『愛してる。』


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【プロローグ】




 人生で一番最初に贈られる最高のそれは「命」である。

 そして、人生において振りまわされる贈り物は「(特別の)能力(ギフテッド)」である。



gift【名】
一.贈り物、プレゼント、与えること
二.神からの贈り物、特別の能力、天賦の才、天資、天稟(てんぴん)
(SPACE ALCより)





『葵、すまない……』
 そう言って「彼」は息を引き取った。
 だれよりも大切で、そして──初恋の人。
 きっと「彼」は知っていたに違いない。
 心は女でも身体は男な自分のこの「想い」を。

     *   *

 クリスマスのコンサートが終わり、その日のうちに打ち上げをして、始発の電車で家に帰ってきてようやく布団に潜り込めたところ、一本の電話がかかってきた。
「はい、佳山──え?」
 葵は言われた内容の衝撃に、一気に目が覚めた。
 時間は午前十時。世間的には人々が動き出している時間である。
 浴びるように飲んでしまったアルコールが一気に体外へ排出されたような錯覚に陥る。
「分かりました、すぐに」
 震える身体を必死に動かし、メモを探して葵は言われた住所と交通手段などを書く。葵の不安を告げるような震える字に、動揺してしまった。
 ──どうして。
 電話を切り、最初に思った一言はそれだった。
 昨日のコンサートにも久しぶりに顔を出してくれて、あんなに褒めてくれた。打ち上げにどうぞ、と誘ったのに寄る場所が他にあるからと断わり、去っていった。まさかその後ろ姿が最期の姿になるなんて。
 ……ううん、意識はないけど生きているって言っていたじゃない。一刻も早く会いに行って……。
 会いに行って、どうするの? 行ったら、意識が戻るって言うの?
 全身から力が抜けて、その場に座り込む。
 弟の蓮が見たら怒りそうなほど汚れた室内。散らばったごみに服。ああ、クリーニングにこれらを出して、お願いしている服を引きとってこなきゃ。
 思わずそんな現実逃避をしてしまう。
 とにかく、水分を取って、落ち着こう。
 葵は自分にそう言い聞かせて冷蔵庫を開けるが、中は驚くほど空っぽだった。手荒くドアを閉め、コップの置いてある棚を開け、そこも空っぽなのを知り、思わず舌打ち。
 蛇口を乱暴にひねり、シンクに山積みになっている食器類を荒っぽく避け、流れ出る水に手を突っ込む。手のひらに水をすくい、上半身を前かがみにして顔に浴びせる。再度、水に手を入れ、わざと音を立てて飲み干す。
 これで少し、冷静になれた。
 蛇口をゆっくりと閉め、上半身を天に向けて伸ばした。
 水で顔を洗ったから水滴が頬から首筋に流れ、かろうじて着替えたパジャマの中に入ってくるが、今はそんなことにかまっていられなかった。袖で顔をぬぐい、手早く着替える。
 とにかく、行こう。病院に行きながら悩めばいい。
 家を出る前に鏡で確認。化粧をしてないけど……ああ、やっぱり軽くファンデーションだけは塗ろう。
 あわてて部屋に戻り、化粧道具を取り出して軽く塗って帽子をかぶる。サングラスもして……。
 早くしなきゃ、と気は焦るばかりででもあれもこれも、と結局家を出ることを渋ってしまった。
 自分のことをすべて受け入れ、理解してくれた人。
 いつも自分を支えてくれた人。
 そしてなによりも、ずっと応援してくれた人。
 行って感謝の意を伝えないと。
 頭ではそう分かっていても、気持ちがついていかない。
 早く、早く行くのよ、葵!
 もう一度、玄関先の鏡を見て、鏡の向こうの自分に笑みを向ける。いつも以上にひきつっているけど、大丈夫。ほら、行くわよ!
 コートを羽織り、今度こそ、と意を決して外に出る。
 クリスマスの次の日。街の空気は新しい年に向けてせわしく準備がされている中、葵は病院へと向かった。






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