テキスト ボックス: くまさんの名前        いけみずとよこ

森に春がきました。
長い冬のあいだ、うとうと眠っていたくまさんは、目がさめる
とき、ポキポキという小さな音を聞いたような気がしました。
先に起きただんなさんが、たきぎを折っているのでしょうか。
いいえ、そんなはずはありません。だんなさんは、もう何年も
まえに亡くなってしまったのですから。
それからというもの、くまさんはどこにも行かなくなって、だれ
とも会わなくなりました。そうして、ひとりぼっちの春を何度も
むかえて、だいぶん年をとりました。

くまさんは眠るときに、ベッドのふし穴に入れておいた干しぶど
うをとりだしました。
ひとつぶ、ひとつぶ、あまい干しぶどうを食べているうちに、きっと元気がでてくるでしょう。
でも、なぜか、いつまでも心が灰色で冷たいのです。
そのとき、とても大事なものがなくなっていることに気がつきま
した。
それはベッドの下にも戸棚の中にもありません。
なくなったのはくまさんの名前です。         
 
春にはしなきゃならない仕事がいっぱい。
でも、何もする気になりません。
ピーピルル 春がきたね、と小鳥が歌っているのに、
くまさんには聞こえません。        
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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