思い出
す――――
 自分はどうなってしまうのだろうと、彼は思った。



 彼が立っている。自分よりも高く、離れた場所に。
 キルヒアイスは、いつも心にかけているその人が、たった一人で立っていることに不安を覚
えた。
 何故誰もそばに居ないのか。自分がそばに立てなくても、せめて他の誰かが守ってやらな
ければ――――そう考えた途端に、心の中に衝撃が走った。
 あの人は、一人で歩いていかなければならなくなってしまったのだ。その認識は、キルヒア
イスに果てしない悲しみと淋しさを与えた。
 自分の立っている場所には、他の提督達が並んでいる。彼らも自分と同じように、直立不
動の姿勢で、壇上に佇む黄金の髪を持つ美しい青年を見守っていた。
 その時、体の正面に焼きごてを押し付けられたような熱い圧迫感を受け、息苦しさに驚き、
目を見開いた。その視界に飛び込んで来たのは、今まで空間であった広間の中央に冷然と
立っている、銃を構えた男であった。明らかに、壇上の唯一の人間に殺意を投げ掛けている。
 瞬間、キルヒアイスの感覚は、視覚以外がすべて麻痺してしまったようであった。その直後、
体が燃え上がるように熱くなり、多量の汗を噴き出す。それでも体は、何倍もの重力に捕らわ
れたように微動だにせず、強烈な熱と圧力でその場に押し込められる感覚に苦しめられた。
 息も出来ず、心臓の鼓動すら止まってしまったような瞬間、金髪に向けられた銃口が火を噴
いた。



 一瞬にして、現実の世界にいる自分に取って代わると、キルヒアイスは大きく喘いだ。
 夢だったのだ――――未だ体にショックが残っている。胸が苦しい。夢の中での戦慄が、その
まま現の身をさいなむ。
 全身の汗を意識しながら、彼は強張った体から少しずつ緊張を解いていった。ほっとした途端
に、両眼から涙がこぼれ落ちる。
 何という夢だ、と彼は胸中につぶやく。
 悪夢――――その中には、現実の我が身も映し出されているのだ。
 夢の中での悲しみが、今も彼の心深くに広がっていた。

Die Elegie von meinem Freund gegeben.  
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