【Voice】13
***
「ほっぺでいいの?」
睦貴を見上げると、いつもの首の角度で妙に安心してしまう。
腕をつかまれ、引き寄せられる。
いつもだったら、人がいたらこんなことをしないのに、今回の怪我でどこか切れてしまったのかな。
腰を引き寄せられ、後ろ頭に手を回され、唇を重ねられた。あろうことか、舌まで入れてきた。
「んっ……」
周りに人がいるというのに、思わず鼻から甘ったるい声が出てしまう。目を開けて睦貴を見ると、その視線は私を見ていなかった。
「文緒は俺のものだから、ダメ」
その声に、甘いしびれを感じてしまう。
「……見せつけやがって」
潤哉の悔しそうな声に、睦貴は今まで見たことのない表情をした。だけどそれは初めてみた表情ではなくて……。
ああ、そうか。双子の得意げな表情と一緒なのだ。
あの子たち、睦貴にあまり似てないと思ったけど、こういう何気ない仕草や表情が似ているのかと初めて知った。
思わずおかしくて、笑ってしまう。
「なんでそこで笑うんだよ」
少しすねたような声。
少しずつだけど、睦貴は最近、表情が豊かになってきたような気がする。子どもが生まれてから、子どもたちとともに感情を表すようになってきた。
「得意げな表情が双子とそっくりだったから」
「俺が似たんじゃない、あいつらが似ているだけだ」
睦貴の腕の中が心地よくて、それにそのすね方も双子と一緒で、ますますおかしくなってしまう。
ああ、幸せだな──と思う瞬間。
「おまえら、オレの前で見せつけるなっ」
「やーだ。おまえに見せつけないで、だれに見せつける相手がいるんだよ」
睦貴ってこんな性格だった?
そんな疑問を抱きつつ、私は睦貴の腕の中から、潤哉を手招きした。潤哉は首をかしげつつ、素直に私に近寄って来た。さらに近寄ってくるように合図をして、眉間にしわを寄せた潤哉の顔が近寄って来たので、その頬にキスを落とした。
「!」
その瞬間、潤哉ははじけたように顔を上げ、私を凝視する。
「睦貴と間接キス」
私のその言葉に、それぞれが激しい反応を示した。
潤哉は、
「なっ……!」
と言うなり絶句して、顔を真っ赤にして私から視線を外す。
睦貴は、
「ちょ、ちょっと、文緒さま!」
私を引き寄せ、再度、唇を重ねてきた。絡まる舌。いつも以上に情熱的なキスに私の身体から力が抜ける。自分の身体を支えることができなくて、怪我はすっかり治っているとはいえ、睦貴に思わず、もたれかかってしまう。
「睦貴、ちょっと……!」
「さて。ラブラブはそこで終わりにしてもらおうか」
そうだ。アキさんがいたのをすっかり忘れていた。恥ずかしくて顔を上げることが出来ない。
「潤哉の件は分かった。最大級の努力はしよう」
「アキさん、大好きっ!」
「……分かった。文緒にはだれも勝てないよ……」
疲れたようなアキさんの声に、私は思わず唇をとがらせる。
「潤哉、警察に行けよ」
まだ赤い顔をしている潤哉へ視線を向ける。
「……ああ、行くよ」
私は睦貴を見上げ、それからまた、潤哉へと視線を移した。
「潤ちゃん、さっきのほっぺにキスは、睦貴との仲直りね」
なぜか睦貴がため息をついている。
「あのな……。オレは別に睦貴とけんかをしていたわけでもないし、この年でちゃんづけするんじゃないっ」
「えー。潤ちゃん、女性経験、あるのぉ?」
寝ている時に襲われたのを思い出す。
あの時のことを冷静に思い返すと、どうにも手慣れてないというかなんというか。
睦貴だったらきっと、こういうときはこう行くんだろうなと思わず比べてしまう。睦貴って妙に女性慣れしてるから、潤哉のたどたどしさが際立つ。
「オレに経験があろうがなかろうが、そんなのおまえには関係ないだろうっ!」
「あ、やっぱりないんだ」
「文緒さま……。それはいくらなんでもサドすぎだろ」
「えーっ」
咳払いがして、そういえばと思い出す。
「潤哉、俺が警察についていってやろうか?」
にやついた表情をしたアキさんがそんなことを言っている。
「警察にくらい、一人で行けるっ!」
潤哉はそのまま、部屋を出て行った。去り際に一度だけ、私たちを見た。その表情は、すっきりしていた。
「睦貴、車の鍵だ」
「え? 兄貴が運転してお屋敷に帰ってくれるんじゃないのか?」
「俺は仕事がある。下に迎えの車が来ているから、それに乗って仕事に行く。睦貴、早く帰ってこい。仕事がたまっていて、おまえがいないと回ってないんだ」
「おい、仕事しろよ!」
「してるさ。俺一人では裁ききれない」
それだけ言うと、アキさんも病室から出て行った。
「……帰るか。久しぶりに子どもたちの顔を見たいよ」
「うん、そうだね」
という割には、睦貴は動こうとしない。私を抱きしめ、唇を重ねてくる。
「ん……睦貴」
キスに、身体が熱くなる。睦貴の腰に手を回す。
「続きは後で」
耳元で囁かれる声に、涙があふれそうになる。
「もう、睦貴の声を聞けないかと思っていた」
「文緒を残してはいかないよ」
「本当? 約束してくれる?」
「ああ、約束するよ。文緒──」
名前を呼ばれ、顔を上げる。唇に触れるだけのキスをされ、
「愛してる」
耳元で囁かれる声。
「睦貴、もっと声を聴かせて」
私のお願いに、睦貴は苦笑している。
「俺、あまり話すこと、ないぞ。絵本を読むでいいか?」
「それでもいいけど、もっと名前を呼んで」
私のお願いに、睦貴は少し照れくさそうに名前を呼んでくれた。
「文緒」
私の大好きな声。
もしかしたらもう聞くことが出来ないと思っていたその声に、私の身体は熱くなる。
「文緒、愛してる」
「私も──愛してるよ。だから睦貴、お願い。私を置いて、行かないで」
「約束するよ。俺は文緒のことをずっと待っていた。置いていかないし、これからも待っているから」
そうして私たちは、約束のキスを交わしたのだ。
【おわり】