『怨人─オニ─』


<<トップへ戻る

<<前話*     #次話>>

九章・前



 二人は神社に入ってすぐの鳥居の内側で、朔也と将司が来るのを待っていた。先に来たのは、朔也だった。
「おはようございます」
 胡桃と淳平は朔也を見つけ、同時に朝の挨拶をする。朔也も挨拶をして、どうしてここに淳平がいるのかと首をかしげる。そこへ将司がやってきた。
「おはようございます。すみません、遅くなって」
 将司は朔也がいることに驚く。
「あれ? なんで犬伏先輩まで?」
 それは朔也も同じだった。
「とりあえず、話は後で」
 胡桃は神社の敷地の奥へと案内する。壮一は神社へ向かう前に、全員を宝物庫に連れてくるようにと胡桃に言っていた。
「お父さん」
 宝物庫につき、扉を開けて中に入る。宝物庫独特のなんとも言えない匂いが四人の鼻腔をくすぐる。中は思っていたより薄暗かった。
「全員そろった?」
 胡桃が前に巻物に書かれた怨人の絵を見せられた時より宝物庫の中は散らかっていた。全員が入ったのを見て、壮一は口を開く。
「とりあえず、これを見てほしい」
 壮一の手には、胡桃に以前見せたあの巻物ではないものがある。紐で背を括られた冊子状になっているもの。壮一は四人に開いて見せる。四人は一斉にそこを見る。
「あれから気になって、ここを探してみたんだ」
 あの巻物しかないと言っていたが、他にもあったようだ。
「これは」
 朔也はのぞきこみ、顔をしかめている。
「胡桃には説明したんだけど、強い恨みなどの負の感情を持って死んだ人間のなれの果て、だよ」
 あまり上手とは言えない筆跡で描かれたものは、胡桃たちが何度か遭遇したあの『怨人』だった。その絵の横にはやはり『怨人』と書かれている。
「怨念を持った人ということで『怨人』と呼ばれている」
 胡桃は怨人の描かれた絵を見るのは二回目だ。生理的に受け付けない容貌をしている。
「僕、こんなの見たことないです」
 将司はかわいらしい顔をしかめ、口元を手で押さえている。
 朔也と淳平は何度か遭遇しているが、やはり不快そうな表情だ。
「これが現れるから、キミたちは変な臭いがしたり、耳や目が痛かったりするんだ」
 壮一は本をめくり、別のページを見せる。お世辞にも上手とは言えない筆で描かれた、人間の絵。少女が一人にその後ろに少年が三人。その横にそれぞれ名前が書かれている。
「この一番前の少女が桃里、その後ろの少年は犬伏、猿木、雉子波」
 壮一は四人に視線をゆっくりと向ける。
「これが書かれたのは江戸時代後期の頃。この神社に伝わる巻物とこのあたりに伝わる伝説を組み合わせて読み物にしたらしい。この小説もどきは面白可笑しく神社の縁起と伝説を組み合わせた三流の物語なんだが、なかなか興味深いことも書かれている」
 壮一はページをめくって読みあげる。
「『怨人』なるもの、鈴の音を忌む。この音を聞くと直ちに逃げるなり。身の丈は二・三歳の幼児の物と変わらず。しかしその手足は長く、やせ細り、まるで噂に聞く地獄にいるという餓鬼のようである」
 壮一は四人の顔を見る。
「昨日見つけたのでまだ読み切れていないのだが、伝説話にしては今までキミたちが遭遇してきたあの怨人と一致しすぎていないかい?」
 四人は壮一の言葉に顔を見合わせる。
「これは物語の体裁を取っているけど、実は事実を記載したものではないかと私は思っている」
 今まで黙って聞いてた胡桃が口を開く。
「お父さん、それは偶然の一致?」
「偶然の一致とは思えないな。私は桃里家へは入り婿として来たから知らないけど、もしかしたら母さんは知っているかもしれないね」
 壮一は四人を見る。
「私はこの手の伝奇などを好んで読んでいるのだけど、大半は作り話だ。だけどこれは違うとここ数日の出来事を聞いて、確信したよ。これはご先祖さまがキミたちのために書き遺した、ある意味、教科書だと思っている」
 壮一は本を閉じ、大切に抱える。
「桃里、犬伏、猿木、雉子波。この名を聞いて、思い浮かべるものは?」
 朔也は息を吐き、思い浮かんだものを口にする。
「桃太郎」
「そう。この桃里神社は、桃太郎が建立したという伝説が残っている。古いのは確かだけど、桃太郎のモデルになった人は私たちがまったく知らない、ものすごく遠い過去の人だ。それはこの神社に箔をつけるためのウソだと思っている。だけどここまでこうも符丁が揃うと、その縁起もあながち嘘ではないのかもしれないとも思い始めている」
 壮一は胡桃を見る。
「なぜか現代によみがえってしまった『怨人』を、キミたちは退治しなくてはならないようなんだ」
「あたしたちが?」
「僕、できません!」
 将司は今にも泣きそうな表情で胡桃たちを見る。
「突然、そんなことを言われても!」
「戸惑うのは分かる。だけど昨日、神社の前で激しい目の痛みに襲われたのは確かだよね」
 壮一の言葉に、将司はうなずく。
「キミは吐き気を覚えるほどのひどい臭いに動けなくなった」
 壮一は朔也を見る。朔也は素直にうなずく。
「淳平くんは耳が痛くなった」
「はい」
 壮一は胡桃を見る。
「胡桃、キミはあの怨人を倒した」
「……はい」
 壮一は胡桃、朔也、淳平、将司の順番に視線を移動させ、手元の本に視線を落とす。
「私だって代われるのならキミたちの代わりになりたい。しかし、どうやらそれは無理のようだ」
 壮一は宮司服の前を開け、昨日切られて治療されたところを見せる。
「キミたちはその危機察知能力でどうにか助かった。だけど私は切られてしまった」
 壮一は服を直し、もう一度四人を見る。
「大切な一人娘を危険にさらしたくない。でもキミたちはそういう星の元に産まれついてしまったようなんだ」
 無言の四人を見て、壮一は宝物庫から出るように促す。
「いつまでも神社の仕事を放棄していられないから私はこれで失礼させてもらうよ。話し合いをするのなら、そこの喫茶店を使うとよい。胡桃」
 胡桃は壮一に名を呼ばれ、返事をする。
「キミの指定席、母さんにお願いしてまたあそこは専用席にしてもらったから。今から行って、話しあうといい」
 それだけ言うと、壮一は四人を宝物庫から出し、鍵をかけた。四人にお辞儀をして、壮一は社務所へと向かった。
「行こうか」
「僕、やっぱりできないよ!」
 将司は叫んで走りだそうとした。
「待って、将司くん!」
 胡桃は手を伸ばし、将司の腕をつかんだ。
「やりもしないでできないって逃げるのはやめてよ!」
 引き止める胡桃の言葉に、将司は叫ぶ。
「なんで桃里先輩、そんなに前向きなんですか。僕はそんな重大なこと、簡単に受けられないよ」
「将司、この考えるより先に身体が動く胡桃に、どうしてだとかなんでと聞くだけ無駄だから」
 淳平は頭をかきながら参ったなとつぶやく。
「オレだってそんな面倒なこと、嫌だぜ。サッカーの練習時間が減る。それに、下手したらけがをするかもしれない。だけど、胡桃がやるって言ってるんだから、やらないわけにはいかないだろう?」
 淳平は朔也を見る。
「生徒会長さんはどうですか?」
 淳平の少し意地悪そうな顔を見て、朔也は顔をひきつらせる。
「先輩を先輩と思ってないその不遜な態度、気に食わないな」
「別に犬伏先輩に気に入ってもらおうと思わないですから、オレ」
 今にもけんかを始めそうな二人に胡桃は止めようとするが、朔也が手で制して胡桃を止める。
「いまいちよく分からないけど、俺たちはあの訳の分からない怨人とかいうのに追いかけられている。逃げたところであいつらははいそうですか、と引き下がってくれるとは思えない」
 淳平は朔也の言葉にうなずく。
「なら、こちらから叩くまで」
「さっすが先輩、話が早い!」
 淳平の茶化すような言葉に、朔也は不機嫌さを表す。
「雉子波は嫌なら逃げるといい。だけど逃げたところであいつらは追いかけてくる。そればかりか、モモの親父さんみたいに犠牲になる人が今後も増えてくる可能性は高い」
 それに、と朔也は続ける。
「この二日、休校なのは先生が数名、襲われて重体になっているからなんだ」
 三人は驚いて朔也を見る。
「生徒会長、ということで話を聞いたんだが、他言無用だぞ」
 胡桃と淳平は顔を見合わせ、朔也を見る。将司も朔也を見ている。
「生徒三人が入院しているのは知っているよな?」
 三人は同時にうなずく。
「それが三日前」
「三日前って」
 胡桃のつぶやきに朔也はうなずく。
「時間的にはあの後らしい」
 三人とも時間と場所はばらばらだったが、共通しているのは一人でいるところを正面から切られたこと。
「そしておととい。放課後、生徒がうろついていないか見回りをしていた先生四人が襲われた」
 朔也のあげた先生の名前を聞き、胡桃は声を上げる。
「うちの担任」
 それで胡桃の停学がいつまでという連絡もないのかとひとりごちる。
「生徒と教師の身の安全を考えて、臨時休校。しかし昨日も先生が何人か襲われたらしい」
「それにうちの父も」
 神出鬼没すぎてどうすればいいのか分からない。
「なにか怨人が出る場所の傾向ってないのかな」
 朔也は唸っている。






<<トップへ戻る

<<前話*     #次話>>