■海の嵐■ 1
訓練航海に出る前の日だった。
「帰って来た週の日曜、俺親と出掛けますから」
用件を言わずにそう切り出した。
「ん?どこ行くんだ?」
風呂上りの深町さんは、タオルで髪を拭きながら、テーブルの上に
ビールの缶を置く。
「ホテルで食事ですよ」
「ふーん・・・・」
この深町さんのマンションに一緒に住むようになって1年が経つ。最
初はどうばるかと不安だった同居も、始めてみればさしたる問題も起
こらずに、上手くいっていた。
ただ、まだ俺の親の問題は解決していない。今度食事も、実の所は
無理やり親が決めてきたお見合いだった。
「速水・・・・」
手招きされて、隣りに腰を下ろす。演習に出てしまえば、またしばらく
の間こうして触れ合うことは出来ない。そう思うと、いつもよりお互いに
求め合うことが多くなる。
さすがに最近は、激しく求められることは少なくなってきた。5才も年
上の恋人は、もう今年40になる。それよりも、お互いの体温を感じ合
うような、優しい抱擁をされることが多い。
いつまでもこうしていたいと思うのは、俺だけではないはずで。
胸の上に逞しい体の重みを感じながら、切ないほどの愛しさが込み
上げて、まだ生乾きの髪に指を絡ませた。
2週間の演習も、予定された行動をすべて終了し、後は帰途を残すの
みとなっていた。
「艦長、今いいっすか?」
呼び止められて、俺は食堂に足を踏み入れた。
水測長の南波曹長が、相変わらず何かを企んでいるような笑みを浮
かべて、コーヒーを飲んでいた。
どうぞとカップを差し出されて、向かいに腰を下ろす。
「実は副長のことなんスけどね」
声を潜めて話し出す。彼は俺と副長の速水との間に、特別な関係が
あることに気付いている数少ない友人の一人だ。