失恋から始まる恋もある


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《三十章》「クリスマスディナー」



 蓮のアパートにつき、部屋に入った。
「ごめん、片付いてないよ」
 珍しく部屋が散らかっていた。蓮は手早く片付け、いつものようにご飯支度をはじめた。
「ケーキでも買ってくればよかったね」
 奈津美はそのあたりに転がっていた雑誌を勝手に読みながら、そう言った。
「あるよ、ケーキ」
「え?」
 あらかじめ準備がされていたようで、テーブルに次々と料理が並べられた。サラダにチキンに……。
「今日、私があのまま帰っていたらどうするつもりだったの?」
「明日に回した」
 蓮は最後に冷蔵庫からシャンパンを出してきた。
「飲めるの?」
「ちょっとなら」
 シャンパンを開け、グラスに注ぐ。
「乾杯」
 かちん、とグラスの音が部屋に響く。
「美味しい」
 奈津美は久しぶりのアルコールで、少しで酔いが回った。顔が赤いのが分かった。
 蓮は一口でやめていた。
「蓮はお酒、まったくダメなの?」
「いや。飲めるよ」
 飲まない理由を聞きたかったけど、蓮の顔を見たら、聞けなかった。
 食事は美味しかった。ほぼ全部食べ、奈津美は幸せだった。
 食器は奈津美が片付けるのがふたりの間での暗黙の了解になっていた。食器を洗い終えたのを見計らって、蓮は冷蔵庫からケーキを出してきた。
「初めて作ったから自信ないんだけど」
「え? 蓮の手作り?」
 お皿にはきれいに飾られたティラミスが乗っていた。
「いただきます」
 奈津美はスプーンを手に取り、ティラミスを口に運んだ。
「美味しい!」
 蓮は緊張していたようで、奈津美の言葉にほっとしたようだった。
「よかった。どれ、味見」
 そう言って蓮はキスをしてきた。
「あ……」
 蓮は舌を入れてきた。
 奈津美は驚いて、手に持っていたスプーンを落とした。
「オレは奈津美の方が美味しいな」
「~?ッ!」
 蓮は新しいスプーンを出してきて、奈津美にティラミスを食べさせた。
「ほら、あーんして」
「いや、自分で食べられるし」
「スプーンを落としたの、だれかな?」
「うっ……」
 こんなときの蓮は、意地悪で困る。奈津美は蓮の手からスプーンを取ろうとしたが、蓮はひょい、と避ける。
「スプーンで食べられないのなら、口移しにしましょうか?」
「なっ」
 奈津美は蓮の言葉に、真っ赤になった。
「かわいい」
 そう言って、おでこにキスをされた。
「もう、蓮の意地悪」
 奈津美はすねてみた。
「そんな顔、するなよ」
 蓮は奈津美をギュッと抱きしめた。
「オレが悪かった」
 蓮の言葉に奈津美は笑った。かわいいのは一体どっちなんだか。
 奈津美はティラミスを全部食べて、お皿とスプーンふたつを洗って、他の食器たちと一緒の場所に伏せた。
「奈津美、クリスマスプレゼント」
 蓮からぽん、と手のひらに置かれたものを見て、驚いた。
「蓮……?」
「あの……オレと結婚してくれないか?」
 蓮の部屋に置いてあった雑誌の付箋がついていた、同じブランドのものと思われる指輪だった。奈津美は蓮の顔を見て、自分の手のひらに置かれた指輪を見て、もう一度蓮を見た。
「え……あの……」
 奈津美はもう一度指輪を見た。
 蓮の顔も見直した。
 蓮は真剣な面持ちで、奈津美の答えを待っている。

   *   *

「だって私、」
「オレは奈津美が好きだ。いや、好きって言葉では足りない。愛してる」
 奈津美はその言葉と蓮の瞳に、どきっとした。
「小林奈津美から佳山奈津美になってくれないか? 逆でもいいけど。小林蓮でもいいかな」
 奈津美は戸惑った。
 蓮のことは好きだし、結婚を意識してなかったかと言うと、嘘になる。蓮と生涯ともに歩めたらいいな、とは思ってはいたけど。あまりにも急で、答えに困ってしまった。
「ありがとう……」
 奈津美はふと、香枝の言葉を思い出して、赤面した。
『身体の相性も重要よ』
「あのね、蓮」
 奈津美は自分でも真っ赤になっているのが分かるくらい、顔が熱くなっていた。さっき飲んだシャンパンのせいだけではない。でも、今日はクリスマスイブ。今日言えなかったら、明日には絶対に言えない。
「従姉にね、『身体の相性も重要よ』って言われたの」
「!」
 蓮は予想していなかった奈津美の言葉に、かなり動揺したようだった。
「あの、それはつまり……?」
 奈津美は蓮に指輪を返し、
「これを受けとるのはその……」
 ますます真っ赤になっていくのが分かり、さらには自分の言っていることにどきどきして、心臓が割れそうだった。
 キスだけで気持ちがいいのだから、きっとその先は……。
 でも今日はクリスマスイブ。魔法がかかっている日。自分がどれだけ大胆なことを言っているのか、分かっている。
「本当にいいの?」
 蓮は念を押してくる。
「蓮、私初めてだと思ってるでしょ?」
「あ、え、まあ……」
 蓮は曖昧に答えた。
「私も蓮のこと、好きだよ」
 奈津美は真っ赤になりながら、一生懸命気持ちを伝えた。
「蓮、大好きだよ」
 蓮は奈津美を優しく抱きしめ、キスをした。
 壊れ物を扱うように、優しく……。
 蓮は緊張してがちがちになっている奈津美を安心させるために、最初から最後まで優しくて、奈津美はそれが嬉しくて、涙が出そうだった。
 いざと言うとき、未開封の箱が出てきて準備が良すぎてちょっと笑ったけど、
「奈津美を傷つけたくないから」
 と言われて、奈津美は少し泣いた。
 貴史にはそんな気づかい、なかった。
 蓮に出逢えて良かった、と心から思った。
 すべてが終わって、蓮の腕の中で甘えていると、ああ幸せだな、って。
 世界がもう一度、輝きを取り戻した。きらきらと眩しくて、奈津美は目を細めた。
「蓮、ありがとう」
 奈津美の言葉に、蓮は赤くなった。
 奈津美はそんな蓮がかわいいと思い、頬にキスをした。
「奈津美……?」
 奈津美の意外な行動に、蓮は目を丸くした。
「色を失っていた私の世界に、色が戻ってきたの。蓮、ありがとう」
 奈津美の言葉に、蓮は優しく髪を撫でる。
 奈津美は蓮の腕の中で、うっとりと目を閉じた。奈津美は幸せを感じながら、そのまま寝てしまった。
 蓮はそんな奈津美を見て、幸せだった。
 今日はクリスマスイブ。奇跡はあったんだ、蓮は眩しそうに奈津美を見つめた。


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