『偽りは舞う』


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《六》



 プレオープンとはいえ招待客は多いようで、駐車場に車を入れるために大渋滞を起こしていた。待ちきれなかった幸は万里が止めるのを聞かずに途中で降りて、歩いて入ることにした。

「幸さん、危ないですよ」
「危ないって、なにが? 大丈夫よっ」

 帝がなにかに警戒して幸の外出を最小限にとどめていたことをかんがみて、なにか危険が待ち構えているのではないかと心配したのだが、幸はどこ吹く風。スキップをしながら受付と書かれたところへと向かっている。
 万里がしようとした手続きを幸は断り、自らやっている。それを万里はぼんやりと眺めていることしかできない。

「さっ、行きましょ!」

 いつもより高いトーンに、幸がどれだけ喜んでいるのか分かった。
 幸は万里の腕をつかむと、ぐいぐいと引っ張ってくる。

「そんなに焦ったら、転びますよ」
「大丈夫よ! きゃっ!」

 注意をした矢先から人にぶつかってしまったようだ。

「すみません、失礼しました」

 万里はあわてて謝ると、ぶつかられた人は少しむっとした表情をしたものの、すぐに離れて行ってくれた。

「人が多いのですから、気を付けてくださいね」
「はぁい」

 少しだけテンションが下がってしまったようだが、しかし、お目当てのお店を見つけ、すぐに元気が戻ったようだ。

「万里に似合うと思うのよ、ここのお店!」

 ディスプレイを見ると、万里が普段、身に着けているような女性用スーツが並べられていた。その横にはシンプルなワンピースも展示してある。

「もちろん、スーツではないわよっ」
「しかし……」
「いいから! こういうワンピースなら、抵抗なく着られるでしょ?」

 シンプルではあるがしかし、身体のラインを強調するようななだらかなデザインで、それを着る勇気など万里にはない。

「いいから、いいから! すみませーん」

 万里が止める間もなく、幸は店内に入るなり店員を呼びつけた。

「いらっしゃいませ」

 笑顔を浮かべた女性が接客に出てきてしまった。万里は逃げたいのに、幸にがっしりと腕をつかまれている。

「ワンピースを何点か見せてくださいます?」
「かしこまりました」
「あ、あたしじゃないのよ。彼女用なの」

 幸の一言に、店員の視線が万里に向く。
 品定めをするような視線に万里はいたたまれなくなる。
 おまえなどにワンピースは似合わないと言われているようで、とにかくもう、逃げたい。

「幸さん、そのっ、いいですよ」
「だーめ! 着てみないと分からないじゃないの!」
「そちらのお客さまには、あそこに展示してあるようなシンプルなものがお似合いかと」
「でしょ! ほらほら、着てみてよ!」

 幸に強引に言われ、店員が用意してくれたワンピースを数点、受け取る。

「試着はタダなんだから!」

 とてもお嬢さまとは思えない言葉を口にして、幸は万里の背中を押し、試着室へと入れた。
 いつも以上の強引さに苦笑しつつ、万里は仕方がなくワンピースに袖を通すことにした。
 絶対に似合わないと思ったものの、着てみると違和感がなかった。
 細身のデザインだが、万里の身体にぴったりと合い、しかも、胸が淋しいことを隠してくれる。色も黒だから、それほど抵抗がない。

「着替えた? 開けるわよ」

 万里が返事をするより早く、幸は試着室のカーテンを開け放ってくれた。

「うわぁ! やっぱり素敵! ねね、似合ってるわよね?」

 幸は隣に立つ店員に同意を求めている。
 店員は似合わないと思っても商品を売るために同意するだろう。

「まあ、とってもお似合いですわ! 失礼なことだと承知の上で申しますが、ボーイッシュな見た目ですから似合わないかもと心配していたのですよ。でも、とってもお似合いです」
「でしょ?」

 乗り気ではなかった様子の店員の瞳が急に輝き始めた。

「これでしたら、こちらもお似合いだと思いますわ!」

 店員は次々と服を持ち出してきて、万里に何枚も着せていった。
 もう何枚目だろう。分からないほど、着替えさせられた。

「黒も素敵だけど、はっきりした色もすっごく素敵!」
「……ありがとうございます」

 万里はこっそりと着替える時に値札を確認した。
 アウトレットパークというだけあり、店舗で売るには少し問題があると思われる品が揃っているらしい。万里にはどこがいけないのか分からなかったが、値札に『すそに少し染みがあり』だの『縫い目が雑な部分有』と書かれていた。見ても分からない。そういう厳しい基準に振り落とされた製品になれなかったこれらは、正札から三割引きから半額、中には八割引きという商品もあった。しかし、それでも万里には買えて一枚、せいぜい頑張って三枚くらいが限界の値段だ。
 とりあえず、どれか一枚を買おう。
 そう決めて一番最初に着たワンピースを手に取ったのだが……。

「これと、これと……うーんと、これと」

 なんと幸は何枚もの服を手に取り、購入しようとしているではないか。

「幸さんっ!」
「どうしたの?」
「わっ、私はこの一枚だけで充分……」
「だめよ。お兄さまに言われたの。万里の服を買って来てって。カードも渡されてるから、心配しないで?」

 過分な給料をもらっているというのに、それとは別にとはとんでもない。

「ああ見えてもお兄さま、昨日の出来事、すごく気に病んでるの。万里に申し訳ないことをしたって。だからこの際、お兄さまに思いっきり甘えておくのがいいわよ」
「しかし!」
「いいから! あ、こっちの服も。支払いはカードで。荷物は預けておいてもいいかしら?」

 てきぱきと手続きを始めてしまった幸を万里は止められないでいる。

「あ、そうだ! このワンピースに着替えて、見て回りましょう」
「……えっ?」
「そういう恰好もあたしは好きだけど、どうせならワンピースの万里と見て回りたいなぁ」

 購入したばかりのワンピースを抱えさせられ、さらにはストッキングまで渡された。靴は履き慣れた黒のパンプスで来ていたので問題ない。
 着替えている間に幸はお会計をすべて済ませてしまったようだ。
 着替えて出てきた万里を見て、幸は満足そうにうなずいている。店員も微笑んでいる。なんだかとても恥ずかしい。

「やっぱり、似合ってる! さて、次のお店!」

 次こそは幸が見たい店なのだろう。だから万里は、素直についていったのだが……。
 店へ行く道すがら、気のせいか視線を感じる。着慣れないワンピースを着ているから自意識過剰になっているだけだと万里は自分に言い聞かせ、周りを見ないようにして歩いた。
 幸の目当ての店に着いたのだが、ここでも再び、幸に言いくるめられて試着させられてしまった。

「あの……幸さん」

 へろへろになって店を出た万里は、次に行こうとしている幸に声をかけた。

「今度は下着よ!」

 万里の声など聞こえていないかのような幸を、止めることは出来ないようだ。諦めて後ろから付いていくだけだ。
 赤やピンクといった華やかな下着が所狭しと置かれている店舗前で、なぜか万里は入ることをためらい、足を止めてしまった。

「万里、こっち!」

 幸は笑みを浮かべて、万里の手を引っ張る。

「せっかく服を買ったんですもの。でも本当はもっと派手なデザインが良かったんだけど、仕方がないわ。だから! せめて下着は華やかなのにしましょ?」
「う……いや、まっ、間に合ってますから!」

 なにかのセールスの断りのようなその一言に、幸はぷぅっと頬をふくらませた。

「あたしだって、新しい下着が欲しいのっ!」

 幸の下着を見るというのなら問題ないと判断した万里は、素直に店内に足を踏み入れた。
 確かに幸は自分の下着も見た。しかし結局、気がつくと万里は採寸され、試着させられていた。
 出来るだけ地味なデザインの物を選んだつもりだが、レースがふんだんに施されていて、とにかく気恥ずかしい。
 幸はこの調子で、お目当ての店を次々と回っていった。







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