『愛してる。』


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愛してる。15



*-*-*-*-*-*-*-*-*

 由布子は大した用がなくてもブライダル課にちょくちょく顔を出してくる。
 友也も気になるようで、在庫管理部に足しげく通っているようだ。
「あー! じれったい!」
 そんなふたりを見ていた奈津美がある日、切れた。
「うん、よく我慢した」
 蓮は奈津美の頭をぽんぽんと叩いた。
「見ててイライラする!」
 お互い思い合っているのだから、思いきればいいのに。
「ともくんがあそこまで根性無しだったとは思わなかった!」
「いえ、奈津美さま? それは根性があるとかないとかいう問題ではなくて」
「よし、金曜日に奈津美さまがセッティングしてやる!」
「あ、え?」
 奈津美はなにかを調べ始め、なにかを見つけたみたいで電話をかけている。
 そしてプリントアウトして手書きでなにかを書いて、友也に手渡した。
「絶対来るように」
 友也は挑戦的な目で奈津美に言われ、悩んだ。
 そして手に握らされた紙を見て……さらに悩んだ。
「在庫管理部に行ってくる」
 奈津美はそれだけ言い残し、在庫管理部に行ってしまった。
 そして金曜日。
 奈津美と蓮は定時に上がった。
 奈津美は家の方向へ向かうものの、途中で別の道に曲がる。
「奈津美?」
 喫茶店に入り、窓際の席に陣取る。
 奈津美はタバコの煙に顔をしかめたが、珍しく帰る気はなさそうだ。
 蓮も諦めて、向かいの席に座る。
 ふたりはしばらく無言で外を眺めながらお茶を飲んでいた。
 ここからは通りがよく見える。
 向かいの店は最近オープンしたばかりの全室個室のおしゃれな和風居酒屋らしい。
 とそこへ、見覚えのあるシルエットが見えた。
 友也だった。
 友也はカバンから紙を取り出して店名を確認して、さらに腕時計を確認して、その場に立った。
「うん、時間に正確。よろしい」
 奈津美は友也の様子を見て、感想を述べた。
 少しして、由布子も現れた。
 奈津美は由布子に少し遅れるからついたら先に店に入っておくように伝えてあった。
 由布子はいるとは思っていなかった友也がいることに驚いたものの、話しかけていた。
「あー、普通に話せるところまではいってるんだ、あのふたり」
 にやにやしながら奈津美は観察している。
「奈津美……ちょっと趣味悪くないか、これ」
「なにが?」
 奈津美は蓮に顔を向けた。
 ものすごく楽しそうな表情に……蓮はそれ以上なにも言わなかった。
 由布子はなにか一生懸命、友也に話をしている。
 友也はうなずいて、由布子の腰にさりげなく手をかけて、そのまま店内に入っていった。
「よっし、作戦成功!」
 奈津美はにやり、と笑った。
「あいつ……あんなにぎくしゃくしてたのに、もう腰に手を当ててたぞ?」
「あー。ともくん、女の扱い慣れてそうだからね」
 奈津美は満足して、お茶を飲み干し、
「かえろっか」
 にっこりほほ笑んで立ち上がり、伝票を掴んでレジに向かった。
「あのふたり、オレたちが来ると思ってるんじゃないのか?」
「え? ああ、大丈夫。お店の人に伝言お願いしてあるから」
 ものすごく楽しそうな奈津美に……蓮は苦笑するしかなかった。

 休み明けの月曜日。
 奈津美と蓮はたまたま友也と由布子が一緒にいるところを目撃した。
 なんとなく恋人同士の甘い空気を感じて……奈津美はにやけていた。
「奈津美さま……。オヤジくさいよ」
「なにが?」

*-*-*-*-*-*-*-*-*

 それから数日後。
 由布子から奈津美に報告があったらしい。
「あの……わたし、山岸さんとお付き合いすることになりました」
「ほんと!? よかったー!」
 奈津美はにこにこというより、にやにやした。
「奈津美さん……。金曜日のあれ、仕組んだでしょ?」
「え? あ?? な、なんのこと?」
 さすがに気がついたらしい。
「急にこれなくなるなんて、うそでしょ。最初からそのつもりだったんでしょ?」
「あは、ばれたか。だって、見ててじれったかったんだもん!」
 奈津美の言葉に、由布子は苦笑するしかなかった。
「孝祐のこと……まだ完全に忘れられないけど。山岸さん……きちんとわかってくれていて」
「うーん、無理して忘れなくてもいいんじゃないのかな」
「え?」
 奈津美の意外な言葉に、由布子は目を見開いた。
「ゆうは孝祐さんのこと、忘れちゃだめよ。だって、ゆうは幸せにならないといけないのよ?」
「…………」
「無理して忘れようとしたら……つらいだけだよ。時が解決してくれることもあるし。それにね、ともくんなら……ゆうのこと、必ず幸せにしてくれるから」
 奈津美の言葉に、由布子は笑った。
「奈津美さんは、友也と同じことを言うんですね」
「うふ、友也だって。もうそんな仲なんだ」
 くすくす笑う奈津美に、由布子は顔を真っ赤にした。
「ゆう、かわいい」
 奈津美は由布子を抱きしめて、
「ゆう、幸せになってね」
 奈津美の真剣な瞳に、由布子はやさしく笑った。
「大丈夫です。わたし、奈津美さんに負けないくらい、幸せになりますから!」
「ともくんになにかされたら、私に言ってね。叱ってあげるから」
「うふふ。大丈夫ですよ。わたし、しっかり叱ってますから」
 由布子の言葉に奈津美は目を見開いた。
「うわー。ともくん、敷かれてるんだ」
 由布子は思っているより強いらしい。
 確か由布子は短大卒で今年四年目だったはずだから年は二十四のはずだ。
 友也は奈津美と同じ年なので、六歳も差があるのに。
「よし、からかいの種ができた」
「奈津美さん、あんまり友也をいじめないでくださいね。愚痴ってましたよ?」
「そんなことまで言ってるの!?」
 奈津美と由布子は顔を見合わせて、くすくす笑った。
「じゃあ、びしばし鍛えてともくんには出世してもらわないとね」
「え?」
 奈津美の言葉に由布子は驚いた。
「あいつはね、私なんかの下でおさまっておいていい人材じゃないのよ。とっとと追い出さないと」
 奈津美はにやり、と不敵に笑って由布子を見た。
「末は社長夫人にでもなりたい?」
「そうですね」
 そう言って由布子はにこりと笑う。
「うん、わかった。任せておいて」
 奈津美はそんな由布子を見て、結構したたかだな、と思う。
「さーってと。楽しみが増えたことだし、仕事に戻るね」
「ああ、ごめんなさい。忙しいところ呼びとめちゃって」
「ううん、大丈夫よ」
 奈津美は手をひらひらさせて、席に戻った。

「そういえばさ、ここってブライダル課だよね」
「うん?」
 蓮は隣の席に座る奈津美を見る。
「うふふ」
「先輩……またろくでもないこと、企んでるでしょ?」
「うーん。今回、二組のカップルが成立したけど、それがね、意外に楽しくって」
 奈津美のその言葉に、蓮は嫌な予感がした。
「まさか……」
「あまりおおっぴろげて言えないけど、そういう恋のお手伝いするのも悪くないかなぁ……って」
 蓮は頭を抱えた。
 ……お節介癖が……思いっきり移ったようだ。
「先輩、先に言っておく」
「なに?」
 楽しそうな奈津美の顔を見て……蓮は言葉を飲み込んだ。
「いや……いいです。好きにしてください」
 なにを言っても奈津美は撤回しないような気がしたからだ。
 気が済むまで……付き合うか。
 蓮はそう、腹をくくった。
「よし、カップル成立して結婚までこぎつけた人からの報酬は、うちのホテルで結婚式を挙げてもらおう! そうすれば、一石二鳥、ね?」
 そういっていたずらっぽく笑う奈津美に……蓮は奈津美のことを今まで以上に好きになっていた。
 ……やっぱりオレ、マゾかもしれない。
「蓮」
「?」
 奈津美に名前を呼ばれ、蓮は奈津美を見た。
 奈津美はぐっと近づいてきて、蓮の耳元で
「愛してるよ」
「!」
 仕事中にもかかわらず、奈津美の言葉に蓮は真っ赤になった。
「蓮、かわいい~」
「先輩……仕事中にそれは……反則!」
「さーってと、仕事しよっかな」
 楽しそうに笑う奈津美に……蓮は苦笑するしかなかった。
 奈津美と蓮のふたりが……社内の恋のキューピッドを買って活躍するのは……もうちょっと先のお話。





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