愛から始まる物語


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モノトーン・フィクション04



     *     *

 それから数日して、母は息を引き取り、葬式は身内だけでひっそりと行った。
 ここ何年も母は寝たり起きたりを繰り返していたようで、俺が数十年振りに親父のところに行った日を境に、体調はさらに下り坂だったという。ここでもまた、死神っぷりを発揮してしまった、ということか。嫌な二つ名だ。

「また『死神睦貴』の名を不動の物にしたな」

 読経をあげてもらい、母を荼毘に付すために焼いている横に据え置かれているベンチに、俺と親父は並んで座っていた。
 人の焼ける臭いというのは、嫌なものだ。妙に生々しくて、なにかを思い出す。その臭いの意味することは、死んだら終わりということだ。母が最期に残す、生きていた証かと思うと、あんなに疎んだというのに、ここから離れることが出来なかった。肉体はしょせん『器』でしかないのだが、それが失われることになんともいえない虚無感というか、喪失感がある。
 文緒は青い顔をして、子どもたちを連れて外へ出ている。他の人たちもとうの昔にいなくなっていた。ここに残っている俺と親父は、相当の物好きだ。
 少し疲れきった表情をした親父になんと切り返せばいいのか口ごもった。

「最期、ようやく正気に戻って、良かったよ。あいつが兄を殺したと告白したのには驚いたが」

 まさかの話に、俺は親父を見た。親父の横顔は、憔悴仕切ったような、それでいて犯人を知ることができてそれまで抱えていたなんとも言えない気持ちが解消できたような、複雑な表情をしていた。

「だれかに盗られるくらいなら、自分の手で奪いたかっただなんて、あいつはなにを考えていたのか……分からんよ」
「盗られるって、そんな事実は?」

 俺は、母の気持ちが少しだけ分かってしまった。文緒がだれかに盗られるかもしれないと思ったら、相思相愛だったとしても、いや、相思相愛だからこそ、自分の中に閉じ込めておきたいと思ってしまう。その命を奪うことが究極のあの人なりの愛だった、と考えると──歪んでいるが、ほんの少しだけ、同意してしまう自分がいたりした。

「ないよ」

 苦々しい表情で一言つぶやく親父。それでは母はずっと、妄執に囚われていたのか。

「逆なら、あったんだがな」

 逆?

「どんなに想っても、身体を手に入れても心には触れることは出来なかった。最期の時まで、あいつはわしのことは見てくれなかった」

 結局、あの人は俺たち男を翻弄して、好き勝手に生きて死んでいった、ということか。

「しかし、」

 と親父はそこで区切り、俺に視線を向けてくる。

「睦貴が母と認めてくれた、とはしゃいでいた。……ありがとう」

 親父はどう思っただろうか。穏やかなその表情からは感情を読み取れない。

「わしは父としても夫としても、まともなことをしてこなかった。仕事を言い訳に、おまえたちと栞に正面から向き合ったことがなかった」

 幼い頃、親父にかまってもらった記憶はあまりない。母にべったりとくっつかれ、親父にさえ近寄らせてもらえなかったという事情もあった。しかし、それが淋しいとは思わなかった。だけど今、こうして言葉を交わして、生きているうちに会話をできたのだから、遅かったとは思わない。

「人の『親』になるのは、子どもたちに親として認められて初めてなんだと痛感したよ。本人たちがいくら『親』だと思っても、子どもがわしたちを『親』と認めてもらわなくては……その役割を担うことには一生、ない」

 親父のこの言葉は、子どもを三人持った今となって初めて、痛いほどよく分かる。子どもがいないときに同じ言葉を言われても、なに言ってるんだか、と歯牙にもかけなかっただろう。
 子どもを持つことで、俺はようやく親父と対等の立場になれた。キャリアは違うが、今まではステージさえも違っていたのだ。

「敦貴と瑞貴が生まれた時、産まれて来てくれたことに感謝できたんだ」

 自分の遺伝子を半分持った、無条件で愛おしいと思える存在。それまではこの身体もこの血も、遺伝子さえも疎ましく、消滅させたい衝動に幾度も駆られた。文緒の存在が、内から湧き出る衝動を押さえ付け、俺をこの世にとどめてくれた。こんな俺を文緒は受け入れてくれた。

「子どもというのは、不思議なものだ」

 目尻にしわをたくさん寄せ、遠くを見ている親父は、ただの好々爺だった。

「孫はもっといい物だぞ。敦貴と瑞貴の二人、いい表情をしているではないか。将来が楽しみだ」

 兄貴と似たような言葉を口にする親父に、笑みを浮かべた。過度な期待になっているような気がしないでもないが、あの双子なら、大丈夫だろう。俺たちが思っている以上のことをやらかしてくれるような気がする。

 双子に母が亡くなったと話をしたら、みるみる涙を浮かべ、俺に抱きついてきた。
『睦貴、悲しいときは泣いていいんだからな』
 偉そうなことを口にして、俺の背中をとんとんと叩いてきた。その思いやりにじわりとした。
 咲絵は『死んじゃうってどうなるの?』と聞いてきたので、身体が腐ってどろどろになるんだと説明しようとしたら、文緒に思いっきり頭をはたかれ、止められた。文緒が代わりに双子と咲絵に死んだらどうなるのかを説明してくれた。
 俺って子育てに向いてなかったのか? ……文緒と文彰を育てた自信はあったんだが、文緒からすれば、あれは子育てには入らないらしい。難しいものだ。

 読経をあげてもらい、焼香する段階でも二人は気遣わしげに俺を見ていた。死に顔を見ても俺の中ではなにも感情が浮かんで来なかったのに、双子はここでもやはり涙を浮かべ、口をへの字にして必死に泣くのをこらえていた。その優しさに俺は救われた。


「咲絵もいい子だし、わしは子どもにも孫にも恵まれた」

 兄貴はともかくとして、俺なんて出来損ないでロクでもない息子なんだが、これでも恵まれたと思えるとは、やっぱり俺は、いつまでも親父を越すことはできそうにない。

「出来の悪い子どもほどかわいいと言うからな」

 ……あ、やっぱりそういうこと?
 親父はそれまでの少しふざけた雰囲気をおさめ、眉尻を下げて口を開く。

「母として死ぬのが幸せなのか、女として死ぬことが幸せなのか」

 それって結構、究極の選択のような気がする。

「少なくとも、栞は『母』という役割を担って死ねたから良かった。『オンナ』として死ぬのはきっと、本意ではなかっただろうから」

 俺の今の顔はきっと、母の元から逃げた時の、十六歳の顔をしていると思う。あの人は、俺の腕の中では『母』である前に『オンナ』だったから──なんて言ったら、どんな反応を示すだろうか。
 ……最低だな、俺。
 今、思ったことを振り払うように首を振ったタイミングで、親父は口を開く。

「手に入らなかったものは、なんと尊くて美しいのだろう」

 あいつは親父が思うほど、そんなに尊い存在ではない。肉欲にまみれた、汚くて穢らわしい存在だ。その欲に巻き込まれ、一緒に溺れた俺はもっと罪深い。

「輪廻転生なんて信じていなかったけど、もしもまた生まれ変わるなら、今度こそ心も手に入れたいと思うのは、傲慢なことなのかな」

 親父の弱音に、この人も歳を取ったんだなと思う。昔はいろんな物に対して貪欲だった。望めばなんでも手に入ったはずなのに。あんな実の息子に欲情するようなとんでもない『オンナ』なんかより、もっといい人がいたはずだ。
 ──ああ、そうなのか。手に入らないから、親父はあの人に固執したのか。

「生まれ変わりがあるかどうかはともかくとして、もしもまたがあるのなら、次も二人の子として、今度こそはきちんとした関係を築きたいと思うよ」

 そう思えるようになったのは、ものすごい進歩だと思う。
 偽りない本音を言ったからか、親父は俺の頭を抱え、髪の毛をかき回してきた。これが照れ隠しだというのは分かったが、勘弁してほしい。
 こうして親父と二人で会話をするのは初めてで、だからこそ、変に構えることなく話が出来たのかもしれない。
 文緒がいう『普通』がどういうことを言うのかは分からないけど、これで少しは『普通』になれただろうか。

 予定時刻より少し早くに焼け終わり、職員がやってきて、炉を開けている。音を立てて出てきた母だったものは、思っていたより白くて頼りなかった。
 思い出すのは、心の奥に鍵をかけて封印していた爛れた日々。湿った温もりと身体に走る快感と背徳感。ゴム越しとはいえ、ナカに入り快楽を貪った、最悪な関係。緩くてしまりのない、だけど『オンナ』を知らなかった俺には刺激的な体験。
 どうして今になって、こんなことを思い出すのだろうか。
 先ほどまで漂っていた母の肉が焼ける臭いはもう消えていたが、俺の鼻の奥に染み付いて、取れない。ああ、この臭いが似ているのか。だから嫌でも思い出させるのだ。
 俺と親父は座ったまま、母だった白いそれを遠くから眺めていた。

 職員に告げられていた時刻になると、外に出ていた人たちが戻ってきた。それを見て、親父は立ち上がり、集団に近寄って頭を下げている。

「睦貴」

 顔色が戻った文緒はこちらにやってきて、親父が座っていたところに腰をかけた。

「お骨を拾ってあげましょ」

 思い出した母の感触から逃げたくて、文緒に抱きつく。こんなところでなかったら、そのまま押し倒していた。

「睦貴?」

 文緒は驚き慌てていたが、あの臭いを忘れるために文緒の匂いを胸一杯に吸い込み、立ち上がった。

「ごめん、臭いにやられたかも」
「うん、私もお義母さんには悪いけど、気持ち悪くなっちゃった」

 文緒は小さな声で申し訳なさそうに口にした。

 じいが死んだとき、智鶴さんがじいに教わったんだけど、と教えてくれた話があった。
『お葬式は残った人たちのためにするものなんですって。人は死んだらそこで終わり。残された人がその人のことを諦めるためにお葬式をするのですよ、とじいに言われたの』
 動かなくなってしまった肉体は、ただの物と化す。肉欲なんて、身体がなければ感じない。じいは正しい。残された人がその肉がなくなったことをはっきりと認識しなければ、母や俺のように歪んでしまう。
 母は奪われたくなくて、ありもしない『もしも』に囚われ、親父の兄をその手にかけた。しかし、母はそのことを理解していなかったから……いや、理解していたからか? 殺した男に似た俺を産んでしまい、壊れてしまったのか。
 そうか、母はきちんと分かっていたのか。分かっていたからこそ、俺を壊したくて、だけど離すことができなくて……。
 母の、鼓膜を直接ひっかくようなあの声がよみがえってくる。忘れてしまいたいと思っているのに、そう強く意識してしまうからか、たくさんのことを思い出してしまう。
 嫌な思い出も一緒に棺桶に突っ込み、あの焼却炉で焼いてしまえば良かった。それが出来なかったから、お骨を拾って、この嫌な思いも詰めて地面に埋めてしまおう。
 文緒とともに母だった白い物の横に立つ。思ったよりも熱気が残っていて、それが内に抱えていた熱さのようで、戸惑った。
 白い塊は言われてみれば骨に見えなくはなかったが、思っていたより粉々に砕けていた。渡された箸で摘まむが、崩れていく。形を成している物を選んで骨壺へと詰める。
 詰め終え、蓋がされた白い壺は思っていたより小さくて、つるりとしていた。

     *     *

 四十九日が過ぎ、ようやく俺はがんじがらめだった母の呪縛から少しずつだが解放されてきたように思う。
 生きている時はまったく思い出すこともなかった出来事を、ふとした瞬間に思い出す。生者はいつだって死者に勝つことはできない。なんだかそのことを思い知らされてしまったような気がする。

「死んだら、どうなるんだろうな」

 俺の唐突な質問に、文緒は笑みを浮かべて答えてくれる。

「そうね。死んだら……生きている私たちの心に宿るのかな」

 そう言って、文緒は俺を抱きしめてくれる。

「お義母さんが死んでから、色々思い出してるんでしょ。また眉間のしわが復活してる」

 そう指摘され、俺は慌てて眉間に指を持って行った。言われてみたら、確かにそこにはしわが刻まれている。

「睦貴に話を聞いたとき、敗北感があったの。だから絶対に勝ってやる! と変なライバル心を持っていたんだけど」

 文緒はそこで区切り、軽く口づけをしてきた。

「産みの親にはどうやっても勝てないのよ。お腹の中で十か月間、育てるでしょ」

 その先、文緒にしてはあり得ない下ネタ説を披露してくれて、こんな娘に育ててしまってごめんなさい、と蓮さんと奈津美さんに心の中で謝っておいた。最近、文緒まで俺に似てきたような気がしてならない。似たもの夫婦、とそのうち言われるようになるのかな。……それはそれでうれしいけど、なんだか複雑な気分だ。
 え? その下ネタがなにかって? 言ってもいいか?

「さすがに十か月も突っ込んだままは」
「私もそれは勘弁してほしい」

 ああ、文緒さま。前だったらなに考えてるの! と突っ込みを入れるようなことを自ら口にするなんて。

「でも、睦貴の子を三人も産んだんだから、ちょっと勝てたかなとは思った」

 負けず嫌いだなぁ、文緒は。

「じゃあ、四人目もいっとくか?」

 と言って押し倒しても拒否されなかったから、行きましたよ、ええ。

「で……ビンゴだった、と」
「……みたい」

 すごい命中率だ。俺、スナイパーになれそうだ。

 昔思った疑問は結局のところは答えは出ていないけど、身も蓋もない結論を出せば、『本能だから、遺伝子を残そうとする』ではいけないかな?
 人はどうして産まれてくるのか──生きている人間が本能におもむくままに女に種付けするから、と言ったら、やっぱり引かれるか? 文緒にそう言ったら、

「それって男性本意過ぎない?」

 と怒られた。

「女だって遺伝子を残したいと思うわけよ。男は出せば終わりかもしれないけど、女は出されてからが勝負なんだから、より強くて優秀な種がほしいわけ」

 そこに愛だの恋だのという言葉のトッピングが加わるからややこしくなるのであって、本当は至ってシンプルなんだと文緒は言う。

「だけど、それがだれでもいい訳じゃなくて、睦貴だからなんだからね」

 と真っ赤になって主張する文緒が愛しくて、抱きしめる。

「ありがとう、文緒。そう言ってくれるのは文緒だけだよ」
「当たり前じゃない。産まれて来たから生きるわけではなくて、遺伝子を残すために私たちは生きているのよ」

 それもなんだか極端な話だけど、そしてなんで遺伝子を残し続けているのか分からないけど、それが『生きる』という意味ならば、それでいいのかもしれない。

「悩みがつきないのは『生きてる証』だと思うの。死んだ人はそこで終わり。だけど、私たちが思い出せば、その人はこの世によみがえるんだと思う」

 うわぁ、文緒、嫌なことを言ってくれるな。もうあんな思い、したくない! 今までぐずぐずと思い出していたのが恐ろしくなってきた。

「だったら、一刻も早く忘れることね。そうなれば、私は勝ったことになるわ!」

 ……文緒さま、だからあの、勝負しないでください。

「なんてね。私、お義母さんに一つだけ感謝してるの」

 文緒はいたずらな笑みを浮かべ、俺を見上げている。

「睦貴を産んでくれたこと。それだけは感謝してる」

 兄貴と同じことを言われ、油断していた俺は不覚にも涙が出てしまった。

「最近、睦貴って涙腺が弱いよね」

 子どもができると涙腺が弱くなるとは聞いていたけど、実感したよ。なんでもないところで泣けるんだよ、最近。

「だけど、睦貴もきちんと人間なんだって泣いているのを見たら思えるよ。あんまり笑ったり泣いたりしないから、本当に生きてるのかなと疑問に思っていたんだよね」

 心は痛みしか感じなかったから、俺は自分の心を殺していた。自分一人だけだと、色のない嘘の世界しか見えなかった。

「文緒がいてくれるから、こんな俺でも生きていていいのかなと思えるよ」

 その一言に、文緒は宝石のような大粒の涙をこぼす。

「睦貴の馬鹿っ! なんでいつも、そんなことをっ」

 どうも最近は文緒を泣かせてばかりいるような気がする。

「もう、睦貴を縛る人はだれ一人いないんだよ? それに、睦貴は自分が思っている以上にみんなに愛されてるの。だから、もっと自分に自信を持って。もっと世界と向き合って」

 俺の腕の中で泣いている文緒を見ていると、あんなに嫌だと思っていた母の気持ちが分かってしまった。求めても肉体が繋がって一つになったところで結局はまた、別れてしまう。別々の存在であることに耐えられなくてきっと──。
 その気持ちは痛いほど分かるが、やはり人は死んだらおしまい、なのだ。いくら心の中で生きているとはいっても、それは自分というフィルタを通したその人。実像ではなく、虚像だ。

「……睦貴?」

 文緒をもっと感じたくて、強く抱きしめたら苦しかったようで、腕の中で身をよじられた。

「文緒、いつもありがとう。やっぱり俺は文緒がいないときちんと世界を把握できないみたいなんだ。だから、いつまでも俺の側にいてほしい」

 腕の力を少し緩めたら、文緒は俺の胸に頭を預けてきた。

「当たり前でしょ。睦貴に嫌われたって、どこまでも追いかけてやるんだからっ!」

 嫌うなんてこと、あるわけがない。しかし、文緒はほんと、積極的だなぁ。

「あー、らぶらぶだぁ!」

 兄貴と智鶴さんに連れられてお出かけしていた双子と咲絵が帰ってくるなり、ひっついてべたべたしている俺たちを見て、そう叫ばれた。

「ラブラブで悪いかっ!」
「おれたちも仲間に入れて!」

 というなり、三人は俺たちの間に割って入り、あろうことか、文緒にのしかかっている。咲絵は俺の足にしがみついている。

「おまえたち、ちょっと待て!」

 俺は慌てて双子をつかみ、文緒を救出する。かなり身体も大きくなっているし力もあるんだから、小さい頃と同じ感覚で突進するなっ!

「あのね、大切なお話があるの」

 救出された文緒は双子と咲絵に、微笑みを向ける。

「あなたたちに弟か妹ができたのよ」
「ふへっ?」

 突然の話で、三人は驚いて文緒を見ている。

「咲絵は念願のお姉ちゃんになれるわよ」
「……おねーちゃん?」

 よく分からなかったようで、きょとんとした表情をしていた咲絵だが、ようやく言葉の意味が浸透したようで、満面の笑みを浮かべ、飛び上がって喜んでいる。

「おれ、また妹がよかったのに、弟だぞ」
「咲絵を守ってくれるから、いいじゃないか」

 と双子は端に寄り、会議を始めてしまった。それよりも……男? まだどちらかまったく分かってないのに?

「だからおまえたち、これからもっと一人でなんでもするんだぞ? 文緒を困らせるなよ」

 俺の言葉に、双子は

「分かった!」

 と元気に答え、咲絵は

「……ピーマン、がんばってたべるね」

 と言っている。

「文緒もあまり、無理するなよ」
「大丈夫よ」

 その微笑みにじわりと心が温かくなる。
 小さい頃、ほしいと思っていた家族の
「ぬくもり」
がそこにあって、俺はまた油断したら泣きそうになっている自分に気がついた。
 虚構の中の無彩色の世界は、文緒を得ることで極彩色の世界へと変わった。
 これからもともに歩もう、俺はそう心に誓い、にじんだ涙を乱暴にぬぐい、子どもたちへと視線を向けた。

【おわり】




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