『月をナイフに』


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《四》荒れる世界08



 真珠とルベウスは村の外へ走り出たが、外にも村人がいた。

「よそ者だぞ」
「奪え」
「奪え」
「奪え」

 真珠の背筋はぞくりとした。モリオンとルベウスに初めて遭遇した時にも感じたが、それよりももっと酷い薄ら寒さ。
 今まで生きてきて、真正面からそんな感情をぶつけられたことがあまりない真珠は、怖くて震えが止まらない。走る足を止めて、どこかに隠れてしまいたい衝動に駆られた。
 村人たちは手にたいまつを持ち、追いかけてくる。

「どうして……」

 真珠のつぶやきに、ルベウスはちらりと視線を向けて、首を振った。
 昨日まで、人々は普通に暮らしていたはずだ。
 モリオンのお屋敷の人たちも普通だったし、ルベウスの住んでいる村はジャーグナに襲われていたとはいえ、おかしな様子もなかった。その後、ルベウスが別の村へ行ったときもおかしな様子があったようではなかった。
 一晩の間に、一体なにが起こったのだろうか。
 真珠とルベウスが街道に向かって走っている途中、茂みの中に見覚えのある色が目に飛び込んできた。追われているということを忘れ、真珠は立ち止まってそれをじっと見つめた。

「おい、カッシー」

 真珠に合わせて走ってくれていたルベウスは、いきなり立ち止まった真珠に非難がましい声を上げ、足を止めた。真珠がじっと見つめている視線の先を伝い、その先にあるものを見つけて、首を傾げた。

「あれって……」

 あの茶色い粗い目の布は、確か……。

「盗られた袋だ!」

 真珠は駆け寄り、手を伸ばした。

「ギャウッ、ギャウッ」

 袋の横からなにかが飛び出してきて、真珠に向かって吠えている。驚き、伸ばした手を慌てて引っ込めた。

「アリカ……か」

 地球の犬に似たアンブアよりも、さらに小さいが、毛がほとんどなかったアンブアと違い、こちらはかわいらしくふさふさとした毛が身体を覆っていた。

「かっ……かわいい……!」

 抱きしめて、思わずもふもふしたいとアリカと言われた生き物に手を伸ばそうとした時。

「カッシー、やめろ。そいつは見た目と違って、かなり凶暴なんだぞ」

 そう言われ、伸ばし掛けた手を再度、引っ込めた。
 くりくりと黒いガラス玉のような瞳でこちらを見ているのをみると、とても凶暴そうには見えない。しかし、アリカは牙を剥き、二人に対して威嚇をしている。

「せっかく袋が見つかったのに……!」

 すぐそこにあるのに、取ることが出来ないもどかしさ。
 どうすれば取り返せるかと悩んでいると、袋が動き、下から小さななにかが這い出てきた。

「うっ……わぁ!」

 なんと、袋の下にはアリカの子どもと思われる生き物が何匹もうごめいているようだった。
 這い出てきた子どもたちに向かって親だと思われるアリカは吠え、慌てて袋の下に戻っているのを見て、真珠の頬は思わず緩んでしまった。

「かぁわいぃー」

 もしかしたら、急に寒くなったため、親アリカは子どものためにこの袋を必要としているのかもしれない。

「分かった。あの袋の中にこれと同じ布が入っているから、それをあげる。だから、その袋をちょうだい?」

 真珠は親アリカをじっと見つめ、提案をしてみた。

「おいっ、言葉が通じるかよ!」

 ルベウスのツッコミに、言われてみたらそうだよなぁ……と思っていたところ。
 親アリカは警戒を解き、なんと、袋を咥えて真珠のところにやってきたではないか。
 ルベウスはそれを見て、目を丸くしている。
 真珠は親アリカから袋を受け取り、おずおずと手を伸ばして親アリカののど元を撫でた。すると、親アリカはうれしそうに目を細めて、ごろごろと真珠の手にじゃれつき始めた。それを見ていた子アリカたちもわれ先にと真珠に群がり始めた。

「ちょっと待って! 順番だよ!」

 と言って聞くわけもなく、真珠はルベウスに袋を投げた。

「その中にマントの残りがあるはずだから、それを切ってくれないか?」

 ルベウスは袋を受け取ると、無言のまま真珠に言われた通りに作業を始めてくれた。
 真珠はアリカたちと一緒に戯れ、もふもふを堪能した。

「ほらっ」

 ルベウスが切り取ってくれた布を受け取り、親アリカに渡すと、跳ねて喜びを表現してくれた。
 もっとアリカと遊んでいたかったが、真珠たちは今、村人に追われている。いつまでも遊んでいられない。

「それじゃ、ぼくたちは行くね」

 まだ遊んでもらえると思っていたアリカたちが、一斉に悲しそうな目を真珠に向けてきた。そういう表情をされると、真珠も去りがたい。しかし、村人たちが真珠たちがいる場所に近づいて来ているのが足音で分かる。

「ごめんね、ぼくたち、追われているんだ」

 真珠はありかたちの頭を軽く撫で、立ち去ろうとした。すると、親アリカは咥えていた布を地面に置くなり、空に向かって遠吠えを始めた。

「おい、こっちからなにか聞こえるぞ」
「よそ者がいるんだろう」
「こっちだ」
「こっちだぞ」

 声がはっきりと聞こえてきた。これはまずい。

「ぼくたちは行くよ」

 真珠が走り出そうとしたところ、行く手の茂みが揺れ動き、たくさんのなにかが飛び出してきた。驚き、そのまま固まった。

「グワァンッ」

 そこには、おびただしい数のアリカがいた。
 前からはアリカ、後ろからは村人。助かったと思ったのに、またもや難局に直面してしまったのか……?
 後ろからたいまつを手に持った村人が現れた。

「いたぞ!」

 その声に、次々と村人が現れた。
 こんなところで旅が終わってしまうのか……と諦めそうになったそのとき。

「ウワンッ、ワンッ!」

 と親アリカが吠え始めた。それにつられ、後から出てきたアリカたちも村人に向かって吠え始めた。

「もしかして……」
「アリカたちは義理深い。たぶん、ボクたちを助けてくれているんだ。今のうちに、行こう」
「でも……!」
「大丈夫だ。アリカは強い」

 と言われても、こんな小さな生き物が自分をかばったために怪我をするのは見たくない。

「あの……アリカ、ありがとう。怪我をしないように、ね」

 親アリカは吠えながら、真珠に視線を向けてきた。

「ありがとう、助かったよ。気をつけてね」

 どこまで伝わったのかは分からないが、親アリカは早く行けと言わんばかりに真珠に向かって吠えている。

「ほら、早く!」

 しびれを切らしたルベウスは真珠の腕をつかむと、走り始めた。

「ありがとう!」

 真珠はアリカたちにそう叫び、走り出した。

「袋は見つかった。マリちゃんとモリオンを探そう」
「うん」

 真珠は振り返りたい気持ちだったが、ぐっと我慢して、前を見て走り出した。







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