『愛してる。』


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“赤い糸”なんて裁ち切れ【後編】



「また一緒に働かない?」
 意外な言葉に、美歌はきょとんと奈津美を見た。
「はい?」
「子ども、保育園に預けられない?」
 美歌はぼんやりと子どもを保育園に預けてどこかでパートでもしてお小遣い稼ぎでもしようかと思ってはいた。
「育児と仕事で大変になるかもしれないけど、私も今の課の人員に限界を感じていて」
 ブライダル課というのに、奈津美以外全員男なのである。
「貴史と一緒に働いたら……貴史のあまりのつかえなさっぷりに絶望するかもしれないけど」
「ちょ!?」
 今、ものすごくひどいことを言った?
「美歌ならそのあたりを上手にフォローしてくれるかなぁ……って」
「うん。働こうかなとはちょっと考えてたの。貴史と相談してみるね」
 美歌の答えに、奈津美はほっと息をついた。
「あー、よかったー」
「奈津美、まだあたし、働くって言ってないよ」
「え? 貴史にはもう許可を取り付けてあるよ?」
「なぬ!?」
 美歌は最近の貴史を思い出して、納得いった。
「あー……それでなんかずっと言いたそうな顔していたのか」
「そうなの?」
「あいつ……。言いたいことがあるなら言いなさいって言ってるのに! 帰ったら、しばいとく」
 奈津美はクスッと笑った。
「やっぱり、美歌と貴史ってお似合いだね。私だと貴史を御せないや」
 奈津美はなんだかおかしくなって、くすくすと笑い続けた。
 美歌はきょとんと奈津美を見ていた。
「さて、そろそろ帰ろうか。貴史と子どもが待ってるでしょ?」
「大丈夫だよ。今日は貴史、子ども連れて貴史の実家に遊びに行ってるから。でもまあ、そろそろ帰って夕食作らなきゃ」
 美歌はソファから立ち上がった。
 奈津美も立ち上がった。
「美歌が来てくれるの、待ってるから」
「うん。保育園探しが大変らしいから、入れるところが見つかったら、すぐに行くよ」
 奈津美と美歌はエレベーターに乗って、一階に降りた。
「あれ? なんで蓮、いるの?」
 エレベーターを降りると、なぜか蓮が待っていた。
「そろそろかと思って、迎えに来た」
「ほらほら、おかんでしょ!?」
 奈津美のその言葉に蓮はむっとしていた。
「だれにでもそれ、言いふらしてるのか?」
「だって、蓮のことを説明する上で一番わかりやすいんだもん」
 蓮はため息をつき、美歌に向き合った。
「奈津美から話があったと思いますが、お仕事、よろしくお願いします」
 そう言って、蓮は軽く美歌にお辞儀をする。
「あー、なんで蓮、知ってるのー?」
 意外そうな声をあげたのは、奈津美だった。
「山本に話をしてただろう」
「聞いてたの?」
「聞いてたんじゃなくて、聞こえたの」
 聞こえないように喋っていたのに、あれは絶対、聞き耳立てて聞いていた。
「地獄耳だなぁ、蓮」
「オレ、楽器は弾けないけど、耳はいいの」
「蓮でもできないこと、あるんだ」
 奈津美は意外そうに蓮を見た。
「あのな、オレはスーパーマンじゃない。できないことはたくさんある」
「スーパーマンだってなんでもできるわけじゃないよ」
「じゃあ、ますますオレは凡人だな」
「蓮が凡人だったら……私なんてそのあたりに浮いている塵だよ」
 美歌は奈津美と蓮のやり取りを唖然として見ていた。
「奈津美って……こんなに面白かった?」
 いつまでたっても終わりそうにない会話に、美歌は呆れてそうつぶやいた。
「えー。私、おもしろくないよ?」
「いや、奈津美は面白いってよりおかしい。なぜか男相手に嫉妬するし」
「男相手に嫉妬?」
 美歌はぎょっとして奈津美を見る。
「そう。オレが男と話すの、嫌なんだって。変だろ?」
「普通……女と話すと嫌がらない?」
 奈津美を見ると、なぜか怒っている。
「だって! 男には勝てないんだもん!」
「奈津美……その思考、絶対おかしいって」
 美歌はくらくらした。
 なんで……男に嫉妬するんだろう?
「あー……。なんとなく、奈津美が変わってるのはわかった……」
 蓮は美歌を見た。
「奈津美、なんかまた変な持論を展開した?」
「変って言わないでよ。“赤い糸”なんて切ってやるって言っただけだよ?」
「………………」
 蓮は頭を抱えた。
「奈津美さま……。あなたはどうしてそう……荒っぽいの」
「えー? だって、あらかじめ決められた人生なんてつまんないじゃないの。“赤い糸”なんてあるんだったら、粉々に砕いてやるよ」
「じゃあ、オレと逢ったのは、偶然?」
「ううん、必然だったんだよ」
 美歌は混乱した。
「“赤い糸”と必然って結びつかないの?」
 美歌の問いに奈津美はなんでそんなこと聞くの、と言わんばかりに答える。
「“赤い糸”なんてものがなくても、私と蓮は必ず出逢っていたんだよ。だから、必然なの」
 奈津美の言っていることが、よくわからない。
「それを、“赤い糸”だとか“運命”って言うんじゃないの?」
「そうね、その方が通りがいいからそう言うんだろうね」
 美歌の言葉に奈津美はあっさりと肯定する。
「ますます意味がわからないよ?」
「うーん……なんかこう、もやもやしてて言葉にならないんだけど……。私が蓮に出逢ったのは……そんなチープな言葉では言い表せないんだよ……。“赤い糸”だとか“運命”って言葉でくくりたくない」
「魂の共鳴?」
 蓮のその言葉、なんとなく……近いような気がするんだけど……。
「もともと一つだったものがなにかの拍子に別れちゃって……巡り合ったって感じかなぁ」
 蓮の隣はおさまりがよくて。
 昔から知っているような、とても居心地のよい場所で。
 隣にいるのが当たり前。
 空気のように必要で。
 それでも空気よりは濃くて。
「欠けていた自分の欠片を見つけた感じ」
「ああ……、言いたいことはなんとなくわかった。しかし……それにしても奈津美、欠けすぎだろ」
 奈津美はその言葉に、むっとする。
「掃除洗濯家事片づけ、すべてできませんよ!」
「あとは後ろガラ空きすぎ」
 蓮は奈津美の後ろから軽くぽんっと頭を叩く。
「わかりました。奈津美と佳山さんが仲がよいのはものすっごくわかりました。目の前でいちゃつかないでください」
「「いちゃついてない!」」
 奈津美と蓮はふたりで同時に美歌に突っ込みを入れた。
 あまりにもそれが息もぴったりで……。
 美歌はお腹がよじれるほど、笑った。
 美歌が一通り笑い終えたタイミングで、美歌の携帯電話が鳴った。
 美歌はバッグから携帯電話を取り出し、着信名を確認して、出た。
「うん、あ、今から帰る? うん、あたしももう帰るよ。ご飯は作るから、うん、気をつけてね」
 どうやら貴史からの電話のようだった。
 美歌は話し終えて、携帯電話をパタンと閉じて、バッグへしまった。
「今、貴史から仕事してって言われた」
 美歌はうれしそうにそう言った。
「わ、ほんと!?」
「うん。保育園探しが大変だけど……がんばって早く見つけて、復帰するね」
「うんうん、じゃあ、さっそく事務手続きするから! 蓮、よろしくね?」
 奈津美はにっこりと蓮を見上げた。
「日付入れて書類出すだけだから、もう終わってる」
「ってか、はやっ!」
 どうして言う前からやっているのか……。
「そうやって先回りしてやるから、私がダメな子になっていくんだよ」
「もう『子』って年齢じゃないだろ」
「ぐ……」
 毒舌でおかんで……それでいて勇敢な姫、か。
 奈津美の言葉を思い出して、美歌はあまりにも的確すぎて、笑った。
「いつまでもあなたたちの漫才につきあっていたらあたし、家に帰れないような気がするから、先に帰るね。奈津美、ありがとね」
「ううん、こちらこそありがとね。また一緒に働けるの、楽しみにしているから」
 美歌は蓮に軽く会釈をして、奈津美に手を振って、外へ出た。
 外は、思ったよりさわやかな風が吹いていた。
 ずっと心の奥で引っ掛かっていたもやもやがようやく取れた。
 さわやかな風が美歌の心に吹き抜ける。
「よっし、がんばるぞ!」
 美歌は両手をあげて気合いを入れて、駅に向かって走り出した。
「さて、オレたちも帰るか」
 美歌の後姿を見送った奈津美と蓮は、手をつないで歩き出した。
「だけど蓮、よくここがわかったね」
「奈津美と一緒にするな」
 どうやら迷子になったことまでお見通しらしい。
「今日は歩くGPSがいなかったから、美歌をすっごい待たせちゃったよ」
「オレは……GPSだったのか」
 今日は珍しく蓮単体での用事が入ったため、奈津美は美歌と一緒にランチ、となったのだが。
「……オレと結婚して、能力が低下してないか?」
「えー? これでもましになったんだよ?」
「……どれだけ方向音痴なんだ」
 蓮は頭を抱えた。
「蓮の用事は終わったの?」
「すぐに終わったよ。帰ってもよかったんだけど、奈津美が帰りも迷子になりそうだったから、迎えに来た」
「あー!」
 奈津美はなにかに気がついたらしく、突然大声を上げた。
「蓮、髪切った!?」
「……ようやく気がついたのか」
 予定より早く用事が終わったので、美容院に行って髪を切ってきたのだが。
「男の頭なんて、その程度だよな」
「いやいや、蓮。かわいくなって」
「だから! そのかわいいっての、やめてくれ」
 蓮はむすっと怒っている。
「なんでー? かわいいは褒め言葉だよ?」
 蓮は奈津美の言葉に苦笑する。
「奈津美の方が、ずっとかわいいって」
「あー、なんかその言い方、腹立つ」
「なんでだよ? 本当にそう思ってるのに」
 蓮は奈津美の手を引いて、腰に手を回す。
 急に蓮の身体が近くなり、奈津美はどきどきした。
「オレは奈津美がすごくかわいいの、知ってるの。オレだけが知っていればいいんだよ」
 耳元で囁かれ、奈津美は自分の身体がかーっと熱くなり、心臓がドキドキした。
「蓮って時々、意地悪だね」
 奈津美はドキドキを悟られないように、必死に冷静さを保つ。
「好きな子には意地悪したくなるもんなんだよ」
「もう『子』っていう年齢じゃないんでしょ?」
「そこに根をもつか!?」
 蓮は苦笑して、奈津美の髪をやさしくなでた。
「……この手に免じて、許してあげる」
 そのふくれた顔があまりにもかわいくて……蓮は微笑んだ。
 美歌はすぐに保育園探しに奔走したらしい。
 探して探して探しまくってやっと見つけ、慣らし保育だとか保育園で風邪を貰ってきて親子三人で風邪引いて休んだりとか……大変そうだけどそれも楽しそうで。
「私たちのところにはいつ、コウノトリが来るんだろうね」
「こればっかりは……ほんと、授かりものだからねぇ」
 美歌はあまり言わないけど、子育ての苦労はすごいんだろうなぁ、私にはできるんだろうか、と奈津美はぼんやりと考えた。
「奈津美」
「ん?」
 蓮は奈津美に軽くキスをして、唇に触れながら、
「愛してる」
 奈津美は少し照れ笑いをして、
「私も……蓮のこと、愛してるよ」
 “赤い糸”なんてなくても、私は私の欠片と逢えた。
 こうして一緒に愛を語らい……一緒の時間を共有できる。
 そんな別々の存在も……悪くないな、と奈津美は強く思った。



【おわり】





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