『想いは言葉に乗せて』


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【番外編】Happy Birthday ※巡視点(後編)



 放課後。
 ヤツは律儀にも約束の時間五分前に河川敷にやってきていた。サッカーボールも用意してきている。

「さすがだな、土井先輩」
「おまえには言われたくないよ」

 河川敷に作られた、フィールド。サッカーゴールはあれどもネットは破れ去ってない。

「一点を入れた方が勝ちな」

 と土井先輩は自信満々に言っている。

「あんたが点を入れたとしても、奏乃は返してもらう」

 おれは土井先輩に向かって指をさした。

「皆本……だったらおまえ、奏乃をたきつけるなよ」
「うるさいな。おまえが受け入れなければオレが慰めて彼氏のポジションをゲット出来ていたのに!」
「おれを利用しようと……?」
「当たり前だろう! オレがどれだけの想いでずっと、奏乃を見つめていたのか、分かるか?」
「馬鹿だな、おまえ」

 おまえに言われたくないっ!

「でも、皆本の気持ちも分からないでもないよ」

 同意されても困る!

「安心しろ。手も繋いでないし、キスもしてない」
「当たり前だ! 手はオレが先に繋いだからな!」

 言い合いがだんだん、小学生レベルになってきているような気がしたが、男ってのはそういうもんだ。

「手は繋いでないけど、抱きついたぞ」
「なぬー! オレだって! 奏乃のおっぱいだって触った!」
「なにげに手が早いな、おまえ」

 悔しそうな土井先輩を見て、勝ったことを確信した。優越感に浸っていると、土井先輩はボールを弾ませて高らかに宣言をした。

「じゃあ、おれから行くな」

 というなり、あっという間にキックオフ。
 さすがに大学に入ってさらに高度なサッカーにもまれているらしく以前よりも動きがいい。オレみたいな小手先の技術しかもたないヤツでは歯が立たない。それでも、こいつに勝って奏乃を奪い返さなければならないのだ。
 スライディングにルール無用の体当たり。それでもこいつはまったく動じない。プライベートは最低最悪なヤツだけど、サッカーの技術は確かだ。だから奏乃もあんなにこいつにこだわったんだ。
 サッカーで勝負なんて、そもそもが不利だった。だけどそれだからこそ、オレは負けられない!
 オレが善戦しているのか、土井先輩が手を抜いているのか知らないけど、かなりいい勝負だ。なかなかどちらもシュートを決められない。
 そうやって勝負をしていたら、やたらにケータイが鳴る。あまりのしつこさに、ストップをかける。

「ったく、だれだよ……」

 文句を言いながら着信名を見ると、野原だ。留守電までご丁寧に入っている。聞くと……。

「土井先輩、勝負はお預けだ。奏乃が倒れた」
「奏乃が……?」
「ったく、考えるなってあれだけ言ったのに……。あ、先輩とは別件だから、心配するな。じゃあな」

 オレは泥だらけになった服をはたきながら荷物を拾って学校へと向かおうとしたところ、

「皆本」

 呼び止められた。

「奏乃を、頼む」

 オレは振り返り、土井先輩を見る。

「おれはあいつの『好き』という気持ちを利用していた、悪い男だ。おまえはその点、奏乃のことを考えてくれている。だから──」
「あんたにそんなことを言われなくても、奏乃を大切にするよ」

 泥だらけなオレに対して、土井先輩は乱れてもいない。実力は歴然としている。だけどそんな人を相手にして点を入れさせなかったんだから、オレはすごいだろう。

「……おまえの勝ちだよ」

 投げ捨てのように言われた言葉は腹が立ったけど、オレは土井先輩がむっとするくらいの笑顔を見せて、余裕綽々で去ってみせた。男の意地だ。
 だけど実際は……。

「いてぇ……。河川敷でスライディングなんてするもんじゃないな」

 上下ともにぼろぼろになっているのが分かった。ああ、かーさんにこっぴどく叱られるな。

 保健室に奏乃を迎えに行くと、ぼろぼろになってるオレのことをやたらに気遣ってくれた。
 野原の話では美術準備室の扉の前で倒れたということだったから、あの件の真相に気がついてしまったのだろう。ぼんやりしているかと思ったら、意外に鋭くて困ってしまった。
 しかし、奏乃にちょっかいを出すあいつらがいけないんだ。一生懸命描いたものを切り裂いたり、その哀しみを乗り越えた上で出した作品で賞を取ったのに、額縁を壊すとか。
 額縁の件はやられるのは分かっていたから篠原先生と共謀して仕掛けを施して罠にはめた。見事に引っかかってくれて、さすがに見逃すわけにもいかなくて自主退部してもらったのだが、そもそもあいつらは素行が悪かったみたいで、人によっては退学だったり転校をさせられた。分からないようにこっそりとしたはずなんだが、だれかが奏乃に話をしたんだろうな。
 まあ、そんな原因の一因を作ってしまったオレとしては自分のしでかした不始末の後始末をしただけだからいいんだが、奏乃を巻き込んでしまったことは申し訳なかった。
 だけどオレが側にいることでまた、奏乃に迷惑をかけてしまうと分かっていても、離れることはできなかった。あいつが他の男を見ていても、それでも側にいたかった。

 家に帰ると、案の定、かーさんと環に怒られた。

「こんの馬鹿息子っ! とっとと風呂に入ってこいっ!」

 この家で一番怖いのはかーさんだ。親父は完璧に尻に敷かれている。それでもオレは両親を尊敬している。頭が上がらない。
 お風呂に入ると激しくしみて、泣けた。パジャマに着替えて逃れようとしたのに見事につかまり、大げさに包帯を巻かれた。

「うわーっ! しっ、しみるって!」
「ったく、サッカー部の先輩に喧嘩を売ってタイマン張るなんて、無理に決まってるでしょ! ほんっと、あんたが一番の馬鹿よ」

 五人の中で一番馬鹿なのは自覚している。言われなくても分かっている。

「下瀬さんところの娘さんよね。あそこは一人みたいだから、婿入り決定ね」

 この家にはプライバシーというやつはない。なんでも筒抜け、バレバレだ。

「円が言ったのかよ」
「寝言で『奏乃』って言ってたし」

 ……オレ、どんだけ奏乃に入れ込んでるんだよ。

「巡は意外にも普通の子を選んだのねぇ」

 恐るべし、町内! かーさんも環も奏乃のことをしっかり知っているようだ。

「母さん、知らないからそう言えるのよ。あの子、意外にも怖いもの知らずなのよ」

 環は奏乃のことを知っているらしく、笑いながら口を開く。

「ほら、あそこの悪ガキがいるじゃない」
「えーっと、鈴木さんのところ?」
「そうそう。身体が大きくていろんな子に意地悪してて。巡も喧嘩したこと、あるでしょ?」

 言われて、思い出した。身体が大きいことを武器に力任せになんでも自分の思い通りにしようとしている乱暴な男。オレにも喧嘩をふっかけて来たけど、あっさりとやっつけてやった。それ以来、あいつはオレに絡んでくることはない。むしろ、オレの姿を見て逃げるほどだ。失礼なヤツめ。

「奏乃ちゃん、鈴木くんに向かって乱暴はやめなさいよって言ってたのよ」

 ああ、そういう無鉄砲なところがあるんだよな、あいつ。

「鈴木くんは男女問わず乱暴をするから、奏乃ちゃんも押されて倒れたけど、それでも果敢に向かっていってたわ」

 怖いもの知らず過ぎて、聞いているだけでもはらはらする。

「巡も将来、奏乃ちゃんに尻を敷かれるわね。まあ、巡は意外に情けないところがあるから、ちょうどいいんじゃないかしら」

 奏乃に怒られてる自分を想像して、なんだか妙に幸せな気分になるオレ、おかしいか?

「呆れたように罵られるの、いいな」
「……馬鹿だわ」

 そんな馬鹿な会話をした週明け。
 登校中に奏乃を見かけた。土曜日は思いの外、元気そうだと思ったのは気のせいだったのか。それよりもオレ、どさくさに紛れて告白しようとしたし、迫ってしまったのを思い出した。傷ついているところにそんなことをしてしまって嫌われても仕方がないよなと思ったけど、放っておけなくて声を掛けた。

「嫌い。巡なんて、大っ嫌い! もう、側にいないで」

 ──やっぱり、な。とうとう、引導を渡されてしまった。
 それでも側にいようとしたけど、全身で拒否されてしまえばさすがのオレも痛い。オレだってそこまで無神経じゃない。
 気にしながらもオレは、奏乃の側から離れた。

 ──だけど、さ。
 奏乃に嫌われても、どうしても諦めることは出来なかった。
 どうしてこんなにも奏乃に惹かれるのか。
 オレはストーカー状態で奏乃に見つからないようにこっそりと見守った。
 あいつはずっと、絵を描いていない。絵を描くのを辞めたらキスするぞって脅したのに、やっぱりあの時、遠慮しておでこじゃなくて口にキスをしとけばよかった。

「──やりてぇ」

 われながら、最低だ。
 輪が聞いていたら天使の笑みを浮かべて『僕がレクチャーしてあげるよ』なんて言うんだろうな。
 世の中には他にも女がいるのに、ここまで執着するのもどうかと思うよ。

 そして、あっという間に卒業式。
 久しぶりに奏乃をまともに見たらやっぱり、諦めきれるわけ、ない。
 あいつは
「想いは言葉にしないと伝わらない」
って言った。ダメ元で告白するしかないだろう。
 美術室での送別会が終わり、奏乃はごみを捨てに行った。
 ──チャンスじゃん。

「オレが鍵を掛けて帰るから、先にいいよ」
「でも、卒業生に頼むのは」
「いいから。こう見えても名残惜しいんだよ」

 適当に理由をつけて、美術室から人を追い出した。奏乃の荷物はまだ、美術室に残っている。絶対に戻ってくる。
 準備室に隠れて奏乃が帰ってくるのを待った。
 隣の部屋が開く音がした。
 よし、オレ、行け!
 心臓が口から出てきそうなほど、緊張している。
 オレの一世一代の告白だったのに、奏乃は思いっきりぼけてくれた。
 予想外だよ、奏乃。
 しかも、どうして篠原先生がそこで出てくるんだよ。勘違いも甚だしい。
 オレの好きなヤツを勘違いしてるなんて、もう、どうすればいいんだか。
 キスをしたら嫌がるそぶりをしないってことは、脈あり、か?

「奏乃、好きだ。ほら、奏乃も素直にオレが好きって言えよ」

 一度キスをしたら、止まらなかった。なにかを言おうとしてる奏乃の口をふさぎ、何度もキスをした。
 奏乃はようやくタイミングを見つけ、

「巡、好きだよ」

 と告白してくれた。
 今年の奏乃の誕生日は、二人で迎えられる。

「今日はオレたちの愛が生まれた日だな。──ハッピーバースディ」

 オレの言葉に、奏乃は笑った。

【おわり】


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