最近どうも越前に元気がない。
 元々あまり騒いだりはしゃいだりする性質ではないので、あまり変わっていないようにも見える
のだが、さすがに恋人という立場にいる自分が、彼の変化を見逃すことはなかった。
 だがその原因が何であるのかまでは判らない。手塚らが部を引退したのは去年の暮れの事で、
つい先日のバレンタインデーなどもそれなりに楽しく過ごしたばかりであったから、自分には理由
が見当たらないのだった。
 二人でいる時にはあまりそんな素振りも見せないのだが、どうやら部活では桃城あたりも気にす
る程の落ち込みようらしい。
 だが桃城などがどうしたのか訊ねても、何でもないの一点張りなのだと、手塚に相談を持ちかけ
てきたりもするので、さすがに放って置く訳にもいかなくなった。
「どこか身体でも痛めたんじゃなければいいんスけどね。一人で座ってたりする時に、何か顔しか
めてたりするし」
 そう言って、桃城は心配そうに顔付きを曇らせていた。自分が何とか確かめてみるから、それ以
上気にするなとなだめて、手塚は越前の元へ向かった。
 ストローク練習を終えて、金網にもたれ掛かっている越前を見つけて、近寄る。確かに普段であ
れば、練習は楽しそうにこなし、少しもきつそうな素振りを見せることのない彼が、口元をタオルで
覆って眉をひそめているようだった。
「どこか具合でも悪いのか」
「部長っ・・・・別に、何ともないっス」
 金網越しに、一瞬手塚を見て嬉しそうにした越前は、すぐに掛けられた言葉に唇を尖らせて顔を
背けた。
 二人は気付かなかったが、コート中の視線が今、二人に集中していた。無敗の伝説を持つ前部
長と現エースが揃っていると、やはり何か起こるのかと期待してしまうのだろう。
「それなら、あまり周りに心配されるようなことをするな」
「心配・・・・?」
「そうだ。最近元気がないだろう。桃城も心配しているぞ」
 越前は少し俯いていたが、やがて振り切るように顔を上げると、手塚に向かって笑いかけた。
「じゃあ、ちょっと打っていきません?そしたら俺が調子悪くないって判るでしょ」
 俺ので良かったら、とラケットを差し出され、手塚は仕方なく上着だけを脱いでコートに入った。
 途端に歓声のようなざわめきが起こる。他の者の邪魔になってしまったかと、少し気に掛かった
が今更やめることも出来ない。それに練習を中断して見物する者がいたとしても、それを注意する
立場にあるのは、今は桃城の方だった。
 軽く練習のつもりで打ち合ったが、確かに越前の動きはいつもと変わらなく見えた。多少振り回
してみても、難なくついてくる。
 不調の原因がテニスにあるのではないと判ると、手塚は早々と練習を切り上げた。ラケットを返
しながら、物足りなさに少し不満そうな越前に言う。
「まだ部活は終わってないだろう。ちゃんと残りのメニューをこなしてこい。待っててやるから、一緒
に帰ろう」
「・・・・うん!」
 そう言ってやっと嬉しそうに笑った越前は、またコートに戻って行った。
「部長・・・・どうでしたか?」
 桃城が隣りに立って言う。
「いや、身体の方は問題ないように見えるが・・・・それより桃城、お前まで部長と呼ぶな。今はお前
だろう」
「すいません、つい・・・・でも、俺らだとやっぱダメなんでしょうね。越前のこと、頼みます」
 改まって頭を下げられ、手塚は少し複雑な思いで頷いた。
 やがて部活終了の時間になる。今の時期ようやく日も延びてきたとは言え、既にナイターの照明
が点けられており、太陽はとうに地平線の下に沈んでしまっていた。
 片付けや着替えが済むまで、手塚は校門へ向かう道の手前で、樹の幹に寄り掛かりながら待っ
ていた。
 ちらほらとテニス部の部員が通り過ぎて行く。目立たないように立っていたので、あまり気付く者
はいなかった。一々挨拶をされるのも大変なので、暗い所を選んで立っていたのが功を奏したよう
だ。
 やがて1年生の集団の後から、一人ゆっくりと出て来た越前の姿を認め、手塚はその影に近付
いた。
 手塚に気付いた越前は、小走りに駆け寄り、寄り添うように立つ。
「・・・・なんか、久し振りだね」
 左腕に自分の腕を絡めてくる越前を、たしなめるように見下ろした。
「・・・・まだ校内だぞ」
「えー、いいでしょ、せっかくなんだから。もう人いないよ」
 仕方なく、少しだけ身体を離して、手を繋ぎ直す。
 卒業したらこうやって帰ることもなくなるのかと思うと、つい甘やかしてしまう手塚なのであった。
 いつもなら、駅へと別れるはずの交差点で。手塚はそのまま越前の家への道を歩き続ける。
「あれ?帰んないの」
「・・・・お前の家に、寄ってもいいか?」
「うん、嬉しい!きっと母さんも喜ぶよ」
 住宅地をしばらく歩くと、越前の家に着く。仕事に出ている母親も、このくらいの時間には大抵帰
宅しているらしい。越前に続いて、手塚も玄関に入った。
「ただいま。母さん、部長来たよ!」
「お邪魔します」
 台所の方から、越前の母親が顔を出した。
「まぁ、いらっしゃい。この前はありがとうね。今日はゆっくりしていけるのかしら?」
「夕ご飯、食べてくでしょ?部長」
「ではお言葉に甘えさせて頂きます。あまりお構いなく」
 母親が、取りあえずお茶を部屋に持って行くからと言うのに、すみませんと頭を下げて、2階の
越前の部屋へと上がった。
 部屋に入った越前は、バッグを投げるように置き、ベッドに腰を下ろした。
 手塚も自分のカバンを置いて、勝手知ったる部屋の暖房を入れながら机の前の椅子に座る。
「取りあえず着替えたらどうだ?」
 制服がしわになるからと声を掛けるが、越前はそのまま膝を抱えて横になってしまう。
「う〜ん・・・・あとでじゃだめ?」
 手塚は仕方ないと言うように、自分がクローゼットへ向かい、適当にその中から普段着を取り出
した。とりあえずベッドの上に置くと、ノックの音と共にトレイを持った母親が顔を出す。
「お夕食までまだ時間があるから、ゆっくりしててね。出来たら呼ぶから」
「ありがとうございます」
 飲み物とお菓子の乗ったトレイを受け取ると、母親はにっこりと会釈をして扉を閉めた。
 手塚にはコーヒーと、越前にはミロ。牛乳だけではあまり飲みたがらない彼に、これを入れたら
どうかと手塚が持ってきたものだ。甘いココアの味に栄養価も高いとあって、それ以来彼のお気に
入りになっている。
 トレイを机に置くと、相変わらずうずくまっている越前の横に座って、その顔を覗き込んだ。
「どうした?疲れたのか・・・・」
 越前は黙ったまま首を横に振る。何かを堪えているような表情に、手塚は重ねて訊ねた。
「やっぱりどこか痛いのか?それとも、何か気になることでもあるのか?」
 その頭に優しく手を乗せて撫でる。
「・・・・俺にも言えないことなのか?」
 少し身動ぎした越前の腕を掴んで、体を起き上がらせた。
 不安を映して揺らいだ瞳に確信した手塚は、体を横に並べながらその肩を抱き込むようにして、
壁に背中をもたれ掛けさせた。
「なぁ・・・・何でもいいから、言ってくれないか。俺だって不安になる・・・・」
「・・・・部長が?」
「ああ。俺のせいで元気がないのか、とか」
「そうじゃないよ!俺・・・・」
 手塚の方を見上げた越前は、また両足を抱え込みながら手塚の胸に頭を傾けた。
「ねぇ・・・・動いてない時に足とか痛いのって、病気なのかな?」
「痛いのか。どの辺だ?」
「うーん・・・・今はこの辺」
 そう言って自分の膝から脛にかけて手でさすって示す。
「違う場所の時もあるし、寝る前とかひどいんだ。寝付けなくなるし・・・・でも動いてる間は、忘れて
られるし・・・・骨とかが痛い感じなの。そういう病気って聞いたことある?」
「・・・・そうか」
 手塚はホッとして肩の力を抜いた。そうだったのか。理由が判らないのであれば、それは確かに
不安になるものだ。
「ご両親には、聞いてみたのか?」
「うん・・・・親父には。でも動けるんなら大丈夫だろって言われた。ねぇ、放っておいても平気なの?」
「ああ、大丈夫だ、心配ない」
 手塚はその足を自分の手でさすってやりながら言った。
「これは、成長痛と言うんだ」
「セーチョーツウ?」
 首を傾げて手塚の顔を見上げてくるのに、微笑んでやりながら答える。
「今ぐらいの年に、手足が急に伸びる時に起こる痛みのことだ。お前、ここ2・3ヶ月で急に背が伸び
てきただろう?」
「うん・・・・まだ4・5cmだけどね」
「ある程度大きくなってくれば、自然となくなる。だから大丈夫だ」
「・・・・そっか。・・・・なんだ、そうだったんだ」
 ホッと息を吐いて、越前は自分の膝に額を当ててつぶやいた。その肩をポンと叩いて、手塚はベッ
ドから下り立った。トレイからコーヒーとミロのカップを取って、越前の分を手渡してやる。
 やっと安心したようにこくりと飲み、越前は少し気恥ずかしそうに微笑んだ。
「あーあ。やっぱ親父のせいじゃん。腹立つなぁ!親父がちゃんと教えてくれれば、こんなに悩まず
に済んだのに」
「そうかもな」
 飲みかけのカップをベッドヘッドに置いて、手塚は再び隣りに腰を下ろした。越前は自分のカップを
置こうと、その体を乗り越えて腕を伸ばす。
 そしてそのまま向かい合うようにして、手塚の太ももの上に座った。
「部長が撫でてくれると、痛くなくなる気がする」
 いたずらっぽい瞳に、その体を抱き止めてやりながら、手塚は微かな苦笑を浮かべる。
「痛いのは、足だけか?」
 くすっと笑って越前は手塚の首に両腕を巻きつけた。
「今はね。でもそのうちあちこち痛くなるかも」
 声に出さずにこら、とたしなめて、お互いに引き寄せられるように唇を合わせる。より深く重ねて舌
を引き出して絡めると、甘いココアの香りがした。自分よりも熱くて、薄く柔らかい舌の感触を味わい
尽くすように吸い上げる。
 名残惜しむように何度もついばみながら、ゆっくりと身体を離した。
「ほら、夕食の前に着替えておかないと」
「じゃあ部長、手伝って」
 調子に乗るな、と言いながらも、彼の上衣のボタンを1つ2つと外してやる。
 上着を袖から抜き取ってやり、あとは自分でしろとばかりに、上着を置いて腕を下ろした。
 越前はベッドの上で立ち上がりながらベルトを外し、ズボンを脱ぎ出した。片足を外したところで、
うっ、とバランスを崩してしゃがみ込む。
「おい、気を付けろ」
 慌ててその身体を支えようと腕を伸ばした手塚は、ベッドから転がり落ちそうになるのを引っ張って
止める。
「気が緩んだら今思っきし痛かったーっ足」
 けたけたと笑い転げている越前の身体の脇に、両腕をついてため息を付く。転がったままでズボン
を脱ぎ、そのまま手塚にじゃれついてくるのを、上から抑え込んで睨みつけた。
「早く着替えてしまえ。でないと、襲うぞ」
 初め笑っていた越前は、手塚の目の怖さに押されたように笑うのを止めて。
「・・・・ごめんなさい」
 と、小さく謝った。
 その時、階下から母親が、2人の名を呼び夕食が出来たことを告げる。
 返事をしてようやくバタバタと着替える越前を、仕方がないなと思いながら眺めていた手塚は、脱
ぎ散らかされた制服をハンガーに掛けるために立ち上がった。
02.02.17.UP 波崎 とんび 
書き逃げです・・・すみません。しかしこれでは部長が何か保父・・・(−−;
子供のリョーマさんと、優しい部長が書けて、それなりに楽しかったのですが、
こんなのでもいいのでしょうか・・・塚リョとして成り立ってます?
人によってはあったりなかったりする成長痛。とんびは結構痛かった方でした。
でも何歳くらいでなるものだったのか、もう遠い過去なので忘れてしまいました。
もっと小さい頃だったかも・・・?(^^;ゞ
これではあまりにも物足りない・・・ので、期間中間に合えばもうちょっと頑張っ
てみます。お粗末さまでした。


という訳で、つづきもあります。その辺に。
     
Growth ache