■12月24日■ −1− 
 祐介が現れるかどうか、自分でもその可能性は半分も見出だせずに、雄一郎は
司祭の声を聞いていた。
 降誕節を翌日に控えた今日、親友を裏切り、彼の心を傷付けた自分の罪を悔い
る為に、そこに座っていた。しかし友である彼に会うことが叶えば、また新たな、
そして消えることのない罪を犯すであろう自分に、果たしてこの場にとどまって
いる資格があるのだろうか。
 だが、世の中には欺瞞と矛盾が満ちているのだ。今更自分一人、この小さな存
在が重ねてきた多くの罪よりも、たとえ重い過ちを犯すことになっても、何者に
も代え難いただ一人を愛することの方が、幸せというものではないか。今この自
分はまさに、その為だけに生かされているのだから。

 人気の無くなった礼拝堂を後にし、合田雄一郎はコートの襟を合わせながら、
白く息を吐き出した。おそらく彼は、ここには来ない。仕事か、それとも。ただ
自分と顔を合わせたくないだけなのか。
 今まで何度も、お互いの関係を修復する一歩を踏み出してきたのは、加納祐介
の方だった。その度に、安堵しながら甘えてきただけの自分だった。
 今度は自分の番、と思う訳ではない。今までの自分は、もう死んだも同然なの
だ。新しい生命を得た今、生きて行く為に必要なものは、自分で手に入れなけれ
ばならない。それは、誰かが与えてくれるものではないのだから。
 小さな路地を抜けると、夜でも車の通りが多い環状線に出る。通り掛かるタク
シーを待ちながら、雄一郎はただひたすら、祐介の面影を思い描いていた。


「今日はもうこの辺で上がろう。イブの夜まで拘束していたら、恨まれてしまうしな」
 本部長の言葉に、皆それぞれが手を止め、詰めていた息を吐き出した。押収した
資料の山は、確かに一日二日で片付くものではなかったし、連日の残業にはさす
がに疲労の色を隠せない。
「お疲れさまでした」「お疲れさん」
 口々に挨拶を交わし、会議室を後にする。加納祐介もその流れに乗って、帰途に
着いた。
 暖冬の傾向にあるとは言え、さすがに夜ともなると、肌を刺す風の冷たさに首をす
くめる。地下鉄の駅の階段を降りると、独特の生暖かい空気が、寒さを遠ざけた。そ
んな、体に感じる温度差も、何も祐介の慰めにはならない。生きていることを感じさ
せられる、そんな感覚は、なくしてしまいたいとさえ願う。
 この1ヶ月と少し、毎日は庁舎と官舎の往復だけで成り立っていた。
 自分が密かに想いを寄せ続けていた人物。合田雄一郎が、同じ刑事である半田
に刺され、病院に収容された時、他に身内のいない雄一郎の、緊急連絡先であった
自分の所へもすぐに連絡がきた。駆けつけた先で、緊急手術を担当した医師から説
明を受け、書類など手続きを済ませる。体に受けた傷の説明を聞いて、祐介は胸の
ざわつきを覚えた。果物ナイフで腹に一突き。他に外傷はなし。
 念の為に、手や腕に傷はなかったのか、と訊ねた。たった一箇所の傷。それも正
面から真っ直ぐ深く突き立てられたナイフ。内臓に傷を負った為、難しい手術になっ
たという。医師の話に、祐介は深い絶望感に囚われた。
 廊下で待っていた刑事たちに問われるまでもなく、自分には理解出来ない何らか
の理由で、雄一郎は全く無防備に、あるいはもしや自ら進んで、刺されたという事な
のだ。
 次から次へと溢れ出し、止める事の出来ない涙に、待合室に独り取り残されて、祐
介は声を上げて泣いた。
―――― 君はもう、死んでもいいと思ったのか。俺に何も言わずに、逝ってしまうつ
もりだったのか・・・! ――――
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