Sweet darling, Sweet honey


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【プロローグ】



 冷たい雨が降る十一月。今日は、わたしの十六回目の誕生日。
久しぶりにそろったパパとママの顔を見て、わたしは一番のプレゼントだと喜んでいた。
「帰ってちぃの誕生会しような」
 パパの言葉に、わたしはうれしくなる。小さいころからパパはわたしのことを「ちぃ」と呼んでくれる。小さくってかわいいから「ちぃ」なんだよ、と説明してくれたけど、今のわたしは、昔のように小さくない。
 助手席でママが微笑んでいる。お金はたくさんはないけど、パパとママがいて、ささやかな幸せ。外は冷たい雨が降っているけど、車の中は温かくて、うれしくて。
 わたしの横に置かれたケーキの箱に微笑む。小さいけれど、とパパは照れくさそうにわたしにケーキの箱を渡してくれた。その気持ちがうれしかった。
 わたしは、パパのような人と結婚したいって思っていた。かっこよくて、優しくて、頭がよくて。わたしも負けないように勉強にスポーツに頑張った。
 家計に負担をかけたくなくて、アルバイトに勉強に……。学校も行きたかったから、奨学生になって。
 大変だったけど、パパのこの笑顔がもらえるのなら……。
「智鶴(ちづる)はほんと、パパが大好きなのね」
 助手席のママ、優しい笑顔でミラー越しにわたしを見ている。一Kのアパートに戻り、いつもより少しだけ豪華な夕食。
 小さなケーキにろうそくを立てて、部屋の明かりを消してろうそくに火をつける。
「Happy Birthday~」
 パパとママが歌ってくれる。わたしはうれしくてにこにこして。ふぅ、とろうそくを吹き消す。
 そんな些細な幸せが……数時間後にすべて消え去ってしまうなんて。わたしはその時、思いもしていなかった。



 暑くて寝苦しくて、目を覚ました。
「え!?」
 周りはなぜか、火の海だった。この状況がわからなかった。
「パパ、ママ!」
 横で寝ているふたりをゆすって起こす。
「大変よ!」
 わたしのあわてた声に、ようやくふたりは起きる。
「なに!?」
 ふたりは燃え盛る炎を見つめて、戸惑う。
「とにかくここから出よう!」
 パパの声にわたしたちは立ち上がり、玄関に向かおうとする。
 しかし。
 炎はなにかの生き物のように玄関の扉を舐めつくし、とてもではないけど通れるとは思えない。
 パパは舌打ちをして、窓を見る。まだこちらはどうにか逃げることができそうだった。パパは窓辺にかかったカーテンを引っ張ってわたしにかぶせた。
「ちぃ、まずはおまえから逃げろ」
 木造二階建てのアパートのここは二階。飛び降りたってたかが知れている。飛び降りて骨を折ったとしても、焼け死ぬことを思えば、どうってことはない。
「このカーテンは防炎だから。しっかりくるまって先に出ろ!」
 パパの言葉に、わたしは戸惑う。
「パパとママは?」
「心配するな。後から追うから。なに、おまえをひとり残して、オレたちは死なないよ」
 そう言ってくれるパパの言葉にわたしは安堵して、頭からすっぽりカーテンをかぶって意を決して窓を破って飛び降りる。頭からカーテンをかぶっているのと暗闇というのもあって地面がどのあたりかわからなかったけど……。両足にずしん、と衝撃を感じて、私はどうやら無事に地面に着地できたらしい、ということは分かった。
 わたしはじんじん痛む足を引きづりながら、あわてて建物から遠ざかる。そして、今私が飛び降りてきた二階を見上がると、そこにはパパとママの姿が見えた。
「早く!」
 わたしは声をあげた。
 と同時に。
 みしみしみし、と嫌な音を立てて……。屋根が崩れ落ちた。
 パパとママの恐怖に満ちた表情。
 それとともに、炎はますます大きく火の粉をあげて、パパとママを飲み込む。
「いやー! パパ、ママ!!!!」
 暗闇を照らすのは、パパとママを飲み込んだ憎い炎。
 わたしが飛び降りた場所は裏庭で、だれもいない。わたしはひとり、憎い炎に向かって絶叫するしかなかった。
「パパ! ママ!!!!」
 十一月の冷たい雨が……わたしの身体をぬらす。



 アパートの火はすっかり鎮火したらしく、ぷすぷすと嫌な音を立ててくすぶっている。鎮火したというより……燃やしつくしてようやくおさまった。どうすればよいのかわからず、パパが最期にかけてくれたカーテンを頭からかぶり、雨の中でたたずんでいた。
 パパとママ……。あの炎の中に……。
 嘘よ。
 そんなの、信じられない。
 ついさっきまでわたしたち、一緒にいたじゃない。
 一緒にご飯を食べて、ケーキを食べて。
 お金はなかったけど。ささやかな幸せ。
 神様がいるかどうかは知らないけれど。なんて意地悪なの。
 わたし、そんなに大きな望みはいらない。
 いつまでも一緒に……パパとママのそばにいさせてよ。

 ぱきり、とだれかが木の枝を踏んだ音がした。
 びっくりして、音がした方を向いた。
 そこには……大きな黒い傘を持ったものすごくきれいな……スーツを着ているからたぶん、男の人……が立っていた。
「遅かった……!」
 男の人はそう言って、さしていた傘を投げ捨ててわたしのもとに駆け寄ってきた。
「智鶴、ごめん……! 迎えが遅くなった!」
 あなたは……だれ?十一月の冷たい雨がきれいな男の人をぬらす。
「濡れますよ?」
 わたしはびっくりして、男の人を見上げた。
 本当に、きれいな人。パパに匹敵するくらい、きれいな人。なんとなく目元がパパに似てるな、こんな人とならわたし、結婚してもいいな。そんなどうでもよいことが頭に浮かんできた。
「智鶴」
 そんなきれいな人が、どうしてわたしの名前を知っているの……?
「本当に、迎えが遅くなって……ごめんなさい。謝ったってもうきみの両親は……戻ってこないけれど……。そして……僕もきみと同時に父を失うことになってしまった」
 父……?
「智鶴、僕はきみの腹違いの兄の辰己深町(たつみ ふかまち)。きみの十六の誕生日を待って、きみたち家族を迎えに来たんだ」
「……はい?」
 わたしは言われている意味がわからなくて、きれいな男の人……たつみさん? に聞いた。
 腹違いって? なに、なに?? なにがどうなってるの?
「え……腹違いって……。パパの子どもなの?」







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