■ありったけの愛をこめて■  −1− 

 仕事納めが済み、もう年を越すのを待つだけの時期。上陸している時の常で、市内の深町のア
パートに、速水もほとんど泊まり込んでいた。そして大晦日の今日も、当然のように年越しそばを
作っている。
 掃除も済み、おせち料理も用意してある。深町にしてみれば有り難いことこの上ないが、実家に
は帰らなくて良いのだろうかと、多少ならずとも気に掛かる。しかし───
「はい、お待ちどうさま」
 楽しそうにすら見える程、速水は微笑みと共に熱いそばを二人前運んで来た。その姿がやはり
嬉しく、まぁいいか、と考えるのをやめにする。
 紅白を観ながらそばを食べ、やがてテレビはゆく年くる年になり、あっという間に時刻は0時0分
を指す。
「明けましておめでとうございます」
 速水がゆっくりと頭を下げた。
「おめでとう」
 二人は顔を見合わせて微笑む。
「こんなに静かに年を越したの、初めてですね」
 二人きりで、とは言わなかったが、深町にもそう思えた。
「去年は海ん中だったか、そういえば」
「今頃実家じゃ、甥っ子どもが大騒ぎしてますよ」
「何だ、それで帰らないのか」
「別に・・・あなたこそどうして帰らないんですか?」
「遠いんでな、うちは」
「俺ね・・・こうして年越すの、憧れてたんですよ」
 そんなことを言って笑う。お風呂沸いてますからどうぞ、と言って速水は台所に向かった。
 とりあえず風呂にしようと、深町は立ち上がる。自分の企てに年甲斐もなく浮ついている事に、
密かに苦笑した。
 速水が風呂から上がるのを待っている間、軽く荷物を用意しておく。こんな風に何かの準備に
わくわくするのは、何年振りかのような気がした。
「あれ、どこか行くんですか?」
 風呂を出た速水は、再び服を着ている深町に、当然驚いて尋ねる。
「ああ、お前も仕度しろ。初詣に行くぞ」
 いきなりだなぁ、と言いながら、速水も身支度を整える。
「どこに行くんですか」
「どこだと思う」
「判りませんよ、車でですか?」
「ああ」
 どうして黙っていたのかと、口では責めながらも、速水も少し楽しそうだった。
 前もってガソリンも満タンにしてある。エンジンを温め、速水を助手席に乗せると、深町は車を
走らせた。

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