俳句・私の一句
ふだん着のひと 岡本文弥
俳句と戸板 戸板当世子
1
- 追羽子やかむろがをどるあけの鐘
- 修二会はや白々明けの熱き粥
- 灯に映えて五対ならびし雛の顔
- 春の風木戸の木札の香りけり
- 堂守のちさき欠伸や暮の春
- 廃帝の浅きねむりやほととぎす
- 巴里祭神父の卓の赤ワイン
- 一陣の風本坊の夏座敷
- 色褪せし母の写真よ震災忌
- 秋天や貴妃のゆあみの池ここに
- 山崎はおかるの在所冬うらら
- 海がすぐ下に来てゐる障子かな
(「諸君!」1987年1月号〜12月号)
2
- 御降にぬれて麻布の坂いくつ
- 「どん底」の絵のナターシャの余寒かな
- 梅若忌ひともとすすき風の中
- 持ち重る祇園の皿や花曇
- 船津屋の灯のみまたたく五月闇
- 噴水に恋の少女に夏至る
- 宵山やめぐらす幕の紋どころ
- 涼しさは乗ればすぐ出る渡しかな
- 夜長の灯大間にともりゐたりけり
- 折年殿ことしも秋の空高く
- ゆく年やまねきに並ぶ子役の名
- 小吉やみくじ畳むや年の暮れ
(「諸君!」1988年1月号〜12月号)
3
- 弾初や二人ではこぶ金屏風
- 梅林に光あまねくかぐはしく
- あすを待つ花百本の花の寺
- 橋掛に波がほほゑむ春の海
- 関東平野走る車窓の鯉のぼり
- 梅雨晴や内野外野の四重奏
- 殺し場の男の鎌や夏の月
- 四万六千日額に施無畏の三つの文字
- 古寺の鐘ついてみる秋のくれ
- 伊皿子の坂の夜寒や御命講
- 秋天下十二代目が綱を引く
- 淡彩の花のカードやクリスマス
(「諸君!」1989年1月号〜12月号)
4
- 書初や熊野の硯奈良の墨
- 如月や湯島筆塚梅林
- 矢がすりは女のかすり春の風
- 春昼や狂はぬ猫の腹時計
- 信濃路や五月の山葵佐久の鯉
- 眼帯も外して梅雨は明けにけり
- 昼のワインなぜかよく利く村の夏
- 真夏日に燃えてガラスの金字塔
- 海遠くなりたる墓や迢空忌
- 秋の灯をふり撒くミラーボールかな
- 綱太夫の墓を時雨が通りけり
- 大年の夜の大時計仰ぎけり
(「諸君!」1990年1月号〜12月号)
5
- 年賀状丹念に見る眼鏡かな
- 公園の道梅林に続きけり
- 立雛の笑顔いとしや宵節句
- 尼寺にことしの花のふぶきけり
- おもかげは浅き廂の夏帽子
- 楽屋口梅雨の晴間の忘れ傘
- にほひ立つ蚊帳の萌黄や夏芝居
- 大文字消えて四条の人通り
- 酒倉を出れば古城の蔦かづら
- 里親にひと筆記す夜寒かな
- 冬の夜やつい後を引く酒二合
- ゆく年やむかしの友の幼な顔
(「諸君!」1991年1月号〜12月号)
6
- 初曾我や親梶原の高笑ひ
- 節分や袴を着けて鬼の役
- 谷中寺ほうろく灸の余寒かな
- 寝返りを打つ春暁の寝台車
- 五月雨や栄宝斎の赤瓦
- 邦彦といふ捕手がゐて風薫る
- 朝空の隈なく晴れてオスカル忌
- ナイターの芝踏みしめて野手戻る
- 松原をまはつて帰る良夜かな
- 弟と踏む月の道遠からず
- 二の酉や走る車の賑はしく
- 寒燈や生きてことしの誕生日
(「諸君!」1992年1月号〜12月号)
後記 戸板康二
掲出句一覧
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主婦之友社
平成5年5月20日発行
259ページ 1942円
装幀:スタジオギブ・中野一弘
★ 「諸君!」昭和62年1月号より平成4年12月号まで72回連載。
★ 生前朱を入れた最後の本。
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