Sweet darling, Sweet honey


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『愛しい存在』



「そう。僕と智鶴、兄妹なんだよ」
 僕の言葉に智鶴は驚いた表情をした。
「迎えに来た。一緒に住もう」
 拒否される、と覚悟した。
 しかし、智鶴の返答は予想外だった。僕の言葉のすぐ後に、こくり、とうなずいた。僕は驚いて、目を見開いた。
「智鶴……!」
 そして思わず、智鶴を抱きしめた。冷たい十一月の雨は……ようやく上がったようだった。

 智鶴の手を取り、僕は車へ戻った。助手席の扉をあけて、智鶴に乗るように促した。
 しかし、
「あ」
 と智鶴は小さくつぶやき、
「く、車が汚れる!」
 車が汚れる?
 僕はふと智鶴を見た。智鶴はこの火事のすすで汚れ、雨に濡れて寒そうだった。車が汚れるのなんてどうでもよかったけど、このままでは智鶴が風邪をひきかねない。
「汚れる? ああ、智鶴、そのままだと冷たいよね」
 僕はトランクを開けて、自分の着替えのシャツを取り出した。普段からなにかのためにと思って着替えを車に積んでいるのだが、今まで使ったことがなかった。が、こんなところで役に立つとは思わなかった。
「僕の着替えで申し訳ないけど」
 と言ってシャツを智鶴に差し出したけど、
「ここでは……着替えられないね。困ったな」
 ふと智鶴を見ると、先ほどかぶっていたシーツ? を大切そうに持っている。智鶴にとってそれはとても大切なものなのがわかったけど、
「それを貸して?」
 素直に貸してくれるかな、と思っていたけど智鶴はあっさりと貸してくれた。僕のことを信頼してくれているんだな、と思ってうれしかった。シーツと思ったらどうやらこれはカーテンだったようだ。
 僕はトランクのふたにカーテンをかけて簡単な目隠しっぽい更衣室のようなものを作ってあげた。
「ほら、ここでなら着替えられるでしょ?」
 僕の言葉に智鶴は中に入り、ごそごそと着替えている。
 僕の吐く息が少し白い。先ほどまでの炎の熱気がなくなり、急に寒さを感じた。智鶴が着替えたら、僕も着替えよう。
「着替えました」
 そういう声がして、智鶴が簡易更衣室から出てきた。僕のシャツは予想通りぶかぶかだった。
 カーテンを取り、きちんとたたんで先ほどまで智鶴が着ていたパジャマとともにビニール袋に入れて、トランクにいれた。
「大切なんでしょ?」
 智鶴の視線を感じて、僕は微笑みながら智鶴の頭を軽くなでた。
 そうしたら急に智鶴は僕に抱きついてきて。びっくりしたけどギュッと抱きしめ返した。でも、と僕は少しあわてて、
「智鶴、僕もさっきの雨でぬれたから……そんなに抱きついたら濡れちゃうよ?」
 せっかく着替えたのに、智鶴をぬらしたら大変だと思い、僕はそう言う。それでも離れてくれなくて。
智鶴がひどく愛おしくて、僕は少し濡れた髪をなでる。
「くしゅん」
「あ……」
 僕のくしゃみに驚いた智鶴は身体を離してくれた。
「ご、ごめんなさい! 寒いよね」
 軽く首を振り、スーツのジャケットとシャツを脱ぎ、もう一枚予備に入れていたシャツに着替えた。ズボンは……この際、仕方がない。
 トランクを閉めて、少し寒そうな智鶴の肩を抱いて、助手席に乗せた。シートベルトをしているのを横目に見つつ、僕は運転席に乗り込み、エンジンをかけた。
「今日は時間が遅いから、この近くにある部屋に行くね」
 智鶴が小さくうなずくのを見て、僕はアクセルを踏む。
「事後処理だとかは朝にならないとしないみたいだから」
 さっきまであんなに警察に消防車、野次馬といたのに、さっきまでの喧騒がうそのように静まり返っている。エンジンの音が静寂を打ち破った。
 車を五分ほど走らせると、何度か来たことのある建物が見えてきた。僕は門の前で一度車を止め、降りる。インターフォンを押して僕が来たことを告げると、中から扉を開いてくれた。運転席に戻り、車を中に乗り入れた。
 隣では不安そうな表情の智鶴がなにか言いたそうに僕の顔を見ている。
「ここは高屋さまのところだから、安心して」
 いつも止めている駐車場に車を入れて、エンジンを切り、鍵を抜いて運転席から降りた。
 助手席のドアを開けたら、智鶴はシートベルトをはずして差し出した僕の手をあわてて取り、車から降りてきた。
 助手席の扉を閉め、僕はトランクに入れた荷物を思い出し、取り出す。僕は智鶴の手を取り、歩き出そうとしてふと足元を見ると、素足の智鶴に驚いた。
「服も靴も用意しないといけないね」
 あの時間なら、寝ていたのだろう。裸足でいるに決まっているのに、僕はなんて鈍いんだろう。雨上がりの地面にそのまま立たせていると、足が冷たいに決まっている。僕は智鶴を抱き上げた。
「え!?」
 目の前に智鶴の顔があって、少し驚いたけど。鏡に映る僕の顔と少し似た部分を見つけて、やっぱり妹なのだとますます確信する。
「足、冷たいでしょう」
 少し頬を赤くした智鶴は、
「だ、大丈夫です!」
 戸惑いの声と抵抗を感じたけど、その抵抗もすぐに止まった。
 智鶴は思った以上に軽くて……。僕には守らなくてはならないものができた。
 すぅすぅという規則正しい寝息が聞こえて、僕は驚いた。それだけ疲れていたのか……僕は智鶴のおでこに軽くキスをした。







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