『愛してる。』


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略奪!?04



   *   *

「ようこそ」
 蒼馬に連れてこられた奈津美と蓮は応接間に通された。何か月か前に非常階段で対峙した時と変わらぬ冷たい瞳で真理本人が出迎えてくれた。
「わたしの招待に応えてくれるとは思わなかったよ」
 蒼馬に連れてこられたのは、辰己のお屋敷のようだった。高屋のお屋敷に負けずと劣らず、こちらも大きい。口は悪いが育ちはよさそうな深町を思い出し、あの人もああ見えてもおぼっちゃま育ちなんだな、と庶民代表の奈津美は思う。
「話に来ただけですから。すぐに帰らせてもらいます」
 奈津美の固い口調に真理は鶯茶色の瞳を細めて面白そうに見る。
「わたしがおとなしく帰らせるとでも思っていた?」
「思っていませんが、帰ります」
 奈津美の強気のような弱気のような発言に真理は笑う。
「わたしに対してそういう態度をとるのは、深町と秋孝くらいだよ……。本当に面白い」
 奈津美の後ろにいる蓮に真理は笑いかける。
「面白いのを知っているのはオレだけで充分です」
 蓮は鳶色の瞳に不快の色を思いっきり浮かべて真理を睨みつける。
「きみたちは深町は受け入れているのに、わたしのことを嫌うのがよくわからないね」
 真理は少し悲しそうに言うので、奈津美は意外に思い、真理を凝視した。
「わたしは別にきみたちと仲良しこよししたくて呼んだわけではない」
 真理は瞳の奥に暗い光を宿して奈津美と蓮を見る。
「もう一度聞く。わたしとともに働く気はないか?」
「ありません。お断りします」
 奈津美は間髪いれずに答える。
「少しでも考えてくれればいいのに。相変わらず冷たい人だ」
「何度聞かれても同じ答えしかお返しできませんから。話はそれだけですか? 帰ります」
 奈津美は立ち上がり、応接室の扉に向かう。
「せっかく来てもらっておもてなしもしないまま帰すなんて、できませんよ。高屋のお屋敷のシェフたちに劣らぬ料理を楽しんで帰っていただきますよ」
「料理になにか仕込んだり……してないのなら」
「そんな料理に対して失礼なことはしませんよ」
 真理は口角をあげ、にやりと笑う。
「あなたたちふたりを無理やり手に入れることなど、いくらでもできます。だけど……心のないあなたたちなら、わたしは要りませんから」
 そこに真理のさみしさを垣間見て、奈津美は少し心が揺らいだ。
 この人は……純粋に愛をほしがっている。そう気がつき、どきり、とする。だけど……と奈津美は考える。真理がほしがっている「愛」は、奈津美や蓮の持っているものではない。似ているかもしれないけれど、それは違う。
 奈津美はもう少し真理を見極めたくて、食事の誘いに乗ることにした。蓮はそれが信じられず、奈津美の肩を掴んで首を振る。
「蓮、ここまで来たのなら同じじゃない。真理は私たちをきちんとお屋敷に帰してくれるよ。『毒を食らわば皿まで』というじゃない」
 それを聞き、真理は笑う。
「わたしは毒ですか」
「薬にはならないでしょう、どう考えても」
 はっきりした物言いに真理は声をあげて笑う。そのあまりにも無邪気な笑い方に、奈津美はまたどきりとした。この人は、そんなに悪い人ではないのかもしれない。
 もし、蓮に出逢わずにこの人に出逢っていたら。人生において「もしも」なんてナンセンスなことを奈津美は知っていた。だけど……その「もしも」があったとしたら、この人に惹かれていたかもしれない。
 それだけ真理の心は愛を求めていて、そして孤独で。しかしそれが「同情」という感情だと気がつき……奈津美は動揺してしまった。真理はそんなもの、求めてなどいない。真理がかわいそう、と思うことはおこがましいし傲慢なことだ。それに、本人は不幸だとか悲しいと思っていないようなのだ。
 ただ、愛がほしい。母親が子どもに与えるような、無償の愛。
 ……奈津美にはそれが無理なのが分かり、再度首を振る。
 おもてなしの料理は、高屋のお屋敷のものに負けずとも劣らず、とても美味しかった。だけど、真理の気持ちを考えると美味しい料理を目の前にして、あまり喉を通らなかった。出されたものを残すのは悪いと思い、奈津美は無理やり口に入れ、そうするのは失礼と思いながらも食べる。蓮は奈津美の気持ちを察して心配そうにちらちらと見ながら食事をしていた。
 食事も終わり、真理は素直にふたりを高屋のお屋敷に帰してくれた。
「気が変わったらいつでもここに連絡してほしい。待っている」
 真理は別れ際、ふたりに名刺サイズのカードに手書きで書かれた携帯電話の番号を渡した。
 それは真理のプライベート番号と気がつき、奈津美は首を振ってカードを返そうとした。
「今日、わたしがあなたたちになにもしないで帰すのだから、これくらいは受け取りなさい」
 命令口調の真理に結局逆らえず、奈津美は素直に受け取った。
「あなたたちが連絡してくるのを、心待ちにしていますよ」
 奈津美と蓮が車に乗り込み、車が見えなくなるまで真理はずっと見送っていた。

   *   *

 お屋敷に戻ると、秋孝が血相を変えて飛び出してきた。
「秋孝、ごめん」
 なにも言わないで真理のところに出かけてしまったことを後ろめたく思った奈津美は素直に謝る。秋孝はじいを見てことの顛末を知っていたようで、奈津美と蓮の顔を見て、ほっとしていた。
「どうしても真理のことが知りたくて」
 奈津美の言葉に蓮は鳶色の瞳に嫉妬の光を宿す。
「どうして深町だけじゃなくて私たちもなんだろうとずっと思っていたの」
 お屋敷の中に入り、仮事務所で秋孝になにがあったか説明をしようとしてそんな必要はないのに気がつき、奈津美は辰己のお屋敷で思ったことを口にした。
「結局、どうして私たちだったのか、は分からなかったけど……。真理はたぶん、だれかの『愛』がほしいのよ」
 蓮は奈津美を見つめる。
「もしもそうだとしても、オレたちにそれを求めるのはお門違いだろう」
 奈津美は蓮の言葉にうなずく。
「それは真理も分かっているはず。だけど……」
「あいつはそれでも求められずにはいられなかった理由があるんだよ、きっと」
 秋孝はなにかを知っているかのように苦しそうな表情でそうつぶやいた。
「今日は疲れただろう。部屋に戻ってゆっくりしろ」
 秋孝は立ち上がり、奈津美と蓮のふたりを仮事務所から追い出すようにして自分も出て鍵をかける。
「仕事、まだ残ってるよ」
 奈津美の抗議に秋孝はにやりと笑い、
「明日に回しても支障ない仕事だろう。明日やれ」
 そう言われると奈津美も強く言えない。蓮に腕を掴まれ、三人はそれぞれの部屋に戻った。

   *   *

「なあ、奈津美」
 一緒の布団に入り、蓮は奈津美を抱きしめてキスをしながら聞く。
「もしもオレと出会わなかったら……奈津美は真理のこと、好きになっていたか?」
 奈津美は蓮の言葉に苦笑する。
「蓮と出逢わなかったら、真理とは会ってないよ」
「どうしてそう言い切れる?」
 奈津美は少し考えてから、
「蓮と出逢わなかったら、秋孝とも深町とも絶対に会ってないよ」
「分からないぞ。真理と縁があったのなら、オレと知り合わなくても、秋孝と深町と知り合わなくても……会うことになっていたと思うぞ」
 奈津美は苦笑する。蓮もありえない『もしも』を考えてしまったのかもしれない、と。
「その『もしも』は絶対にないよ。私は蓮と絶対に出逢ってたよ」
「出逢う順番が違っていたら……?」
 蓮の鳶色の瞳には不安な光が揺れている。
「うーん……。難しい質問をしてくるのね。順番が違っていたら、かぁ。いい男ふたりの間で揺れる心……なにかの小説みたいだよね」
 奈津美はくすくすと笑う。
「笑いごとじゃないよ。オレは本気で悩んでるんだから」
 年上の実業家と年下の草食系男子、かぁ。
「逆に聞くけど、もしも私が真理とそういう関係で蓮と知り合うのがあとだったとしたら……私のこと、好きになっていたと思う?」
 蓮は大きく息を吸って、奈津美を抱きしめる。
「好きになっているに決まっているじゃないか」
 蓮は奈津美の首に顔をうずめ、その白い肌に唇を這わせる。
「はっ……うぅん、蓮」
 思った以上に甘く鼻を抜けるような声が出てしまい、奈津美は蓮に抱きつく。
「愛してる、奈津美。たとえどんな形で逢ったとしても、オレは絶対に奈津美のことを愛している」
 やっぱり『もしも』はあり得ない。奈津美は蓮を抱きしめ、耳元に囁く。
「蓮……。私も蓮のこと、愛してるよ。これからもこの先もずっとずっと……」
 ふたりは見つめあい、自然と唇と唇を重ねる。
「愛してる」
 たとえ出逢う順番が違っても、必ずふたりは結ばれる──。
 それは運命でもなんでもなく、必然なのだから。
「愛してる」
 蓮はもう一度そう呟き、奈津美にありったけの愛を込め、キスをした。

【おわり】






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