いつもの部活風景の中、一箇所だけ、違和感を覚える。
――――あの二人、自分たちがどれだけ注目されてるのか、きっと全然気付いていないん
だろうな・・・・――――
 やれやれ、と苦笑混じりについたため息を、隣りにいた菊丸に気付かれ、何でもないと首
を振る。
 テニス部の部長である手塚と、一年生ながらレギュラーになった越前。同じように一年か
らレギュラーである手塚と、同じサウスポーであるという点の他には、彼らを結びつける接
点はないように思われている。
 だがこの所、二人が一緒に居る姿をよく見かける。
 遅刻などで何かと手塚には怒られてばかりの越前が、反発するでなく手塚に懐いている
のは良い傾向だと、他のレギュラー陣はその変化を歓迎していた。
 若干桃城辺りが、面白くないようではあるのだが。そう分析しながら、人の事を言えない
自分に気付く。
 視界の隅で、手塚が動いた。彼の左手が一瞬、越前の頬をすべり、それから肩に置かれ
て軽く押すように離れる。
――――手塚があんな風に、他人に触れることはなかった――――
 ズキリ、と痛む胸に、軽く目をつむる。
 それでも自分は、彼に笑顔を向けるのだ。



       ◆ ◇ ◆



 不二周助は、入学当初はあまり目立たない存在だった。
 テニス部に入部してすぐに、小学生時に日本一の成績を残していた手塚が注目を集め、
当時の部長から寄せられた期待に応え、早々とレギュラー入りを果たしていた一方で、不
二はそれなりの経験を積んでいたにもかかわらず、その実力を表に出すことはなかった。
 彼の実力が初めて明らかにされたのは、9月の校内ランキング戦においてであり、手塚
とは別ブロックに配置されていた不二は、手塚と同じく全勝でのレギュラー入りを果たしたの
だ。
 二人目の一年生レギュラーとなった不二は、その頃ようやく身長が150pに届こうかと
いう、小柄な体格故に、1年の間は校外の対戦においては負けを喫することもあった。しか
し、彼の類い稀な才能とセンスは、すぐに手塚に次ぐ実力の持ち主として周囲から認められ
るに至ったのだった。
 その頃、数多くの一年生は、そのクラス分けなどにより、幾つかのグループが出来ていた
のだが、手塚はどちらかと言うと孤立しており、大抵は大石と共に居ることが多く、反面不二
は、菊丸や乾、河村など常に多くの友人に囲まれていた。
 同じレギュラーでありながら、ほとんど会話をすることのなかった二人の関係が変わったの
は、次のランキング戦で初めて直接対戦をしてからだった。
 それまで不二は、手塚のことをあまり意識してはいなかった。
 自分はまだ背も低く、去年まではジュニア用のラケットを使っていたくらいで。人より背が
高く、早くから実力を示している手塚とは、いずれ対等になれるかも知れないとしても、今は
別に気にすることはないと考えていた。
 しかし、ランキング戦での対戦が終わり、握手を交わした後。
「ダメだと思うとすぐ諦めるだろう。不二、悪い癖だと思うよ」
 最初、誰がしゃべっているのか判らなかった。それが、隣りを歩く手塚の口から発せられ
た言葉だと気付くと、頬に熱が上った。そんな事を言われるとは思っていなくて、とっさに何
も言い返すことが出来ない。
 コートの外で、菊丸達に囲まれているうちに、問い返すきっかけもないまま、手塚はすぐに
姿を消してしまっていた。
「すごいなー不二、手塚から2ゲーム取った人って、初めてじゃない?」
「え・・・・そうだった?」
「俺らじゃてんで相手になんないもん。不二ってホントに上手いのなー、俺も早く上手くなり
たいや」
 屈託なく笑いながら言う菊丸に、救われたような気分になりながら、不二も口元をほころ
ばせた。
 それから、不二は同じレギュラーとしてだけでなく、手塚がどのような人間なのか、興味を
持って見るようになった。
 他人とあまり交流を図ることがなく、感情を表に出すことも滅多にない手塚が、普段どんな
ことを考えているのかが気になったのだ。
 それまでは話し掛けたこともなかったのに、部活中やそれ以外の時でも、テニスのこと、
ラケットなどについてや練習方法についても、あれこれ訊くようにしてみる。
 急に距離を近付けた不二に対して、手塚は何の戸惑いも見せることなく、訊かれたことに
は普通に答えていた。
 だがやはりそれは一方的なもので、手塚が自分から動いたりすることはないように見え
た。
 周囲から見ても、同じ一年のレギュラーである手塚に対し、不二がなるべく孤立しないよ
うに気遣っているのだと受け止められていた。そんな状況に、不二は次第に不満をつのら
せていく。
 自分は、手塚を認めているし尊敬もしている。だから他の友人達と同じように、仲良くなり
たいと思っているのに、手塚は一向に距離を近付けようとしない。心を開いてこないのだ。
 今まで、そんな人間はいなかった。自分が笑いかければ、相手も同じように微笑んでくれ
るか、もしくは弟のように反発してソッポを向くか、その反応は限られていた。
 しかし手塚は、無表情で流す。そして、自分の顔を見てくれることも少ない。いつまでたっ
ても、その対応は変わらなかった。
 テスト期間で部活が休みの時、知り合いのコートで練習出来るからと、手塚を誘って行く
こともあった。そんな時も、笑顔一つ見せない手塚に、不二は訊ねた。
「ねぇ、僕がこうして誘うの、迷惑?」
「そんなことはない」
「だっていつもそんなつまらなそうな顔しててさ・・・・笑わないよね。どうして?」
 内心の不安を押し隠しながら、なるべく穏やかにそう訊ねる。
 手塚はわずかに眉をひそめ、困惑した表情で答えた。
「すまない・・・・確かによくそう言われるんだが・・・・理由を言わないとダメか?」
「僕を嫌いじゃなかったら、教えて」
「・・・・たいしたことじゃないんだ・・・・」
 他には誰もいないのに、声を少し落として言いにくそうに告げる。
 その様子が、今まで見せたことのないような、年相応に可愛気のある顔をしていて、不
二は思わず吹き出してしまった。
「変なの・・・・それで、笑うの我慢してたりするの?」
「別にそんなことはない。絶対に笑わないという訳でもないし・・・・」
 クスクスと笑っている不二に、手塚はますます怪訝そうな顔をする。
「俺はこんな奴だから・・・・どうして不二は、俺に構うんだ?練習だって、気の合うやつとやっ
た方がいいんじゃないか」
 そう言われて、不二は心外だと言う顔をする。
「だって、手塚はテニス凄く上手いじゃない。それに僕は、君みたいな人、嫌いじゃないし」
 もう少し打たないかと、コートに出る。手塚が小さくもらしたため息に、不二は気付いては
いなかった。






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