【撮影前夜】
わたしがアキに告白してからと言ってなにが変わるわけでもなく、彼方に勉強を教えてもらう日々。ただ変わったのは、わたしとアキの距離。アキはわたしが告白する前は一緒にどこかに移動するときは必ずわたしを抱きかかえていたのに、告白してからは手をつないで一緒に歩くようになった。疑問に思ってアキに聞いたら、
「うーん。言われてみれば、そうだったな」
と言われ、特に意味がなかったようなそぶりで言われたけど、たぶん……たぶんだし、うまく言えないんだけど、アキはわたしに存在をアピールしていたんじゃないか、って思う。並んで歩く、というのは……アキなりにわたしに敬意をあらわしているんだな、と思う。
あとは……ところ構わず抱きついていたのもなくなった。なんだかそれがアキの余裕をあらわしているようで……ちょっと悔しい。だからといってところ構わず抱きつかれるのは困るんだけどね。
その分、ふたりきりになったら今まで以上にべったりで、それはそれで困っている。
深町もわたしたちの関係の変化に気が付いているみたいで、たまに眩しそうに目を細めて穏やかにわたしたちを見ている。
それからだっただろうか、深町と彼方のふたりの間の空気にも変化があった。そして、深町のわたしに対する態度も、微妙に変わりつつあった。その変化が少しさみしいときもあったけど、それが本来のわたしと深町の関係なのだと思ったら、ここが我慢のしどころだろう。あんなにべたべただった深町はずいぶんとあっさりした態度になったもので、その分を彼方に向けてるんだろうなと思ったら、自然と頬が緩む。彼方なら深町をしっかりとサポートしてきちんと受け止めてくれると思うから、うれしかった。並んでいてもバランスが取れてるし。
その点……わたしとアキは、なんだかアンバランスだなと思う。わたしの容貌がもう少し大人っぽかったらアキの隣に並んでもおかしくないのかな、とも思うけど、パパとママからもらった見た目は嫌いじゃなかったからそこはアキにあきらめてもらおう。
「あの……アキ」
明日はとうとう撮影日。やっぱりわたしでいいんだろうか、という不安でつぶされそうになって……わたしは眠れなかった。
「ん? 眠れない?」
部屋の隅に置かれた机の前で艶消しのシルバーフレームの眼鏡をかけて資料を見ていたアキは、わたしの夜の訪問に微笑んでいた。仕事の邪魔をしたら悪いなと思い、
「ごめんね。顔見たら安心したから寝る」
少しほっとしたのもあり、部屋に戻ろうとした。
「ちぃ、なに遠慮してるの? こっちにおいで」
そう言ってアキは自分の太ももをぽんぽん、と叩いている。え……いや、そ、そこには座らないし!
「明日の資料を見ていただけだから、大丈夫だよ。俺もそろそろ寝ようと思っていたから」
アキは大きく伸びをして、かけていた眼鏡を外した。
「アキって……普段コンタクトなの?」
「ああ、そうだよ」
わたしはアキの側に立った。
「ちぃ、来いっていったのに」
そう言って腕を掴まれて、ぐいっと無理矢理太ももの上に座らされ、抱きしめられた。
「あぁ、やっぱりちぃが側にいると落ち着く」
アキはわたしの髪に顔をうずめ、首筋に唇を這わす。
「あん、アキ」
アキのその行為にわたしの身体にびりびりと電気が駆け抜けるような感覚があり、甘くしびれる。アキは顔をあげ、わたしの瞳を見つめて優しく触れるような口づけをする。そうして、わたしを膝からおろし、アキは立ちあがり、わたしの手のひらを取る。
「お姫さまは添い寝しないと眠れないようだから、一緒に寝ようか」
アキの言葉にわたしの頬がカーッと赤くなるのを感じた。
「なんで赤くなるの?」
アキはきょとんとわたしの顔を見ている。一緒にって……。
「ひ、ひとりで眠れるから!」
アキは優しく諭すようにわたしに目線を合わせて、
「明日は大切な撮影の日。眠れなくて目の下にクマなんて作っていたらメイクさんが困るんだぞ」
アキの言い分はもっともだけど、添い寝された方が眠れない!
「じゃあ、ちぃが眠るまで側にいてあげるよ」
アキの微笑みにわたしはそれならいいかな、と小さくうなずく。これではわたし、子どもみたいだ。いつまでもアキの隣に並んでもアンバランスなはずだわ。少し恥ずかしくなったけど、無理して背伸びするのは性に合わないから今はこれでいいと自分に言い聞かせる。そうじゃないとわたし……。自分がどうすればいいのかわからなくなる。
アキのことが大好きで、アキの側にいたいって思うけど……。わたしなんかよりもっとふさわしい人がいる。そう思うと自分が押しつぶされそうになる。その気持ちに蓋をして、アキの側にいたいからわたしは無理に笑う。アキには笑っていてほしいから。アキの悲しい顔なんて見たくないから。わたしが笑っていたら、アキは笑ってくれる。だから……不安な気持ちを見せたらだめ。だめってわかっているけど……アキはすぐにわたしのそんな気持ちに気がつく。
「ちぃは今のままでいいんだよ。無理して急いで大人にならないで」
アキの言葉にわたしは微笑む。
「うん、無理してない。そのうちオトナのオンナになるから、アキは待っていてくれるよね?」
わたしのわがままなお願い。
アキはいつだってわたしのことを考えてくれる。わたしのことを優先させてくれる。自分の中にそんなおごりに似た気持ちがあった。そんなわたしの「コドモな気持ち」が粉々にされる出来事が起きるなんて……その時のわたしは、思いもしなかったのだ。