『怨人─オニ─』


<<トップへ戻る

<<前話*     #次話>>

三章・前



 胡桃と朔也のやり取りを一部始終、反対側の細い路地から見つめていた少女がいる。見た目は胡桃と変わらないくらい。胡桃と同じ制服を着ているので同じ高校のようだ。胸元のリボンは胡桃の二年生を表す青と同じ色。身長は少し胡桃より低めだが、標準的な高さ。しかし体型は少し太めで、少女はそのことに引け目を感じている。表情のせいもあり陰気に見える。癖の強い黒髪はショートカットが伸びかけなのか、毛先は不ぞろいで少し清潔さに欠けて見えた。眼鏡をかけ、レンズ越しに周りをうかがっている上目遣いの視線が、媚を売っているようだ。
 ちょっとした物音に身体を震わせている。負の感情をまとった少女は二人が異形の者を倒したのを見て、小さく舌打ちをする。さらには胡桃と朔也が妙に仲が良いのを見て、嫉妬を覚える。
 全校生徒のあこがれの犬伏先輩と仲良くしているあの女、許せない。
 少女の心に負の感情が渦巻く。呼応するかのように少女の手のひらに握られている石が、不気味に緑色に光る。
 少女は窺うように隠れていた路地から身体を出し、家へ帰ろうとした。
「あら、野尻さん。こんなところでなにをしているの?」
 少女の名前は野尻万代、胡桃と同じクラスだ。後ろに同じ制服を着た三人の少女が音もなく近寄り、急に声をかけてきたことに万代は肩をあげて驚く。
「あっはっは、あんた相変わらずびびりだね」
 万代は後ろにだれが立っているのか分かっていたので、手に握っている緑の石を悟られないように素早くスカートのポケットにしまいこむ。しかし万代がポケットになにかを隠したことに少女たちは気がついた。
「アタシたちに隠し事をしようなんて、百年早いって何度言えば分かるんだよっ」
 三年生の吉田千真よしだ ちまは三人の中で一番の年長者。茶色く染めたセミロングの髪を揺らしながら、万代をいきなり蹴った。万代は構える隙もなくもろに蹴られ、真後ろにお尻から地面にひっくり返った。スカートがめくれる。万代は両手でスカートを押さえたが、三人の少女たちは万代のスカートの中を見て、くすくすと笑う。
「ピンクだった」
「柄になくピンクだって」
「気持ち悪ーい」
「わー、ワタシ、もうピンクのパンツなんて履けない。こんなのと一緒の色なんて、履きたくないわ」
 赤いリボンの山崎利華やまざき りかは二つに束ねた髪の毛を揺らしてわざとらしく泣き真似をする。千真は右の口角をあげ、万代を見る。
「あんた、よくもアタシのかわいい妹分を泣かせたね」
 先に仕掛けてきたのは向こうの上、言いがかりとしかいえないことを言われて万代は反論しようとするが、なんと言えばいいのか分からず、口ごもる。なにか言い返そうと思案しているのを千真は気がつき、さらに嗜虐的な笑みを浮かべる。
「まだ分かってないようね。アタシたちに逆らって、無事だったことがないことにいい加減、気がつきなさいよ」
 万代は首を振るが、千真は万代のその反応がおかしくて、さらに笑顔を浮かべる。
「あんたの家、こちら方面じゃないでしょう。それともなに? 犬伏くんのストーカー?」
 少し先に、朔也と胡桃が連れだって道場へ向かって駆け足でいるのが見えた。
「それにしても、あの子もうっとうしいわね。同じクラスなんでしょ? あの子の分もあなたがアタシたちにお詫びをしないと、ねぇ」
 理不尽すぎる言葉に万代は涙が出そうになる。どうして自分が胡桃の分まで責任を負わなければならないというのだろう。みんなの憧れである犬伏先輩をあの女に奪われて、こんなにも嫌な気持ちを抱いているというのに。
 千真は後ろに控えている二人にあごで指示を出す。二人はすぐになにが言いたいのか察して、地面に座り込んでいる万代の後ろに回って腕をつかみ、立ち上がらせる。
「先輩、こんなのに触りたくないよ」
「うるさいわね。静かになさい」
 先ほどまで万代がいた路地に連れ込むように指示を出す。万代は抵抗を試みて足を地面に突っぱねたが、少女二人の力に勝てるわけがなく、引きずられて路地へと連れて行かれる。
「嫌だ、やめて」
 万代は、拒否の言葉を口に出す。しかしそれくらいでやめてくれるのなら、万代は今まで、ひどい目に遭わされてきていなかった。
 千真は路地の壁に背中を押さえつける形になっている万代に近づき、先ほどスカートのポケットに隠した物を取り出すために手を伸ばす。
「駄目! やめて!」
 いつもなら万代は諦めたようにうなだれているのに、今日は妙に反抗的だ。そのことに千真はいらだちを覚える。こぶしを握りしめ、お腹に一発入れる。
「ぐっ」
 万代は二人に肩と腕を持たれて壁に押さえられているためにかばうことができず、もろに殴られる。
「反抗するからよ」
 万代はぐったりとしている。万代を押さえている少女二人はさすがにまずいと思い、千真を止めようと口を開こうとするが、血走った目を見て、恐怖に声が出なくなる。
 万代のスカートのポケットに手を突っ込み、千真は悲鳴を上げた。ポケットに手を入れた途端、電気に直接触ったかのようなしびれを感じたのだ。あわててポケットから手を出し、転がるように路地から飛び出し、二人を残して走り去る。残された少女二人は、ぐったりとしている万代を半ば投げ飛ばすかのようにして、あわてて追いかけた。
 万代は少しして気がついた。殴られたお腹が激しく痛んでいたが、思いかけず反撃することができて口角を上げる。ゆっくりとポケットに手を伸ばし、三人組から隠すように忍ばせた石を取り出して優しくなでる。
「ふふふ。この調子でよろしくね」
 つぶやく万代は、不気味にうすら笑いを浮かべていた。





<<トップへ戻る

<<前話*     #次話>>