《三十六章》「それぞれの家族の元へ~蓮~」
仕事納めが済み、蓮と奈津美はその足で蓮の実家に向かった。
奈津美の家はマンションで、蓮の家は郊外にある一軒家だった。
「ここから会社に通うのがつらくって。それで一人暮らしにしたんだ」
というけど、きっとそれだけじゃないはず。会社からそんなに遠いわけではないし、もしかして蓮、実家に帰りにくいのかな?
奈津美は蓮の手を握った。思ったより蓮の手は冷たくて……緊張しているのがわかった。
住宅街を通って、蓮の実家に着いた。
「ただいま」
門を開き、玄関のドアを開けた。
「おかえりなさい」
中から、蓮に似た感じのきれいな女性が出てきた。
「いらっしゃい。わざわざ遠いところにごめんなさいね」
ふんわりと笑う顔は、蓮と葵に似ていた。
「あ、お邪魔します」
出されたスリッパに履き替え、中に入る。
「お父さん、もう少ししたら帰ってくるって。ちょっと待っててね」
そう言って、女の人は台所に消えた。
「いいな、一軒家で」
「うーん。でももう、かなりガタが来てて」
そうは言うけど、ぱっと見はすごくきれい。こういうきれい好きなところ、蓮はお母さんに似たのかな?
「ちょっと待ってて」
そう言って、蓮は台所に消えた。かちゃかちゃという食器の音と、話し声。笑う声が聞こえる。
なんだ、普通に話してるじゃん。奈津美は安心した。
蓮がトレイにお茶を乗せて、戻ってきた。
「ごめん、お待たせ」
テーブルにきれいなティーカップを置いて、
「どうぞ」
紅茶が入っていた。ふたりで飲んでいたら、蓮の母がやってきた。
「いろいろね、心配してたのよ。この子、彼女はたくさんいたらしいんだけど、なかなか本命がいないみたいで」
「母さん」
「あら、隠すことないじゃない。本当のことだし」
蓮の母の言葉に、奈津美はうなずいた。
「葵にはもう、会ったんですって?」
「はい。二回ほど」
「それで蓮があなたを連れてきたんなら、反対する理由はないわ」
と蓮もそんな感じのことを言っていたけど?
「あの子、あんなだから……。人よりなんていうのかしら、感じやすくて……。抱きつくほど気に入ったみたいなら、いいんじゃないかしら」
抱きつく……ということを言われ、思い出して奈津美は赤面した。ああ、それで蓮、あんな複雑な表情をしていたのか。
「私もこの子と葵とふたりにいろいろ苦労かけさせちゃったから。母親として、いっぱい失格なのよね。未だにそうなのよ……」
ほぅ、ってため息をついていた。
「だからもうその話はいいって」
蓮はそうぶっきらぼうに言うけど、蓮もある意味、まだ呪いが解けてないんだよね?
かちゃっと音がして、リビングの扉が開いた。
そこには、蓮に似ても似つかないものすごくごっつい男の人が立っていた。
「あなた、お帰りなさい」
って、蓮のお父さん!?
奈津美は驚きつつ、ソファから立ち上がり、挨拶をした。
「これはかわいらしいお嬢さんで。うん、いいんじゃない?」
それだけ言って、蓮の父はリビングから出て行った。
え? ものすごいあっさりすぎない??
「あ、あのものすごい文句を言う親父が……」
「あら、そうね」
蓮と母ふたり、きょとんと顔を見合わせた。
なになに?
「うちの親父、気に入らないとものすっごい暴れるんだよ……」
うわわわ、そういうこと、事前に教えてよ!
「取り越し苦労でよかった……」
「ええ、ほんと」
どれだけすごいの!?
蓮は安心したみたいで、かばんから婚姻届を取り出し、署名と印鑑をお願いした。
「葵のあの性格、父さん譲りってことかぁ……」
蓮の母はしみじみと言っていた。
「なんだろう。感が鋭すぎて普通に生きていくのにはつらい人っているだろ。まさしくそんな感じの人なの、あのふたり」
なんだかよくわからないけど、とりあえずひとつ難関を越した、ってことでいいのかな?
「あら、もう帰るの?」
荷物を片づけて、カップも片づけた蓮を見て、蓮の母は名残惜しそうに言った。
「一応オレもこう見えて忙しいし。それに年末で母さんも忙しいだろ。こんな忙しい時に来て申し訳ない」
「もう。蓮は相変わらず、他人行儀なのね。奈津美ちゃんって言ったかしら? あなたも遠慮しないで、いつでもここに来てね」
「あ、はい」
蓮の母の言葉がうれしかった。
「またきちんとくるよ」
蓮はそう言って、奈津美を連れて家を出た。
「はー、よかった」
奈津美はほっと胸をなでおろした。
「オレもほっとした。母さんはともかく、うちの親父がねぇ……」
「そんなにすごいの?」
「最近はさすがに年もとって丸くなったから知らないんだけど、若い頃はすごかったみたいで。母さんにあってからだいぶおさまったっては聞いたけど」
なにをどうやったんだろう……。
「親父、オレと違ってものすごい体格いいだろう?」
「びっくりした」
蓮もそんなに細いわけではないけど、顔のせいか、あまりごついな、って思わない。
「柔道の師範してて」
「!」
「気に食わないやつは男女関係なくばったばったと投げ飛ばしていたらしくって……」
こわっ。
「あとは奈津美の家……か」
うぅ、胃が痛い……。
そのまま電車に乗り、奈津美の家に向かった。