『月をナイフに』


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《五》変わりゆく世界03



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 ルベウスが言うとおり、モリオンとマリと無事に合流することが出来た。真珠はマリの顔を見て、思わず駆け寄った。

「マリ!」

 マリの姿を見て、真珠はとても心細く感じていたことを知った。

「カッシー、無事で良かった」

 マリも真珠のことを案じてくれていたようだ。安堵の笑みを浮かべているマリを見ていると嬉しくなって抱きつこうとしたら、モリオンに襟首を掴まれた。

「カッシー、マリに飛びつくなっ」
「だって!」
「だって、じゃないだろう! ったく……」

 渋い表情を浮かべ、モリオンは真珠の肩を掴み、自分へと向けさせた。

「男が闇雲に女性に飛びつかないっ!」

 モリオンにそう言われ、真珠はそのことを失念していたことに気がついた。
 マリといると、珊瑚と一緒にいるかのように錯覚してしまう瞬間がある。今がまさしくそうだったのだ。

「ごめん……」

 真珠はしょんぼりと肩を落とし、俯いた。それを見て、モリオンは真珠の頭を軽く叩いた。

「仲がいいのは分かるが、もうちょい穏やかに再会を喜べ」
「……はい」

 納得はいかないが、真珠は今、男の恰好をしている。それだけで男と見なされるのが真珠はずっと不思議でならないが、まったく疑われている様子もない。いつばれるかとひやひやするよりはずっといいので、このまま気がつかれないことを願うだけだ。

「ちょうどご飯が用意できたところだったんだ」

 ルベウスの声に、マリとモリオンは顔を見合わせた。

「ご飯……? どこで食糧を調達……って、それはっ!」

 ルベウスの横に盗まれた袋があるのを見つけて、モリオンはルベウスに飛びかかろうとした。それを横に立っていた真珠が腕をつかみ、引き止めた。

「待て!」
「カッシー、離せ! こいつがあの村に誘うから、オレたちはさんざんな目に……!」

 真珠の腕を振り払ってルベウスに突撃しようとするのを、マリも前に立ち、止めた。

「モリオンさま、お待ちください!」
「マリも! あいつは村人とグルになって、オレたちの信頼を得ようと……!」

 どうしてそういう考えになるのか真珠には分からず、手を離した。
 マリは両手を広げ、モリオンの行く手を阻む。

「ルベウスがそんなことして、なんの得になるのですかっ!」
「だから、オレたちの信頼を……」
「モリオンさまっ!」

 マリは広げていた手を腰に当て、モリオンを睨み上げた。赤い瞳でモリオンをじっと見る。

「疑っているのは、モリオンさまだけです。カッシーはすっかり懐いていますし、わたしはアメシストさまを救えれば、あの人がだれでもいいんです! 邪魔をするのなら、全力で排除しますが、そうでなければ味方が多い方が有利ですよね?」
「……だから、あいつが必ずしも味方とは……」
「今の時点で味方なら、問題ないですよね?」

 マリとモリオンのやりとりを驚いた表情で見ていたルベウスだったが、くすくすと笑い始めた。

「やっぱりマリちゃんはしっかりしてるなぁ。ボクのお嫁さんに出来ないのが、本当に残念だ」
「……それは、どうも」

 むすっとして、マリはルベウスに言葉を返した。
 ようやく落ち着いたと思い、真珠は経緯を話す。

「あの袋は、アリカが持っていたんだ」
「……アリカ、ですか?」

 真珠がうなずいたのを見て、マリはきつく眉間にしわを寄せた。

「アリカは大変、警戒心の強い生き物です。それがこんなに人がたくさんいるところに出てきているなんて……」

 もしかして、とマリはつぶやく。

「村の中で小さな毛むくじゃらの生き物が袋を取っていっていましたけど、あれが」
「アリカだった、のかもしれないな」

 モリオンは見ていなかったのかと思ったが、しっかり見ていたようだ。ようやく納得がいったようだ。

「分かった。今のところはおまえのことは戦力と見なしておく。もしもオレたちを裏切るようなことがあれば……」

 モリオンはルベウスに向かって、拳を付き合わせて見せた。

「おまえを倒す!」
「ボクは楽園パラディッサにさえ行ければいいんだよ」

 焦げ茶の瞳と赤い瞳に剣呑な光を宿し、二人は睨み合った。
 しかし……。

「ぐぅ」

 やはり、真珠のお腹が鳴り、緊迫感を台無しにした。

┿─────────────┿

 四人はようやく、温かなご飯を口にすることが出来た。お腹が空いていたため、四人は無言で貪るように口に運んだ。水もたっぷり飲み、人心地がついた。

「今後のことなんですが」

 食事が終わり、ほっとしているところにマリが口を開いた。

「今日の様子ですと、他の村に近寄るのもなんだか危険なような気がするんです」
「あの村が特殊だった……ということは?」
「それは考慮に入れますが、いつもはわたしたちとは一線を画して生活している生き物たちが出てきているところを見ると、なにかが狂っているようにしか思えないんです」

 そう言って、マリは空を見上げた。つられて空を見る。

「太陽が隠れ、月も隠れ……なにかがおかしくなっています。幸いなことにわたしたちはまだ、狂っていませんが……わたしたちもいつか、村人たちのようになってしまうかもと思うと」

 マリは空から視線を下ろし、俯いた。

「落ち着かないんです」

 真珠は村で少年のことを考えた時、なにかに飲み込まれそうになっていたことを思い出した。

「なんだか頭の芯が妙に冷えていて……気を許すと取り込まれそうになるんです」

 同じ感覚に陥ったことを思い出し、真珠はマリをじっと見た。

「ぼくもそれに取り込まれそうになった……」

 マリはモリオンとルベウスに視線を向けた。二人は同時に、首を振った。

「今のところは、大丈夫だ」

 たき火を囲んで話をしているのに、真珠は急に妙な寒さを覚え、ぶるりと震えた。あの冷たさを思い出したのだ。
 真珠は強く頭を振り、その冷たさを追い出す。羽織っているマントを身体にぎゅっとまき付け、たき火に一歩、近寄った。そうすると冷たさが溶け、消えたような気がした。

「気を強く持っていれば、大丈夫だろう」
「そうですね。アメシストさまを救うまでは……」
「救ってからも重要だ。救ったで終わらせるな」

 モリオンの強い言葉に、マリは目を見開き、見つめた。

「そう……でした。救うことが最終目的……ではなかったですね」
「この世界は、変わってしまった。もう、元には戻らないだろう」
「元に戻らないって……太陽や月も?」

 真珠の悲痛な声に、モリオンは小さく首を振った。

「分からない。アメシストを戻さないことには……」

 もうあの二つの太陽を見ることが出来ないのだろうか。それに真珠はまだ、三つの月を見ていない。

「ぼく、月を見ていないんだ。三つの月を見てみたいんだ」

 『真珠しんじゅ』は月の涙とも言われている。だからなのか、真珠は昔から月に妙な親近感を抱いていた。泣く度に月の涙という言葉を思い出す。
 それを教えてくれたのは、琥珀だった。

「それに、大切な人に早く逢いたいんだ」

 琥珀のことを想うと、頭の芯の冷えが急激に溶け、熱くなる。

「名付け親と言っていたヤツにか?」

 ルベウスの質問に、真珠は大きくうなずいた。







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