Sweet darling, Sweet honey


<<トップへ戻る

0 目次   <<前話*     #次話>>

『撮影前夜:僕の告白』


今回、後半にR15表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。



 智鶴の撮影の前日。やはりいつもの通りに彼方を車に乗せていた。お屋敷を出て少し車を走らせ、僕は緑のトンネルの途中の路肩に車を止めて、エンジンを切った。
「深町さん?」
「彼方、僕のために少し時間を取れる?」
 我ながら意地の悪いお願いの仕方だな、と心の中で苦笑する。
「大丈夫だよ」
 彼方の返事を聞いて、車の外へ降りるように促す。外はすっかり暗くなり、ぽつんぽつんとしかない外灯がさみしさを醸している。だけどここは緑が多いせいか、空気が他の場所より気持ち、濃いような気がする。深呼吸して助手席の扉の外に立っている彼方の元に行き、肩を抱き寄せた。
 彼方はひょろりと背が高いけど、それでも僕の方が背が高い。彼方は驚いたような表情で僕を見上げている。
「ちょっと歩こうか」
 彼方はこくん、とうなずく。彼方の肩を抱き寄せたまま、緑深いトンネルの横に出る。そうして少し歩くと、池というか湖があるのを僕は知っていた。
 少しうっそうとした木々を抜けると、目の前に湖が広がる。
「こんなところがあったんだ」
 彼方は驚いていた。彼方のその反応に目を細める。
「今日は月がきれいだから」
 彼方は空を見上げた。雲ひとつない夜空に、月が見えた。湖は凪いでいて、夜空の月を映していた。
「彼方、僕の気持ちを聞いてくれますか」
 湖の淵に立ち、彼方に向き合う。彼方は緊張の面持ちでこくり、とうなずく。穢れのない瞳で、僕をじっと見ている。
「僕は、彼方のことが昔から好きです」
 どれくらい昔から好きだったのか、思い出せない。気がついたら、彼方のことが好きだった。
 僕と彼方の年齢差は七つ。僕が中学になった時にようやく彼方は小学一年生というくらいの年齢差。智鶴と秋孝なんて十歳差だ。犯罪的年齢差。と言ったら、秋孝は怒るかな、やっぱり。
 彼方はじっと、僕の次の言葉を待っている。
「彼方、僕は昔から彼方のことが好きだったんです。この意味、わかってもらえますか?」
 彼方は首をかしげる。
「彼方がいつから僕のことを好きだったのか知りませんが、僕はずっとずっと、彼方のことが好きだったんです」
 智鶴が知ったら軽蔑しそうだけど、そんな気持ちを持っていながら、僕は言い寄られた女性と付き合っていた。同時進行で付き合うことも多々あったし、そんな中には身体だけの関係の人だって何人もいた。秋孝もそれなりに遊んでいたけど、あいつは不器用でそれなりに誠実だから、付き合うときはひとりだけと決めているようだった。自分でもひどいとは思っていたけど、一時期、彼方への気持ちをあきらめようと思っていたことがある。それは、彼方が遠いアメリカにいたから。物理的に遠い距離にいるから、この彼方への想いは消えるだろう、あきらめることもできるだろう……と思っていた。
 だけど、忘れよう、あきらめようとすればするほど……彼方への想いは募るばかりだった。忘れることができないのなら、いっそのこと、この気持ちを壊してしまえばいいのだ、と思った。だから……求められれば応えたし、それでも足りないときは自ら求めた。自分の容姿をきちんと自覚していたから、声をかければ必ず手に入れられることも分かっていた。そのあたりは少し蓮さんと通じるところがあって……といっても僕の方がよほど汚くてひどいことをやったわけだけど……僕は勝手に蓮さんに親近感を持っていた。蓮さんが奈津美さんと幸せそうにしているのを見て、純粋にうらやましいと思った。
 壊そうと思った彼方への想いは思っていた以上に頑丈で、壊れるどころか壊そうとしたらますます固くなった。そうして忘れることも壊すこともあきらめた頃、彼方は戻ってきた。彼方から想いを伝えられるまで、心中穏やかではなかった。智鶴に救いを求めたけれど、求める先が間違っているのはもちろん、わかっていた。その智鶴も最初は僕を通して父を見ていて激しく身が焦がれたけれど、徐々に僕を見てくれるようになり……そう思っていたら、智鶴の瞳は秋孝しか映さなくなっていた。
 妹にこんなよこしまな想いを持ってしまう自分は秋孝が言うように鬼畜だと思うし、おじの真理に通じるところがあることを知り、僕はそんな自分の心に嫌悪を感じた。真理はきっと、僕のこんな醜くて汚い気持ちを僕以上に知っているのだろうし、いつか言われた
『おまえはわたしによく似ている』
 という意味が今、ようやくわかった。だけど僕は、真理とは違う。一度抱いた気持ちを消すことはできないかもしれないけれど、それは彼方が薄めてくれる。僕はあいつとは違う。
 僕の中の智鶴の想いもずいぶんと薄れ……彼方にきちんと想いを伝えることで、その気持ちを手放せそうな気がしたから、今日、こうして彼方に想いを伝えようと思った。
「彼方、僕の懺悔を聞いてくれますか」
 いつも、だれかに救いを求めている。昔はそれが蓮さんだったし、今からずっと、たぶんこの先ずっと、その救いを求める人は彼方ただひとりになるだろう。もしもこの懺悔を聞いて彼方が僕を軽蔑したりさげすんだりしたら、このまま、この湖に身を沈めるのもいいかもしれない。そんな気持ちで、彼方に口を開く。
「僕は……彼方がアメリカにいる間、彼方への想いを忘れようとしました」
 彼方は泣きそうな顔になる。彼方にこんな表情をさせたいわけではない。やっぱり僕には、彼方を笑顔にすることができないのだろうか。
「そして、聞きたくないと思いますが、僕は彼方への想いを忘れようとして、数え切れないほどの人を抱きました」
 彼方はびっくりすることなく、悲しみを瞳にたたえて僕をじっと見ている。その穢れのない光に、僕は身が焦される。彼方、そうして僕を焼き払ってほしい。僕のこのけがれた身と心をきみの瞳で焼いて、灰にして……風に飛ばされてこの世から消し去ってほしい。そんなあり得ない思いがふとよぎる。その考えに、激しく憧れる。なんて甘美な考えなんだろう。なんて素敵な救いなんだろう。だけど、残される彼方のことを考えていない僕は、やっぱり最低だ。どこまで行っても、僕は自分が一番かわいいらしい。そんな僕の弱さに、僕はため息が出る。
 夜空に浮かぶ月は、太陽を反射しているだけのはずなのに、この暗闇を煌々と照らし、彼方を美しく浮かび上がらせている。彼方は、太陽の光よりも月の光の方が似合う。
「だけど、僕は……彼方への想いを忘れることができませんでした。忘れるどころか……ますます気持ちが募るだけでした」
 その頃の気持ちを思い出して、苦しくなる。ぐっと眉根に力を込めて、彼方を見つめ直す。彼方は変わらず、悲しみの光を宿した瞳で僕を見ている。
「久しぶりに再会した彼方を見て……僕は自分が壊れてしまいそうでした」
 彼方は悲しそうな苦しそうな表情をした。
「だけど臆病な僕は、彼方に想いを告げることができませんでした」
 本当に苦しかった。息をするのも意識しないとできないほど。智鶴のぬくもりを感じたら、僕はどうにか息ができた。それでも酸欠で、本当は彼方を求めていた。だけどあまりにも穢れを知らなさ過ぎて、僕の汚れた手で触れることは罪深いことに感じられ、せめて側にいるだけでもよいと、そう自分に言い聞かせていたら……。
「彼方から想いを告げられた時、僕は救われた、と思いました」
 これでこの苦しい想いから解放される、智鶴からも解放される、と思った。
「だけど……その時の僕の心には、智鶴がいっぱいだったんです。だから、彼方の気持ちを知っていながら、僕は待ってほしいと……ひどいことを言いました」
 彼方はふるふる、とゆっくりと首を振った。彼方のショートカットの髪が、さらさら、と音を立てる。周りはとても静かで、月の光が降ってくる音が聞こえてきそうで、そんな中で聞く彼女の髪の擦れる音は、とても官能的だった。僕は一歩、彼方に向かって足を踏み出した。
「彼方、僕は昔から彼方が好きでした」
 さっき言ったセリフをもう一度、言う。
「そしてその想いはずっと消せなかった。今もずっと……彼方のことしか考えられない」
 彼方に向かってもう一歩、足を前に進めた。
「彼方、好きです」
 彼方にぴたりと正面から身体を合わせ、抱きしめる。
 彼方からはふわり、といいにおいがした。香水やコロンではない、彼女自身の匂い。彼女の髪に顔をうずめキスをして、おでこ、まぶた、頬と下に降り、瞳を見つめる。
「秋孝に言わせれば、僕はとてもひどい奴らしいんですけど、彼方はいいですか?」
 これから僕がしようと思っていることなんて微塵も知らない彼方は、秋孝の名前を聞いて少し不快な色を浮かべる。それを見て、安心する。ああ、我ながらひどい。彼方のことは大切だと思っている。だけど……ぱんぱんに膨らんだこの気持ちをこのままにしておけるほど僕はオトナではなくて。彼方のその瞳が、僕の理性を焼き切ってくれる。彼方の返事を待つことなく、深く深く口づける。彼方は僕の求めにぎこちないけれど応じてくれる。だけどそのぎこちなさは初めてだからというわけではなく、少し戸惑いを含んでいるものを感じて、僕は知らない彼方の過去の相手に嫉妬する。自分に歯止めが効かなくなり、彼方の着ているブラウスのボタンをはずす。
「ふ、深町さん?」
 彼方の上ずった声が聞こえたけど、僕はもう止まらなかった。こんなところでやるなんて、明日の秋孝の目が怖い。そう思ったけど、止めることなんてできなかった。彼方が泣いたって──泣かせたいわけではないのに……自分を止められない。
 彼方は少し抵抗していたけど、左手で彼方の後頭部を押さえこみながらキスをしつつ、右手でボタンをはずす。ボタンを全部外すことはせず、ブラウスを少し肩からはだけさせ、あらわになった肩にかみつく。
「っ!」
 彼方は痛みに顔をゆがめる。ゆっくりと肩から口を離し、僕が噛んだ噛み後をなぞるようにキスをして、そのまま鎖骨にもキスを落とす。首筋に唇を這わせ、もう一度唇をふさぐ。頭を支えていた左手を離し、今度は右手に持ち替えて彼方の口の中に舌を入れる。彼方は戸惑いつつも僕の舌を受け入れ、からませてくる。今まで感じたことのない、甘い甘い彼方の舌。糸よりも細い理性は完全に焼き切れてしまった。
 左手で胸のふくらみにぐっと掴むように握る。痛みに彼方の舌の動きが止まる。それでも僕はお構いなしに舌を絡ませる。左手を少し緩ませて、熱を加えるように愛撫する。彼方から甘い吐息が漏れてきた頃、僕はゆっくりと右手を下へと伸ばし、彼方の履いているパンツの留め金を外し、チャックを下げる。彼方は気がついて抵抗するように下半身を遠ざけようとするけど、力が入らないのか、がくりと僕に身体を預けてきた。僕は着ていたジャケットを脱ぎ、柔らかい草の上に広げて、彼方を横たえる。彼方の靴と靴下を脱がし、そのまま履いていたパンツの裾を引っ張ってするりと脱がした。彼方はまったく抵抗する気がないようだった。頭の片隅で自分のやっているこの行為を冷めた目で見つめていた。
 自分に想いを寄せていて、僕も好意を寄せている人に、自分の欲望のまま、こんな場所で一方的に抱いている。抵抗していないのなら一方的ではないのかというと、それは違う。彼方は僕に嫌われたくないから我慢しているのかもしれない。そんな気持ちもわかっていながら、本当にひどい奴だと思う。
 下着の上から彼方の大切な部分をゆっくりと触る。びくり、と彼方の身体が揺れた。彼方が抵抗しないことをいいことに、彼方の身体を弄んだ。どう考えても初めてではない彼方の反応に嫉妬に身を焦がし、そんな醜い自分の気持ちを卑下した。
 彼方の大切な部分に指を入れ、彼方の口から洩れる甘いあえぎ声にますます煽られる。避妊具なんて用意しているわけないのに、僕はそのまま彼方のなかに腰を進めた。このまま彼方が妊娠してしまえばいいのに、とひどいことを考えながら、僕は彼方のなかに何度も何度も吐きだした。
 僕は気が済むまで、彼方のなかに白い欲望を吐き出した。







<<トップへ戻る

0 目次   <<前話*     #次話>>