『愛してる。』


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Baby Panic!04



「え? 睦貴が倒れた?」
 奈津美と蓮は深町が運転する帰りの車の中で連絡を受けていた。
『文緒が昨日、熱出しちゃって。その看病疲れかしら』
 助手席に座っている秋孝は渋い表情で電話を聞いている。
「わかった。一度会社に戻るつもりだったが、このまますぐにそちらに戻る」
 秋孝の言葉に深町はなにも言わずに進路を変更してお屋敷に向かう。奈津美と蓮はすぐに智鶴の元に向かい、文緒を受け取る。
「睦貴の看病のかいがあって、すぐに熱が下がったみたいよ」
「で、その本人が今度は熱を出して倒れてる、と」
「そうなのよ。だけど子どもの風邪って強烈だからねぇ」
 智鶴の言葉に奈津美は思い出していた。貴史と美歌もよく子どもの風邪をもらって休んでいた、と。
『子どもから移った風邪は強烈で嫌だわ』
 と嘆いていたのを思い出した。
「とりあえず、睦貴のことはアキに任せて。あなたたちふたりも疲れてるでしょう? 今日はゆっくりしておかないと、文緒の風邪をもらっちゃうわよ」
「うん、そうするわ。睦貴には後日、お礼に行く」
 奈津美と蓮は智鶴にお礼を告げると、部屋に戻っていった。

 一方、睦貴は。自室で熱にうなされていた。
「まったく、おまえは手加減と言うのを知らんのか」
 朦朧とする意識の中、秋孝の言葉に睦貴は笑う。
「文緒が熱出して苦しんでいるのに比べれば、こんなのなんてことないさ」
 とは言っていたものの……。あまりの高熱にそれから一週間ほどベッドから出ることができなかった。
 ようやく熱が下がり、いつものように佳山家に朝ごはんを食べに行くと、
「おまえは馬鹿か」
 と開口一番に蓮に罵られる睦貴。なんで怒られているのか分からない睦貴はむっとする。
「なんか俺、やったか?」
「もう、蓮も素直じゃないんだから」
 奈津美は蓮の言葉に苦笑している。
「蓮ったら、睦貴の熱がさがらないからすごく心配してたのよ」
「よ、余計なこと言うなよ!」
「蓮ったらいつからツンデレになったのよ」
 文緒はつい先日まではいはいしかできなかったのに、気がついたらよたよたと歩いて睦貴のところまでやってきていた。
「うを、一週間見ない間に進化してる!」
「子どもの成長は早いわよ」
 うれしそうに足元にまとわりついてくる文緒を抱きあげ、睦貴は抱きしめる。
「文緒ー、早く大人になれよ」
「大人になったらどうする気だ?」
「そうだなぁ、一緒に買い物に行きたいかなぁ」
 睦貴に久しぶりに抱っこしてもらい、文緒はにこにことうれしそうに見ている。
「本当に買い物だけで済むのかよ」
「もう、蓮さんやだなぁ。どうしても俺をそういう風に持っていきたいんですね?」
「奈津美が光源氏計画とか言うから……」
 蓮の言葉に睦貴は吹き出した。
「光源氏計画……? な、奈津美さんもおもしろいことを考えるなぁ」
「だってあんまりにもかいがいしく文緒のお世話をしてくれるからてっきり……」
 奈津美は苦笑しながらそう言っているので、冗談で言っているのが分かったが……。蓮は本気で睦貴がそう考えている、と思っているようだ。
「蓮さん、何度も言うけど文緒は俺の娘でもあるの。父親が娘と一緒に買い物に行きたい、と思って、なにが悪いんだよ?」
 蓮もさんざん大きくなったら一緒に買い物に行く、と言っているのだから……そう言われて睦貴の言葉に言い返せない。
「今日は蓮の負け、ね」
 くすくす笑う奈津美に、蓮はじろり、とにらんだ。



 文緒が三歳の時、弟の文彰(ふみあき)が生まれた。やはり七月生まれだったので文緒が男だった時のための候補であった名前をつけることにした。
「このお屋敷もずいぶんと賑やかになったわよねぇ」
 智鶴の部屋がすでに託児所状態になっている。柊哉と文緒は睦貴を交えて仲良くブロックで遊んでいて、柊哉の妹の鈴菜は智鶴にべったりと甘えている。奈津美は文彰に授乳中だ。
「深町と彼方ちゃんの子どもが文緒と同じ年になるんだっけ?」
「そうそう。柊哉が一番上でそのひとつ下が文緒と京佳、その下が鈴菜で一番下が文彰」
 分かりやすく書くと、

高屋柊哉(たかや とうや)四歳
佳山文緒(かやま ふみお)三歳
辰己京佳(たつみ きょうか)三歳
高屋鈴菜(たかや すずな)二歳
佳山文彰(かやま ふみあき)〇歳

 となる。

「この子たち、いつまで仲良くいられるのかしらねぇ」
 智鶴が少し遠い目で子どもたちを見つめている。
「私たちが心配しても、仕方がないわよ。なるようにしかならないわけだし」
「鈴菜は一緒に遊ばないのか?」
 睦貴の問いかけに、鈴菜は恐る恐る柊哉と文緒の仲間に入る。
「鈴ちゃん、これ」
 文緒はおもちゃのお皿にブロックを入れてどうぞ、と渡している。鈴菜はにっこり笑い、受け取っている。
「これはトーヤのだよ!」
 文緒が鈴菜に渡したおもちゃを横から奪い、鈴菜は泣き始めた。
「こら、柊哉! いきなり取り上げたら鈴菜が泣くだろう!」
「だって、文緒のものは全部トーヤの物だよ!」
 柊哉はそう言って文緒に抱きついている。文緒は嫌そうな表情をして、睦貴に助けを求めている。
「柊哉、鈴菜にちょうだい、と言ってからじゃないと駄目だよ」
 睦貴は柊哉に諭しているが、まったく聞こうとしていない。睦貴は泣いている鈴菜の背中をトントン叩きながら泣き止まそうとしている。鈴菜は睦貴に抱きついて泣いている。それを見た文緒は柊哉の腕を払い、睦貴に抱きつく。
「むっちゃんはふーちゃんのものなの!」
 文緒は鈴菜と反対の腕にぶら下がってきた。
「文緒、ちょっと待て。あとで抱っこするから、鈴菜が泣き止むまで待ってくれないか」
 睦貴はまとわりついてくる文緒に困った顔でそう告げる。が、文緒はギュッと抱きついてくる。
「嫌だ。ふーちゃんも泣くの!」
「あー、泣くな! 分かったから、お願いだから泣かないで!」
 右腕に鈴菜、左腕に文緒、という状態で睦貴は両方をあやしている。
 柊哉はそれが面白くないらしく、真正面から睦貴をキックする。
「と、柊哉。ちょっと今はやめてくれ」
 両手をふさがれているため、防ぐこともできず、柊哉の攻撃をもろに受け、睦貴はかなり苦しそうだ。
「柊哉、やめなさい」
 見かねた智鶴が助け船を出してくれた。
「むつ兄がトーヤのふーちゃんを取るから」
 柊哉は少し泣きそうな声で智鶴に駆け寄る。
「柊哉、文緒は柊哉のものじゃないのよ」
「じゃあ、だれのものなの?」
「だれのものでもないのよ。文緒は文緒よ、ね」
 柊哉は納得していないようだ。鈴菜は泣き収まり、智鶴の元へかけて行った。
「むっちゃんはふーちゃんのものなの」
 文緒の言葉に睦貴は苦笑する。
「そうだな、おまえのパパだもんな」
「違うもん! パパは蓮だもん」
 様子を見に来た蓮はいつものように睦貴に抱きついている文緒を見て、ため息をついている。
「あの様子だと、そのうち『むっちゃんのお嫁さんになるの』というのも時間の問題よね」
「……不愉快なことを言うな」
 その時は本当にそのセリフを近い将来、聞くとは思わずにいた。

 文緒が四歳の時、やっぱり同じように柊哉と文緒と睦貴とやり取りをして、柊哉が文緒に思いっきり冷たくされて智鶴に泣きついていた時。その場には珍しく深町たち家族もいた。
「ふーちゃんね、むっちゃんのお嫁さんになるの」
 文緒は睦貴に抱きつき、耳元でそう甘ったるい声で囁く。
 睦貴は苦笑して、
「大きくなって気持ちが変わらないのなら、結婚してやってもいいぜ」
 睦貴はその時、幼い頃の身近な大人へのあこがれの気持ちでそう言っているのだ、と思っていた。
 文緒が結婚できる十六歳になった頃、睦貴は三十二歳。倍もの年齢差があるのだから、本気でそんなことを……ましてや記憶が残っているかどうか分からないくらい幼い頃の宣言を本気で思うほど、睦貴も子どもではなかった。
 蓮と奈津美は苦笑してふたりのやりとりを見ている。
 文緒は睦貴の言葉に満足そうに微笑み、
「約束よ──」
 そうして指切りげんまんをしたのは、とても暑い夏のある日……だった。

 まさかこの想いが本気だった、と知ることになるのは、これから十数年後の、また別のお話──。

【おわり】






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