《七章》「苦手なもの」
「………………」
「………………」
蓮とふたりっきりになった。奈津美はなんとなく居心地が悪くて、席を立ちあがり、段ボール箱の山の中に身を置いてみた。蓮は頭をくしゃっとして、ノートパソコンを見つめた。
「きゃああああ!!!!」
いきなり、この広い空間に奈津美の絶叫が響いた。
「どうした!?」
蓮はあわてて立ち上がり、奈津美がいると思われる場所へと急いだが、この段ボール箱の山、なかなかたどりつけない。
「や、いや……!」
段ボール箱の間をぬって、どうにか奈津美のもとにたどりついたが……。
「なんだ……」
蓮はほっとため息をついた。
近くにあった段ボール箱の中に入っていたと思われる新聞紙を丸め、叩いてその叩いた新聞紙で包んでごみ箱に捨ててきた。
「先輩、ごきぶりダメ?」
蓮はにやにやしながら奈津美に近寄った。
「や、お願い! こないで!!!」
奈津美は真っ青になって、その場にへたりこんでいた。
「いや、来るなって言われても、先輩、腰抜かしてるでしょ?」
「ほ、ほっといて!」
と言われても、そんなに唇まで蒼白になって、ぶるぶるしている人を放置しておけないし……。
「でも、いつまでもそこにいたら、またゴキブリ、来るかもしれませんよ?」
蓮の言葉に、奈津美はさらに顔色を失くし、今にも泣きそうな顔をして蓮を見た。蓮は困ったように髪をくしゃっとして、奈津美をひょいっと抱き上げた。
「!?」
奈津美は驚いて蓮の腕から逃れようとしたが、思ったより力強くて、抜け出せなかった。
「はいはい、暴れないで。席まで連れていくだけだから」
女子校育ちの奈津美には、すでにそれだけで心臓がばくばくしていた。絶対このばくばく、蓮にばれている……!
その瞬間、ふとまた香水の匂いが鼻孔をくすぐった。
え……この匂い……?
奈津美はびっくりして、動きを止めた。
「よし、いい子だ。大人しくしててくださいよ」
蓮は奈津美を抱えたまま歩きだし、奈津美の席に戻って、座らせた。
「あ……ありがとう……」
奈津美は恥ずかしさのあまり、顔を赤くして、俯いた。
「赤くなってる先輩、かわいいー」
蓮が奈津美の顔を下から覗きこんでいた。
「!?」
奈津美はその言葉に、顔がますます赤くなり、熱を持っているのがわかった。
「先輩、男に免疫なさすぎですねー」
にやにやした顔で、蓮は奈津美を見上げていた。
「ほ、ほっといてよ!」