失恋から始まる恋もある


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《三十一章》「プロポーズ」



 蓮はそっとベッドから抜け出し、シャワーを浴びた。シャワーを浴びて浴室から出てふとテーブルを見ると、指輪がきらり、と光って見えた。
 早まったのかな、と蓮の中に少し後悔に似た感情が沸き起こってきた。
 本当は違うアクセサリーを買うつもりで店に行ったのに、この指輪を見たら、目が離せなくなった。指のサイズはあらかじめはかっていたので(指に糸をかけてサイズを調べた、我ながらなんて用意がいいんだろうと苦笑した)、困らなかった。サイズの直しはしてくれるらしく……、でもエンゲージリングにしては少し安かったかもしれないと思いつつ、奈津美にはこれしかないと思い、買ってしまった。予算ぎりぎりでそこだけ支払いの時に冷や冷やしたくらいで、あっさり手に入ってしまった。
 花のような形の台座にピンクダイヤモンドが埋め込まれ、脇に小さなダイヤモンドが添えられている。奈津美の好きなバラの花のようだ、と思った。
 返品、になってしまうのかな……。
 奈津美の戸惑った表情を思い出し、蓮はため息をついた。
「うん……」
 ベッドに寝ていた奈津美は寝返りを打った。そして自分の寝返りで目が覚めたようだった。
「あれ……。蓮?」
「シャワーでも浴びてくる?」
 奈津美は寝ぼけ眼で蓮の顔を見て、思い出したようで目を大きく見開き、次の瞬間には真っ赤になっていた。
「あ、う……」
 うろたえている姿がかわいくて、蓮はどきんとした。蓮は奈津美に近づき、抱きしめた。
「奈津美」
 蓮の言葉に奈津美はどきん、と心臓がはねた。
「愛してるよ」
 耳元でささやかれ、奈津美の心臓が早くなるのを感じた。奈津美は蓮の背中に腕を回して、蓮を見上げた。
「あ…………」
 蓮を見上げたと同時に、時計が目に入った。
「やだ、終電……」
「今日は泊まっていけよ」
 蓮の言葉に奈津美は揺れた。
「でも……」
 父親と母親の顔が浮かんだ。
「いい加減、親離れしなよ」
 蓮の言葉に奈津美はむっとした表情をした。
「お姫さまにかけられた呪いはまだ解けてないってことですか」
 蓮は茶化して言う。
 呪い……。
 貴史に縛られていた呪い……。
 そして、「嫁にはやらない」と言い続けてきた両親の呪い。
「オレがその呪い、解いてやるよ」
 そう言って蓮は奈津美の左手を取り、
「……今度は、受け取ってくれるよな?」
 ちょっと強引だと思いつつ、蓮は奈津美の薬指に指輪をはめた。
「蓮……」
 奈津美ははめられた指輪を見て、蓮を見た。
 ぴったりとはまる指輪。
 ピンクというより赤に近い石はきらきらときれいで……。
「でも蓮、これ……」
「オレと結婚、してくれるよな?」
 自分らしくなく強引だと思いつつ、きっとこれくらい強引でなければ奈津美はうなづかない。
「あ、はい。私なんかでよければ」
 奈津美は仕事の時はすごくはっきりとしているのに、ことプライベートになると、ものすごく優柔不断になる。
「なんか、ではなくて。奈津美じゃないと嫌なの、オレ」
「だって私、蓮より年上だし、蓮はすごいもてるし……。私なんて美人じゃないし……」
「あのね。オレは顔で恋愛しないの。ずっと奈津美を見てきたし、奈津美の好きなところも嫌なところも全部ひっくるめて愛してるの。わかる? それに、年のこと気にしてるんなら、オレの方が気にする」
「あ……え?」
 奈津美は意外な言葉に、蓮を見た。
「オレ、奈津美より年下で、キャリアも給料も奈津美より下だし、正直、仕事は奈津美の方がずっとすごいし。どこまで行ってもオレ、勝てないっていっつも思ってて。オレがいくら頑張っても奈津美はずっとずっと先でずっとすごいことをなんなくやってるし……。それでもオレ、奈津美のことがすごい好きで。こんなオレでもいいのかなって……ずっと不安だったんだ……」
 蓮はいつも自信たっぷりだと思っていたのに……。
「そんな……。私、全然すごくないよ。だって、蓮に支えてもらってるって思って……。あの日の時と同じで……なんだか安心して背中を預けられるって思っていたから……、いろいろ思い切ってできたんだよ」
 奈津美の言葉に、蓮は笑った。
「こんなオレでいいのなら、その、しつこいけど、結婚してくれないか」
「あ……はい……」
 奈津美は恥ずかしかったが、蓮の瞳をしっかり見て、
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
 奈津美の言葉に、蓮は噴き出した。
「古臭ッ!」
「ふ、古臭くて悪かったわね! 私もそろそろお局クラスですから!」
「あ、そんなこと、気にしてたんだ。意外だ」
「この間言われたのよ! 気にしてないけど!」
 とは言うけど、きっと気にしていたんだ、と蓮は笑った。
 ふたりはひとしきり笑って、
「私、シャワー浴びてくる!」
 奈津美はいきなりそう言い、立ち上がろうとした。
「う……あう?」
 立ち上がろうにも腰に力が入らないらしく、戸惑っていた。
「ほら」
 蓮は手助けして、奈津美を立たせた。
「あ、いや! 服!」
「なにを今さら。隠すような仲じゃないだろ」
「私はまだ、恥じらいは捨ててません!」
 真っ赤になって布団で身体を隠す奈津美を見て、蓮はくすくす笑った。
「はいはい。そんな貧相な身体見ても、なんとも思いませんから!」
 バスタオルを奈津美に渡した。
「く……、人が気にしていることを!」
 バスタオルを身体に巻きつけ、シャワーに行く前に蓮の後ろ頭をぼかっ、と叩いておいた。
「ひどい! 暴力反対!」
「言葉の暴力も反対!」
「う……っ」
 蓮は言い返せなかった。
「スウェット、ここに置いておくから」
 シャワーを浴びている奈津美に蓮はそう声をかけた。
「ありがとう」
 奈津美の言葉に蓮はうれしくなった。
 ……オレ、仕事より主夫の方が向いてるのかな……?

   *   *

 シャワーから上がってきた奈津美は、自分と同じ匂いがした。髪を乾かして、奈津美は蓮の横に座った。
「あのね、蓮」
「?」
「これからもいろいろその、迷惑をかけると思うけど……よろしくお願いします……」
 そう言って、奈津美はぺこり、と頭を下げた。
「それはお互いさまだろ。オレも今から嫌ってほどいっぱいいっぱい迷惑をかけてやるから、覚悟しておけよ」
「嫌だ」
「即答かよ!」
「うん。だって、蓮のこと、迷惑だって思わないし。あ、でもでも……」
 奈津美は少し考えるように上を見て、
「蓮は奈津美のお嫁さんになってほしいな……って」
「なんじゃそりゃ!?」
「料理も掃除も洗濯も片づけもできないんだよ、私。蓮がお嫁さんになってくれるんなら、結婚してあげてもいいよ?」
 奈津美の言葉に、蓮はふっと笑った。
「やっぱり、奈津美には勝てないな……」
「なにが?」
 蓮は奈津美にキスをして、
「嫁になってやるから結婚しろ!」
「あ、そういうところ、かわいくない!」
「オレは男だ、かわいくなくていいんだ!」
「やっぱり気にしてるんだ、自分の見た目」
 奈津美の言葉に蓮はむっとした。
「気にする。激しく気にする。ねーさんにそっくりだろ、オレ。気にしないわけないだろ」
 そこは蓮のコンプレックスだったのか、と奈津美は思った。
「私、蓮のそういうかわいいところ、好きだなー」
「違うところを好きになれ。間違ってるぞ」
「えー」
「えーじゃない!」
 奈津美は蓮の言葉にくすくす笑っている。
「あ、でもほんと。蓮のこと、大好きだよ」
「あー、そんなこと真顔で言うな! 食べたくなるだろ!」
「あ、それはストップ。明日もあるし……それに、やさしくしてくれたとはいえ、痛い……」
 奈津美は少し、顔をしかめた。
「あ、ごめん……。やっぱり痛かった?」
 しょんぼりとした蓮を見て、奈津美は慌てた。
「いや、だ、大丈夫。ひ、久しぶりだったし……」
 奈津美の言葉に、蓮は少しずきんと心が痛んだ。ああ、やっぱりふたりはそういう仲だったんだ、と。
 そこを嫉妬しても仕方がないけど……そう思ってしまうのは悲しいかな、男の性?
「蓮が初めてだったらよかったな……なんて。あ、今のはオフレコでお願いしますっ!」
 なんとなく勢いで言ってしまって、奈津美は失敗した、と思ってしまった。蓮の瞳に悲しげな色が見えて……奈津美はどうしていいのか分からなくなった。
「オレが忘れさせてやるから……」
 蓮は奈津美のおでこにやさしくキスをした。
「うん、ありがとう。ごめんね」
「謝るな。さて、寝るか」
 そう言って、蓮はベッドに入る。
「あ、私は?」
「一緒に寝ればいいじゃないか」
 蓮の言葉に奈津美は真っ赤になって、
「あ、いや。でも、あの」
 おろおろと動転している。蓮は奈津美の手首をつかみ、ベッドに引き込んで。
「それとも……朝までみっしりさっきの続きでもするか?」
「!!!!」
 さらに真っ赤になる。
「冗談だよ。さすがに疲れた。おやすみ」
 蓮はそう言い、次の瞬間にはもう、眠っていた。
「寝るのはやっ」
 奈津美はびっくりしつつ、部屋の電気を消して、ベッドにそっと入った。
 シングルベッドにふたり寝るのはちょっと狭かったけど、なによりも蓮のぬくもりを感じられて……そのまま奈津美も眠りについた。


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