『愛してる。』


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未来へ架ける橋07



 お屋敷に戻ると、今日は奈津美と蓮のお疲れ会ということで、いつもより少し豪華な食事だった。と言っても、いつもいいものが供されているので、奈津美と蓮は毎日恐縮しっぱなしだった。
「なんかさ、タダで住まわせてもらってるのがものすっごく怖いんだけど」
「タダだと思っていたのか?」
 秋孝の言葉に奈津美はえ? という顔をする。
「いや、払えるのなら、払います、家賃」
 奈津美の言葉に秋孝は笑う。
「家賃は要らない。蓮と奈津美のふたりがここでこうして暮らしてくれる、というのが充分な支払いだよ」
 あまりにもかわいらしいことを言われて、奈津美と蓮は顔を見合わせてひそひそと話す。
「やっぱり……空気で酔っ払ってるな」
「あれだ、仙人だ。霞食べて生きていけるよ、秋孝なら」
 ふたりの会話に智鶴と彼方はくすくす笑っている。
「漫才コンビ、お代はないぞ」
「お代はあなたの笑いで充分です!」
 奈津美の言葉に全員が笑う。
「奈津美には……なんと言うか、勝てないな」
「だろう?」
 蓮が同意を求めるように秋孝にそう言う。
 こうしていつものように、和やかに食事をした。
「ところで、週明けから私たち、どうすればいいの?」
 食後のお茶を飲みながら、奈津美は疑問に思っていたことを口にする。
「ああ、しばらくこのお屋敷の中で会社設立の準備をしてもらう。仮事務所もここの中に作ってある」
 すでにそのあたりは準備が進んでいるらしい。
「ああ、あと。この土日で部屋の移動をしてほしい」
「部屋移動?」
 そう言えば、改装しているという話を聞いたけど、もう終わったということか?
「俺たちの部屋の前におまえたちふたり用の部屋を用意した」
 今、奈津美と蓮があてがわれている部屋は少し奥まった場所にあった。玄関に出るにも食堂に出るにもくねくねと入りくんだ廊下を歩いていかなくてはいけなくて、少し面倒に思っていた。
「今から見に行くか?」
「見られるの? 行く、見たい!」
 慣れるんだろうか、と杞憂していた奈津美はすでにそんな思いをふっ切ったのか、楽しそうに手をあげている。秋孝は少し待つようにいい、内線でだれかを呼んでいた。
「秋孝さま、こちらでございます」
 じいがあらわれ、秋孝になにかを渡していた。
「あの部屋の鍵らしい。おまえたちに渡すな」
 奈津美と蓮とそれぞれに鍵を渡された。
「合い鍵はお持ちしておりませんので、ご安心ください」
 じいはそれだけ言うと、部屋から出て行った。

 秋孝の案内で部屋につく。
「ここが俺とちぃの部屋」
 この屋敷の中でもひときわ豪華な扉に奈津美は驚く。
「こ、この扉だけでどれだけするんだろう」
 蓮にぼそりとつぶやく。
「で、こっちがふたりの部屋」
 本当に向かい側に扉があった。こちらはマンションの玄関のようなドアだった。蓮は鍵穴に鍵を入れて開け、ドアを開けた。
「う……わぁ!」
 奈津美は中を見て、驚きの声をあげた。引き払ってきたマンションよりはるかに広そうな室内。だけど間取りはあまり変わらないようだった。新居の匂いが奈津美の鼻孔をくすぐる。あそこのマンションに引っ越したころを思い出し、懐かしくなる。
 入ってすぐに少しちょっとした廊下があり、廊下の途中にある部屋をゲストルームにしていた。
 奈津美は中に入り、見て回る。キッチンもあるようだし、きちんと窓もあり、外を見るとちょっとした庭があるようだった。
「本来はそこの庭、俺とちぃしか入れないんだが……出られた方がいいと思って、ドアをつけてもらった」
「え? いいの?」
 奈津美は戸惑って秋孝を見る。
「俺、こんな変な能力があるせいで……母親にすごい嫌われているんだ。だけど、おまえたちふたりは俺のこと嫌わずにこうしてついてきてくれる。俺は……おまえたちふたりのこと、家族の一員と思っているんだ」
 秋孝の言葉が意外過ぎて、奈津美と蓮は目を丸くする。智鶴もびっくりしているようで、秋孝を見上げている。
「ふたりが嫌じゃなければ、家族と思ってくれるとその、うれしいんだが」
 秋孝はかなり恥ずかしそうにぼそっとそう囁くように告げた。
「あ、なに。秋孝、そんなに私の弟になりたいの?」
 奈津美はにやにやと笑いながら秋孝を見る。
「とても年上とは思えないけど、奈津美のこと、姉と思ってやってもいいぜ」
「あー、弟。そうか、秋孝のことをどう考えても男に思えないのは、弟みたいだと思ったからか」
 奈津美は自分の言葉に妙に納得しているようだった。
 そういえば、と蓮は思い出す。いくら告白しても全然相手にしてもらえないどころか、弟として見られていた時期があったな、と。
「智鶴ちゃんはそうしたら妹か。とことは……深町と兄弟になるのか? それはちょっと……嫌だな」
 蓮の言葉に智鶴と奈津美は苦笑する。
「そういえば深町さんの年って知らないんだけど」
「俺のふたつ下だよ」
 奈津美は頭の中で計算する。蓮と秋孝は同じ年で……と言ってもどう見ても同じ年に見えないんだけど、それより深町はふたつ下?
「で、ちぃちゃんは?」
「アキの十コ下です」
「十!? 秋孝、このロリコンめっ!」
「ロリコン言うな! 違うっ!」
 奈津美と智鶴は一回り以上も違う、ということに気がつき、奈津美は落ち込む。
「うわ……私、ちぃちゃんから見たらおばさんか」
「奈津美さんのこと、おばさんと思ったことないですよ」
 とフォローしてもらったけど、一回り以上違うのは正直、きつい。
「年は聞くもんじゃないな……」
 奈津美はふぅ、とため息をつく。
「大丈夫。奈津美が一番上には見えないから」
「それ、どういう意味?」
「言葉のままだけど?」
「それってようするに、馬鹿と言ってるんでしょ?」
「秋孝とは違う意味で奈津美は馬鹿だと思ってるんだけど」
「うっわー、にっこりと笑顔で言うセリフじゃないよね、それ?」
 奈津美と蓮の会話をにこにこしながら聞いている智鶴を連れて、
「仲がいいほどケンカするというけど、ほどほどにな」
「「ケンカじゃないから!」」
 ふたりそろって同じタイミングで言われ、秋孝は苦笑しながら部屋をでた。
「えーっと、これは。マンションに住んでいる、と思えばいいんだよね?」
「そうだね、お向かいがご近所さんと思っていれば」
 奈津美と蓮は新たに用意された部屋を出て、最初に当てがわれた部屋に戻りながら話す。
「スケールの違いにかなりくらくらするんだけど」
「マンションの時と間取りはほとんど同じだけど、部屋数が二つほど多かったね、あそこは」
 広さもかなりあり、あれを見たらもう今までのマンションの部屋に戻れないかも、と思っている自分もずいぶんと現金だな、と思う。最初はあんなに嫌がっていたのに、これはこれで面白いと思う。
 還れるのなら前の生活に還りたいとは思うけれど……それは無理なのは真理と遭って分かったので、今の状況を楽しむことにした。
 人生一度きり。楽しまないと損だ。
「あそこなら子どもふたりくらいいても余裕そうだね」
「そうだね。秋孝のところの子どもともそのうち一緒に遊べるだろうし、いいんじゃないのかな」
 そんな未来を想像して、ふたりはくすり、と笑う。
「早くコウノトリ、来ればいいのにね」
「それなら、オレたちが頑張らないとね」
 蓮の瞳に奈津美はどきっとする。
「奈津美、愛してるよ」
 だれもいない廊下で蓮は奈津美の耳にささやく。
「嫌だ、蓮。こんなところで」
「だれも聞いてないし、いないから大丈夫」
 そう言って蓮は奈津美の腰を引き寄せ、キスをする。
 蓮と瞳が合い、奈津美は少し照れる。
「蓮。私も蓮のこと、愛してるよ」
 これからの道のりも平坦とは思えないけれど、ふたり一緒なら乗り越えていける。
「これからも改めてよろしくね、蓮」
「こちらこそ、よろしく」
 蓮と奈津美は再度見つめあい、どちらからともなく手を取り、歩き出した。

 そう、このお話は未来へとつながる重要なターニングポイント。
 未来への架け橋。
 奈津美と蓮がそのことに気がつくのは、もっともっと先のこと。



 こうして賽は振られてしまった。



【おわり】

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