『愛してる。』


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メイドに愛をこめて02



     *****

「本当の本気なんですかっ!」
 フェアリー・テイルの一室に響き渡る声。
「本当の本気。協力、お願いねっ」
「まさか、ボランティアとか言わないですよね?」
「あーら、報酬は前払いよ?」
 奈津美のその一言に、秋孝の弟である高屋睦貴(たかや むつき)は悲鳴を上げる。
「もしかして、あの外食がっ!」
「そうそう。アルバイト代にしてはいいでしょ?」
「うわぁ。ひどいっ!」
 そこに、秋孝が入室してきた。
「睦貴、奈津美になにを言っても、無駄だ。ターゲットにされた時点で、あきらめろ」
「兄貴っ! のんきに……って、うわぁ」
 その姿を見て、絶句している。
「わぁ、化けるものねぇ」
「ちょっといかつくないか?」
「大丈夫、大丈夫。メイド喫茶で勉強してきたでしょ、メイドさんの立ち居振る舞い」
「……そのために俺まで駆り出されたのか」
「当たり前じゃない」
 奈津美の笑顔を見て、秋孝は眉間にしわを寄せる。そこへ、蓮が入室してきた。
「そろそろ隆弘さんと芳香さんが来るぞ」
「わー、蓮もかわいいー!」
「……言うな、奈津美。なにかに目覚めそうだ」
「私はいいけど、お義母さまがまた倒れたら困るから、目覚めないでっ」
「僕まで巻き込むなんて、相変わらず、奈津美さんも勘弁してください」
 秋孝の第一秘書である辰己深町(たつみ ふかまち)も入室してきた。
「あー、いやん。もう、みんな、かわいいっ」
「……かわいいと言われても」
「まったく嬉しくないっ!」
「えー、残念っ」
 と言いつつも、奈津美は四人を整列させて、写真を撮り始めた。
「わ! 時間だわ。私、表に出て、二人を出迎えてくる。四人とも、スタンバイしておいてよ!」
「ラジャ! ロッテンマイヤー」
「なによ、それ!」
「メイド長と言えば、ロッテンマイヤーさんだろう!」
「ロッテンマイヤーさんはメイド長ではなくて執事らしいですよ」
「原作では家政婦長だから、どちらでもいい」
 という男たちの会話を聞きながら、奈津美は部屋を後にする。
 奈津美がロビーに行くと、すでに隆弘と芳香は来ていた。
「お待たせしました」
「いえ、わたしたちも今、到着したばかりです」
 芳香は恐縮したように奈津美に頭を下げている。それは隆弘も同じようだ。
「今日は、二人のお付き合いをお祝いして、私たちからささやかなプレゼントを用意しました。こちらです、どうぞ」
 戸惑う二人を奈津美は自然にこぼれる笑みを押さえながら、部屋へと案内する。
「さあ、どうぞ」
 奈津美は扉を開け、二人に入室を促す。尻込みしている二人の背中を思いっきり押し、奈津美は部屋へと押し込めた。
「おかえりなさいませ、ご主人さま、お嬢さま」
 懸命に女性声を出そうとしている四人の男たちの努力に、奈津美は爆笑したくなるのをこらえ、肩で笑う。
 室内には、メイド服を着こんだ四人の男たちが隆弘と芳香を出迎えた。
 隆弘と芳香の二人は室内の異様な雰囲気に怯えつつ、入った。二人のためにしつらえた、急ごしらえのメイド喫茶。普段は会議や相談者と使用する室内だが、ありものを寄せ集めてそれらしい空間を作り上げた。
 室内の真ん中には、薄いピンクのテーブルクロスがかかった、丸テーブル。椅子は二脚。そこに案内するのは、黄色いツインテールをした、睦貴だ。昔、文化祭で女装して女役をやったことがあるというだけあり、妙に女装姿が板についている。
 隆弘と芳香は違和感を覚えつつも、素直に席に座っている。
 そして次に、トレイに水の入ったグラスを乗せてやってきたのは、深町だ。こちらはショッキングピンクのボブカットのかつらをかぶっている。奈津美は見ていて、吹き出しそうになる。しかし、深町はいつもの柔和な笑みをたたえたまま、テーブルにお水を乗せる。
 深町と入れ替わりにあらわれたのは、黒いストレートロングのかつらをかぶった秋孝だ。笑いの許容値をすっかり越しているのだが、笑うに笑えない。メニューをテーブルに置くと、すごむように
「注文はなににする?」
 それを見て、睦貴が飛び出してフォローを入れる。
「あに……違った、姉貴っ! それじゃあ怖くて、注文できないよ!」
 睦貴の指摘に秋孝は渋面を向ける。睦貴はそれを受けて、隆弘と芳香に柔らかな表情を浮かべて口を開く。
「……ご注文はなにになさいますか? 本日はお二人のためにスペシャルコースをご用意しておりますが、どうでしょうか?」
 前もって試作したときの写真を指示し、にこりと笑みまで浮かべている。中身が睦貴だとわかっていながらも、奈津美は思わず、メイド喫茶が指名制だったら睦貴を指名しているなと思ってしまう。それだけ、妙に似合っていた。
「それでは……その、スペシャルコースでお願いします」
「かしこまりました」
 睦貴は目の前に広げていたメニューを手早く片付け、お辞儀をして、秋孝を引き連れて奥へと戻った。それを見て、奈津美も裏へと素早く回る。
「睦貴、すごい上手じゃない!」
「いや……褒められても、困ります」
 睦貴は苦笑を浮かべている。
「睦貴が女の子じゃなくて、残念だわ。娘が生まれたら、さぞかしかわいいんだろうなぁ」
「奈津美……」
 あきれた表情の蓮に、奈津美は視線を向ける。
「だって、やっぱり女の子はいいわよねっ」
 奈津美と蓮の第一子は女の子なので、それは蓮も激しく同意である。そうであるが、あまりの気の早さに苦笑しか浮かばない。
「……文緒はおまえにはやらないからなっ」
「蓮も気が早すぎでしょ」
「いーや、文緒はかわいいからな! 絶対におまえにはやらん!」
 いつもと変わらない会話のはずが、今日はメイドの格好をしているからか、妙な迫力がある。
「ほら、蓮。スープができたみたいよ」
 奈津美の言葉に蓮は恨めしそうな視線を睦貴に向けたまま、トレイにスープを乗せて給仕へと向かう。
「本日のスープは紫芋を利用したスープでございます」
 緑色のおかっぱのかつらをかぶった蓮がスープを持ってきたのを見て、ようやく隆弘と芳香は気が付いたらしい。
「え……もしかして……」
「ようこそ、特別メイド喫茶『ふぇありー・ている』へ」
 かなりやけになっている蓮の声に、二人はどう反応してよいのかわからない。顔を見合わせ……芳香が申し訳なさそうな表情を蓮へと向ける。
「あの……もしかして、その」
「奈津美の悪ふざけに付き合わせてしまい……申し訳ございません」
 蓮は深々と頭を下げた。それを見て、芳香はあわてる。
「わっ、わたしこそ、その、すみませんっ。変な相談をしてしまって」
 隆弘はいぶかしげに芳香を見ている。
「そのっ、あのね、隆弘さんっ」
 芳香は隆弘に視線を向け、口を開いた。
「わたし、隆弘さんと出会えて、とってもよかったと思ったの」
 隆弘は面食らった表情で芳香を見ている。
「それで……前に、メイド喫茶のお話をしてくれたけど、わたし、怖くて勇気がなくて、そこがどういったところか、隆弘さんに聞けなかったの」
 芳香の言葉に、隆弘は明らかに狼狽した。
 隆弘は芳香になにか趣味はあるのかと聞かれ、とっさにメイド喫茶をめぐるのが好きだと答えてしまっていた。話をしてから、後悔していたところだったのだ。芳香に突っ込んで聞かれたらどう弁明しようかと思っていたのだが、特にそれ以上聞かれなくて、ほっとすると同時にどう思われたのか怖くて聞けないでいたのだ。それがこんな変な形に芳香に気を遣わせてしまい、さらにはフェアリー・テイルの人たちまで巻き込んでしまったと知り、隆弘は今すぐここから消えてしまいたいと思ってしまった。
「芳香……その、ごめんっ」
 隆弘の謝罪の言葉に、芳香は首を振る。
「わたしこそ、すみません。隆弘さんに直接聞けばよかったのに、いまさら聞けなくて……」
 奈津美はバックヤードから現れて、隆弘と芳香の前に立つ。
「芳香さんから最初、お話をいただいた時、私も正直、男の人って嫌だわって思ったの」
 えくぼを刻み、奈津美は隆弘と芳香を見る。
「蓮と一緒にメイド喫茶に偵察に行ったの。それでね、私……すっごく感動したの!」
 蓮は暴走しそうな気配を感じて、奈津美の言葉を継ぐ形で口を開く。
「オレも正直、メイド喫茶なんてと思っての訪問でした。だけど、実際に行ってみて、隆弘さんが通う気持ちがよくわかりました。だから、芳香さんにも一度、メイド喫茶というのはどういうものかを体験してもらいたくて……」
 蓮は後ろで控えていた三人に合図をして、隆弘と芳香の前に出てきてもらった。
「女装させたのは、私の悪ふざけです、ごめんなさい」
 奈津美の謝罪に、二人は目を丸くした。
「えええっ、みなさん、男の方なんですかっ」
「私以外、全員男です」
「……うっそー」
 芳香も、隆弘も驚いて四人を順番に見る。
「……言われてみると、確かにみなさん、男の人ですけど……あの、本当に……男性、なんですか?」
 睦貴を見て、芳香は確認している。
「俺も男です」
「うわぁ。だって、わたしよりきれいなんだもん。女としての自信をなくしちゃう」
「……うれしくない」
 睦貴はがっくりと肩を落とし、ため息を吐いた。
「女装メイドですが、最後までご奉仕させていただきます」
「……あの、いいんですか?」
「私の悪ふざけにお付き合いいただいた、せめてものお詫びです」
 芳香はそこで、ようやく笑みを浮かべた。
「ようやく、笑ってくれましたね」
 奈津美は同じように笑みを浮かべ、芳香を見る。
「ゴールインは間近かしら?」
 そのまま隆弘に視線を向けると、こちらも幸せそうな笑みを浮かべて、大きくうなずいた。
「ふふっ、じゃあ、前祝いだわっ」
 女装メイド四人はそのままの格好で、隆弘と芳香に食事を供した。
 それを奈津美はバックヤードから見ている。
「前から思っていたけど、蓮って私よりかわいい顔してるから、女の格好が妙に似合ってるわよね」
 だけどそれは、蓮のコンプレックスでもあるから、奈津美の中にそっとしまっておく。
 今回、蓮はもっと抵抗するかと思っていたけど、意外にあっさりとメイドの格好をしてくれた。少しはコンプレックスを解消できてきたのかなと思っていたり。
 あとは悪乗りしてノリノリでメイド服を着てくれた秋孝と深町。一番手こずったのは、睦貴だった。
「それにしても……睦貴が男ってのは、ほんっと残念っ」
「なーにが残念だって?」
「睦貴が男ってことが」
 いつの間にか背後に立っていた蓮に驚くことなく、奈津美は言葉を返す。
「そうだな……。あいつは女として生まれていたら、いろいろと苦しまなくてもいいことが多かったかもしれないな」
「でも、女だったらまた別の苦労があったかもね」
「そうだな」
 笑みを浮かべて睦貴を見ている奈津美を振り向かせ、蓮は奈津美を見つめる。
「今日、改めてこんな恰好をして、ねーさんにそっくりなことを痛感したよ」
「うん、そうだね」
 否定する材料はなかったので、奈津美は肯定する。
「だけど、オレはやっぱりオレでしかないっていうのもわかった」
「うん。蓮は蓮だよ。私の大切な、『俺の嫁っ!』」
「……奈津美、後半はいらなかった」
「えー。だって、一度でいいから言ってみたかったんだもん!」
 蓮は奈津美を引き寄せ、抱きしめる。
「蓮、今は仕事中だよ?」
「いいの。今は休憩中」
 そういって、見上げている奈津美の唇に自分の唇を重ねる。
「……口紅をしてキスをするのって、なんか変な感じだな」
「そう?」
 その一言に、蓮は眉間にしわを寄せる。
「そうか、奈津美は気にいった女の子にキスするもんな。別に違和感はないのか」
「だって、女の子はかわいいんだよ?」
「文緒には教えるなよっ」
「……しないよ」
 蓮が止めていなければ、こっそり教えていそうな勢いに、大きくため息を吐く。
「智鶴ちゃんが頼みの綱……か」
「睦貴も積極的に子育てに参加してくれているし、文緒はいろんな人に育てられて、幸せよね」
「そうだな。オレたちがあまり構ってあげられないのはすごく申し訳ないと思っているけど……」
 そこへ、秋孝が奈津美と蓮を呼びにやってきた。
「食事が終わったぞ……って、ラブシーン中に失礼した」
「あ、そのっ、ごめんなさいっ」
 奈津美はあわてて蓮の腕の中から逃れようとするが、蓮は腕を緩めない。
「……蓮?」
「おまえの弟に絶対、文緒はやらないからなっ」
 蓮のにらみに秋孝は目を丸くして蓮を見る。
「なにを突然」
「先に宣言しておく。文緒は睦貴にだけはやらないっ」
「……親ばか」
 奈津美の一言に蓮は奈津美もにらみつける。
「あんなに女装が似合うヤツの元に嫁にやれるかっ」
「……もう、蓮ったら、睦貴に対して厳しすぎでしょ」
 苦笑しつつも、奈津美は蓮が睦貴のことを実はきちんと認めているのを知っているので苦笑するしかない。
「こればっかりは、本人同士の問題だからな」
 秋孝もあきれつつ、蓮にそう返した。
「絶対の絶対に、だめだっ」
「……いつからこんな、頑固親父になっちゃったんだろう」
 奈津美は思わず、遠い目になる。

 奈津美たちは隆弘と芳香の元へとあらわれ、お見送りをする。
「いってらっしゃいませ、ご主人さま、お嬢さま」
 五人そろって頭を下げ、二人を送り出す。
「今日は本当にありがとうございました」
 隆弘と芳香は揃って頭を下げる。
「また後日、いい結果を携えてご報告が来ることをお待ちしてますね」
 奈津美は二人に視線を向け、笑顔を向ける。
「はいっ」
 二人は明るく返事をして、再び大きくお辞儀をして、仲良く手をつないで特別メイド喫茶『ふぇありー・ている』を後にした。

     *****

 数日後、隆弘と芳香はフェアリー・テイルを揃って再訪してくれた。
「あの後すぐ、隆弘から改めてプロポーズがありました」
 以前は「さん」づけだったのに、今はもう、敬称はついていなかったが愛がこもっていた。
「それで、結婚式のこともご相談させていただこうと思って」
「はいっ、よろこんでっ」
 奈津美と蓮は笑みを浮かべ、隆弘と芳香を見る。
 二人は幸せそうに見つめあい、微笑んでいる。
 この笑顔を見るために頑張っているんだよな、と奈津美と蓮は思う。また幸せな二人を見ることができて、温かい気分になる。
 もっともっと幸せな笑顔を増やすために、奈津美と蓮は今日も行く。
 たまには悪ふざけをしたり、失敗をしながらも一つでも多くの笑顔を作るため、仕事に励む二人だった。

【おわり】






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