景鶴山(新潟県/群馬県)

けいづるやま 標高2004m。

 尾瀬の山といえば燧ガ岳と至仏山が抜きんでて立派で、 この二つが欠ければば尾瀬ガ原、尾瀬沼も魅力が半減するくらいの風格がある。
 これに対し景鶴山は、 尾瀬ガ原の北に連なる山並みに隠れるように控えめにその頂上を覗かせているにすぎない。 目立たない山容なので、 わざわざ登ろうと考える人は三百名山を目指す人がほとんどかもしれない。 大分前には登山道もあったらしいが、今はないので、積雪期に登るのが一般的のようだ。
 私も2003年5月に残雪を踏んで頂上に達した。 当初は5月連休中に登るつもりだったが、 鳩待峠に通じる林道の開通が遅れて5月2日になったため、 日程の調整がつかず連休の翌週に登った。 金曜日の晩に車で家を出て、同行者の山友K君の家がある武蔵五日市に寄った後、 日の出I.C.から高速道路に乗った。 沼田I.C.で降りて鳩待峠の駐車場に着いたのは0時を回っていた。 車の脇に冬用テントを張って寝袋にもぐりこんだが、 この時期の晩はかなり温度が下がるとみえ、何度か寒さに目が覚めるほどだった。 4時15分に寝袋から出て火をおこし、簡単な朝食をとる。 5時には駐車場の管理人が駐車場を回って、夜中に到着した車から駐車料金を徴収し始めた。 1日2500円である。 5時過ぎに天幕を畳んで、日帰りの装備で歩き始める。 天気予報では終日快晴で、天候の不安がないぶん気が楽である。
 この日のコースは、尾瀬ガ原を横切って東電小屋の裏から尾根に取り付き頂上に至るルートである。 このコースははっきりと三つに分けることが出来る。 序章ともいえる鳩待峠から山ノ鼻までの森林の中の道、 次に広い尾瀬ガ原の横断、 最後が尾根をたどって頂上を目指す登りである。
 その最初の部分つまり鳩待峠から山ノ鼻に通じる登山道は、 ブナ林の中の緩やかな下り道である。 豊富な残雪に、道の大半が雪の下に隠れている。 朝の冷気の中を、これから登る景鶴山に期待を膨らませながら足を運んでいると、 50分で山ノ鼻に着いた。 まわりは一面の銀世界だが、建物の屋根の雪はすでに消えていて、 本格的な春の訪れが近いことを感じさせる。
 ここから先は広大な尾瀬ガ原の雪原が始まる。 正面に燧ガ岳、背後に至仏山を仰ぎ見ながら黙々を雪原を歩く。 このあたりの木道はほとんどが雪の下であるが、 ところどころで顔を出している。 目指す景鶴山の頂上は尾瀬ガ原を大分歩いてから見えてくる。 抜きん出て高くはないし、ずいぶんと遠く感じる。 三叉路に着き、ここからヨッピ橋に向かう道に入るつもりが、 ちょうどここで休んでいた人から、 ヨッピ橋に通じる道は途中で水没していて歩けないという意外な話を聞いた。 しかたなく竜宮小屋からヨッピ橋を目指す迂回ルートをとることにする。 竜宮小屋に着くと、今度はヨッピ橋への道が見当たらない。 あとから考えると、雪の下の道標を見逃していたらしい。 そこでさらに遠回りして見晴十字路経由で東電小屋を目指すことにする。 東電尾瀬橋を渡って景鶴山から伸びる尾根の末端に着いたのが8時40分で、 ずいぶんと大回りしてしまった。
 東電尾瀬橋近くから適当な斜面を1538mのピークを目標に登り始める。 ここからがこの日のルートの三番目の部分にあたるメインの登りである。 地面が出ているところはほとんどないので、藪がうっとうしくないのがいい。 1538mのピーク(笹山)を超えてしばらくはブナの木が主体の林が続く。 与作岳の中腹あたりからオオシラビソの林に変わる。 歩くに従い、樹間から見える景鶴山のピークが少しずつ近づいてくる。 雪面は適度にしまっていて歩きやすい。 アイゼンを持ってきたが使わずに歩き続ける。 尾根に取り付いてから約2時間で与作岳に着いたが広くてどこが本当の頂上だかわからない。 北西の方角には平ガ岳の大きな山塊が見えてくる。 与作岳から少し下った鞍部で下山してくる中年男性に出会う。 ここから最後の登りとなる。 短い雪稜をたどって頂上に近づくと、 雪が消えていて少々いやらしい箇所もあるが長くはない。 11時25分、頂上に着いた。 ちょうど下山しようとする初老の男性と言葉を交わす。 結局この日出会った登山者は二人だけだった。 景鶴山の頂上は数人が休める広さがあり、眼下には真っ白な尾瀬ガ原が横たわっている。 快晴ではあるが、薄いもやのせいか燧ガ岳や至仏山が霞んでいたのが残念だった。
 下山は往路を笹山の鞍部までたどった後、 笹山の登り返しを避けるため西側の中腹を巻いて東電小屋近くに下りた。 あとはヨッピ橋経由で竜宮小屋近くに出て朝歩いた道に戻った。 頂上で会った男性からヨッピ橋−竜宮小屋は雪原を歩けることを聞いていたからである。 長い尾瀬ガ原の歩行のあと、最後の鳩待峠への登りはあえぎながらとなった。 鳩待峠に着いたのが16時20分。 歩くことから開放さててやれやれという気持ちだった。 峠の休憩所のベンチに腰を下ろして周りを眺めていると、次々とスキーを担いだ人たちが戻ってくる。 この時期は至仏山に山スキーに来る人が多いようだ。
 少し休憩して一息ついた後、関越自動車道を使ってK君の家に寄った後、 21時半に帰宅して長い一日が終わった。  

歩行記録: 2003/05/10 登り6h10m(鳩待峠−頂上) 下り4h35m(頂上−鳩待峠)

 至仏山を背に尾瀬ガ原を歩く筆者。 同行のK君が最新の一眼レフデジカメで撮影したもの。(写真右)
 以下に紹介する写真は、筆者のCONTAX TVSとK君のデジカメで撮った中から選んでいる。

 中田代付近から見た景鶴山。 左手の奥に黒っぽく見えているところが頂上。 ここからだとまだ先は長いという感じを受ける。

 東電小屋の裏手の小ピーク(笹山1538m)を超えた鞍部で見たブナの木。 ブナの木の幹の周りの雪だけが早く融けて地面が丸く露出している。 春によく見られる光景である。

 与作岳頂上付近からみた景鶴山のピーク。 ここまでくると頂上も近い。

 景鶴山の頂上。 風雪に耐えているのが形になったような奇妙な枝ぶりは、風のいたずらだろうか。 幹に「景鶴山」のプレートが架かっている。

 頂上から見下ろした尾瀬ガ原。 この写真の左端から右端まで歩いてから尾根に取りついたわけで、 よく歩いてきたものと思うし、帰りの長い道のりを考えるとうんざりもする。
 左側手前から尾瀬ガ原に少し張り出している小ピークが笹山(1538m)。

 帰路に中田代あたりで振り返って見た燧ガ岳。 歩いているのは他のパーティ。 このあたりは木道が残雪から顔を出しているところが多い。

 11時間ぶりに戻った鳩待峠の休憩所。
 この日に履いた靴は、 前年4月の野伏ガ岳でビブラム底がはがれた革製のもので、修理後初めての使用だった。 普段履いていないので多少心配だったが、トラブルもなく無事歩き終えることができほっとした。