『眠り王子─スウィーツ帝国の逆襲─』


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《第一話・出逢い編》七*どうしてここに?



 真由に着付けをしてもらった琳子は、そのままお店へと出た。

「琳子さん、お久しぶりです!」

 お店へ行くと、顔なじみの店員が声を掛けてきた。

「こんにちは。ほんと、久しぶりね。今日はちょっとだけ、お手伝いさせていただきます」
「わー、ありがたいですっ。手が回らないほど大変だったんですよ」

 琳子はエプロンを受け取ると、すばやく店内に視線を向けた。
 知らない商品はないか、値段は昔と変わってないか。
 定番商品の値段が少し変わっていたり、季節限定商品があったりと変わらないようで変わっている商品を見て、着実に父の代から桃花と克浩の代に少しずつ移り変わっているのを感じた。
 慣れるまでは戸惑ったものの、何人か接客をしていたらすぐに勘を取り戻し、それからはかなりの数をさばけた。
 昔より客足が増えたようで、繁盛しているのを肌で感じて琳子は安堵した。

「いらっしゃいませ」

 店内に人が入ってきた気配がしたので、琳子は声をかけた。その人物が入ってきたことによって、店内の空気が変わった。いぶかしく思いつつ、琳子は目の前で商品を選んでいる女性の接客をしていたため、視線を向けることはしなかった。

「このいちご大福の日持ちはどれくらいするの?」
「今日中となっております」
「あら、思ったより短いのね」
「保存料を使用していませんので、短めになっております」

 女性客は他の商品と見比べて、結局はいちご大福を買っていった。日持ちが短いとはいえ、この『白雪和菓子店』で一番の人気商品だ。そろそろ品切れになりそうだ。
 女性客に包装した商品を渡してお辞儀をしたところで、声が聞こえた。

「樹、間に合ったよ!」

 その声に、琳子は顔を上げるのをかなりためらった。

「大きな声で名前を呼ぶなっ」

 小声だが、よく通る聞き覚えのある声。
 店の奥に隠れたい衝動に駆られたが、今はそれどころではない。次の客が琳子に注文をしている。

「いちご大福を三つでございますね」

 ラスト三つの注文に、悠太の落胆の声が聞こえた。

「樹っ! なくなったじゃないか!」
「俺のせいにするな。おまえがあちこちの店を覗いているからだろう」

 どうやら二人の目当てはこのいちご大福だったようだ。
 それにしても、休日にまでこの二人はつるんでいるようだ。

「ありがとうございました」

 琳子は包装して、お客に渡す。客と入れ替わり、悠太が琳子とは気がつかずに注文をしてきた。
 琳子は心の中で気がつかれませんようにと祈りながら、接客する。

「すみませんっ、こっちの桜餅と、うーんと……あ、おはぎはつぶあんを……樹、食べる?」
「俺は要らない」
「じゃあ、二つずつ」
「俺は要らないって言ってるだろう」
「やだなぁ、ボクが二つ、食べるんだよ」

 甘いものが嫌いな琳子にしてみれば、一人でこれらを二つずつ食べるとは、狂気の沙汰としか言いようがない。引きつりそうになる顔を必死で押さえ、パックに詰めていく。

「って、あれ?」

 着物を着ているし、髪型も化粧も違うからばれないかと思ったのだが、どうやら気がつかれてしまったようだ。後ろで興味がなさそうにしていた樹はカウンタに詰め寄り、琳子の顔を覗き込んできた。

「琳子、どうしてここにいるんだ?」
「どうしてって、ここは私の実家だから」
「あー! 白雪!」

 知られたくなかった相手に知られ、琳子はさらにテンションが下がったが、相手が悠太とはいえ、今は客として来ている。
 意識しないととてつもなく低くなりそうな声を懸命にトーンをあげて、金額を伝えた。

「五百二十円です」

 包装して紙袋に入れ、お金と引き換えに商品を渡す。
 そこにタイミング悪く、桃花が出来立ての商品を持って店頭へとやってきた。
 親しそうに話をしている琳子たちを見て、笑顔を向けてきた。

「あら、琳子の知り合い?」

 琳子は仕方がなく、二人との関係を桃花に告げた。

「……同じ、会社の人」
「まあ。わざわざ来てくださったの? ありがとうございます」

 桃花の笑顔を見ても、二人はいつもの笑みを崩さない。たいていの男は、桃花のこの笑みにころりとやられる。克浩もそうだった。
 樹と悠太はにこやかな笑みを浮かべつつも、少し警戒をしているような様子だった。

「琳子に似てるけど……?」
「姉の桃花です」
「へー、そうなんだ。これは絶好の機会だ。ボクは中司悠太と申しまして、琳子さんとお付き合いを」
「なにを抜け駆けをっ! 俺は宮王子樹といいまして、俺が先に琳子に交際を申し込んだんだっ」

 このまま放置していたら、とんでもないことを口にしそうな予感がしたので、琳子は慌てて二人を店外に追いやろうとした。

「……二人とも、他のお客さまの迷惑になるから、買い物が済んだのなら」
「えー、なになにっ? 琳子ったら、こんないい男二人に言い寄られてるの?」
「桃花姉さん……誤解しないでほしいんだけど」
「いいじゃない。きゃー、お母さんに報告しに行かなきゃっ」

 時、すでに遅し、だった。
 琳子は店内の人たち全員に注目を浴びた。顔に熱を感じながらもあわててカウンタから出て、樹と悠太、二人の腕を掴むとお店から出た。
 通りに出ると気のせいか、視線を感じる。しかし、気にしないようにしながら二人を引っ張り、路地を曲がる。少し歩くと、そこには小さな公園があった。琳子はそこにつくと、二人の腕を離した。

「わー! 公園って久しぶり!」

 悠太はのんきに歓声をあげるとブランコに座って、購入したばかりの和菓子を取り出して食べ始めた。
 悠太はともかく、すぐ側にいる樹に琳子はひとまず抗議することにした。

「どういうつもりで姉にあんなことをっ」
「どういうって、事実を告げたまでだけど?」
「付き合う気はないって、何度も言っているじゃない!」

 すでに一パックを食べ終え、二パック目をあけて食べ始めた悠太が琳子の言葉に反論するように口を開いた。

「実は、和菓子を買いに来たのも確かなんだけど」
「悠太っ!」

 悠太の言葉に樹が珍しく動揺した。悠太はそれに気がつきながら、言葉を続ける。

「あそこが琳子さんの実家ってのは、実は知っていたんだ。まさか、本人がいるとは思わなかったんだけど、琳子さん本人がダメなら、周りから固めようって樹と作戦を立てて」
「悠太!」

 悠太は樹に遮られたけれど、それでも続けた。

「話さないのはフェアじゃないだろう?」

 琳子は唖然として、二人を見た。

「まあ……そう、なんだが」

 樹は歯切れが悪く、口ごもった。
 それを見て、琳子はここのところ、この二人に翻弄されているのを思い出した。
 我慢の限界はとっくに過ぎていて、そして今日の桃花の結納ということを思い出し、思わず、爆発してしまった。

「あなたたち二人って、いっつもそうやって女の子を翻弄しているわけ?」

 予想以上に固い声に、樹と悠太は琳子を見た。
 手を震わせ、今にも泣き出しそうな表情をしていた。

「そんなことはない」
「そんなことないっていつも言うけれど、どう見たって、二人して私で遊んでるじゃない!」

 琳子の叫びは、樹と悠太二人は予想外の言葉であった。

「遊びじゃない。本気だ」
「どこが……どこが本気、なの、よ」

 油断したら泣きそうな琳子は、唇をかみ締めた。そしてもう一度、手をきつく握り締めた。

「お願いだから……私に、かまわないで」
「なんで? 俺は本気だ」
「ボクだって、本気なんだ」

 和菓子をすっかり食べ終わった悠太は紙袋にパックを入れ、ブランコから立ち上がり、琳子へ近寄った。

「確かに、今までのボクたちの噂を聞いたら信じられないかもしれないけど、琳子さんに関しては本気なんだ。それだけは信じてほしい」
「俺たちは今まで、適当に女と遊んできた。それは否定しない。でも、実家まで押しかけるなんてこと、したことはない」

 琳子は強く、首を振った。
 せっかく亜美にきれいにメイクもしてもらったのに、泣いてしまったら台無しだ。そう思わないと、琳子は今にも泣いてしまいそうだった。

「本気って言うのなら、その本気を見せてよ」

 琳子の一言に、二人は同時に笑みを浮かべた。

「悠太、許可が出たぞ」
「よし、店に戻ってご両親に挨拶だ!」
「え? ちょ、ちょっと!」

 琳子が止める間もなく、二人は公園を飛び出した。

「待ちなさいよ!」

 追いかけようとするのだが、慣れない着物が仇となり、二人にかなり遅れをとってしまった。



 お店に戻ると、閉店間際で商品も客もほとんどなかった。
 樹と悠太は片づけを始めた琳子の両親を捕まえて、挨拶をしているところだった。

「今日は桃花の結納でして、めでたい席は人が多いほうがいい!」
「お父さんっ!」

 たれ目をさらにたれさせて、琳子の父である甘太郎(かんたろう)は、なぜか二人を結納の席へと招待していた。
 冷静になって見ると、二人は休日にもかかわらずスーツ姿だった。両親に挨拶をするつもりで来ていたというのは嘘ではないらしい。母の真由も笑みを浮かべ、二人と話をしている。
 琳子は甘太郎をつかまえて、抗議した。

「どうして二人を同席させるのよ!」
「将来、二人のうちのどちらかは琳子と結婚をするんだろう? 具体的なものを見ておくと将来を考えやすいと思って」
「私はだれとも結婚なんてしませんっ!」
「琳子、あんな好青年二人に真剣に交際させてくださいなんて言われて、うれしくないのかい?」

 甘太郎の二人に対する評価は高いようだ。
 樹は営業だし、悠太も人当たりはいい。二人そろって外面はものすごくいいらしい。
 どうすれば第一印象を良くするのかを知っているあたり、さすがというべきか。呆れてしまう。
 うれしいどころか迷惑をしていると言おうとしたところに桃花が現れた。
 琳子は思わず口を閉じ、桃花の動向を目で追った。
 桃花は真由と話をしている二人のところに行くと、さりげなく話に参加した。そして樹の横に立つと、するりと触れていた。
 琳子は昔からずっと桃花を観察していたのだが、あれはどうやら無意識にしているもののようだ。男性の隣に立ち、にこやかな笑みを浮かべながらなにげなく腕に触れたりする。
 男性からしてみれば、桃花のその行動は、自分に気があるのかもしれないと勘違いを起こすものでしかなく、鼻の下を伸ばすのだが……。
 ところがである。
 樹は迷惑そうな表情をして、その手から逃れた。
 桃花は少し不思議そうな表情をして、悠太にも同じように触れた。が、悠太もその手を交わして、樹と肩を組んでいる。
 今まで、琳子がちょっといいなと思っていた男たちはみな、桃花に流れて行ってしまった。克浩もそうだった。しかし、この二人はどうやら違うようだ。
 琳子は戸惑い、二人を見つめていた。