水空01
時はゴールデンウィーク。俺たち四人は久々にそろった。このメンツがゴールデンウィークにそろうなんて、どれくらいぶりだろう。本当に久しぶりで、思わず笑みがこぼれる。
俺たちは今、高屋のお屋敷のプライベートガーデンでお茶をしていた。
木製の丸テーブルを出し、真ん中にパラソルをさして日よけにして、それを囲むように時計回りに俺、文緒(ふみお)、京佳(きょうか)、柊哉(とうや)の順に座った。
天気がいいから普段ならドライブに出かけたり、どこかに遊びに行ったりするのだが、今年はなにも予定を入れていない。なぜなら……。
「大きくなったね、お腹!」
「うん。二人が中で暴れてくれるから、かなり苦しいんだけどね」
女性二人、楽しそうに会話をしている。京佳は不思議そうな顔をして、文緒のお腹を見つめる。
のんびりとしている理由、それは文緒が妊婦だからだ。
文緒が妊娠して、そろそろ母体管理で入院、というタイミング。
お屋敷でゆっくり過ごそうということになり、文緒に負担がかからないようにのんびりと過ごしていた。
「えー、三十週からずっと入院なの?」
「うん、そうみたい。病院と先生の違いでまちまちらしいんだけど、念のためにって言われてるの。双子だと予定日が早くなる可能性も高いから、そんなに長く入院にはならないとは思うけどね」
と文緒が京佳に説明している。
俺も気になって少し調べてみた。
人によりけり、という前提だが、大体三十週くらいで母体管理のために入院を促すところが多いようだ。
双子ということでお腹も単胎よりも大きくなる。さらに出産の時期が早まることが多い。
正期産の範囲というのは三十七週から四十一週六日。
それより早ければ早産となるし、遅ければ超過となる。
医者としては極力長い間、お腹の中にとどめて子どもがしっかりと成長してから出てきてほしいというのが正直なところ。
が……単胎でもいつ産まれてくるのか読めないのに、双子だとさらに分からない。
その上、双胎ということで赤子の体重も単胎よりも少なく、新生児特定集中治療室──俗にNICUと呼ばれるところに入れられる可能性が高いという。
双胎出産に慣れていて、それでいてNICUの施設のある病院、となると数が限られてくる。
さらには最近は産科医不足ということでハイリスクな文緒の病院選びが大変だった。
さっくりインターネットあたりで調べてここからそう遠くない場所にそこそこ評判のよい病院を見つけたのでそこにしようとしたら。
智鶴さんと兄貴が二人してだめだ! と言って、TAKAYAグループが関与している病院、となった。
最近では人気が出て来て、なかなかそこで出産できないという話も聞く。
なんでも、人気の先生がいて、ハイリスク妊婦に評判がいいらしい。
妊娠が分かる前から出産予約を入れている、というつわものもいるくらいだ。
文緒はそこでなくてもいい、と言ったのだが……。
智鶴さんと兄貴はごり押しでねじ込んで予約を取ったという。
文緒の両親である蓮さんと奈津美さんと三人で苦笑いをしながら顔を見合わせたのを昨日のことのように思い出す。
「入院先の病院って最近よく雑誌やテレビに出てるあそこなの?」
「そう。睦貴と二人で病院も決めて、予約を取った矢先に、お母さんとアキさんが」
「あの二人、意外に過保護だから」
ようやく話に割り込める、と思った柊哉は口を開いて文緒と京佳の会話に口をはさむ。
「あの二人にしてみれば、文緒も大切な娘なんだよ」
柊哉のその言葉に文緒はとても複雑な表情をしていた。
「私は普通でいたいの」
と文緒は最近、よく口にしている。
俺はここでこうやって育ったからなにが普通なのかわからないけど、むしろこの状態が俺にとっては
「普通」
になるわけだが、文緒からすれば、俺と結婚してからは常に
「普通ではない」
状態らしい。
高屋のお屋敷にいる限りはきっと、文緒が望む
「普通」
は無理だと思うんだが。
でも、俺は文緒の言う
「普通」
という感覚はとても重要なものだと思うから、文緒にこの状況に慣れてほしい、とは思わない。
「だって……私が無理矢理に入り込んだことで、そこでどうしても産みたい、と思った人が産めないでしょ? 二人の心配する気持ちはすっごくわかるし、ありがたいんだけど」
文緒はそのことをずっと気にしているようだった。
文緒はハイリスク妊婦であるのだから、そこまで気に病むことはないと思うんだがなぁ。
それに、あの二人は文緒のことは娘のように思っているから、おなかの中の子どもは二人にとっては
「孫」
みたいなものなんだ。
産まれてすぐにどちらかがあの二人の子どもになるのもあるのだが……。
それを思ったら、俺は先ほどあんなに楽しい気持ちだったのが、急に心が重くなった。 同じ時間、文緒のお腹の中で育ち、外に出た途端に二人は離されることになる。
あまりにもひどいその事実に、文緒を連れてどこかへ逃げたくなる。
高屋の手の届かないところで──。
そんなのは無理だ。
今の高屋は生活のあちこちに浸透しすぎている。
どこにいってもなにかしら高屋が関わっていて、その手を逃れてなんて、できない。
無理だということがわかっているが、どうしてもそう思わずにはいられない。
「おっさん、ちょっと行きたいところがあるんだけど、付き合ってくれる?」
文緒が入れてくれた紅茶を飲みながらぼんやりとうっそうと茂る木々を見つめていたら、柊哉にいきなりそう声をかけられた。
「俺?」
「そう」
「どこに行くんだ?」
「あそこの中」
柊哉は俺がぼんやりと見つめていた木々の先を指さし、楽しそうに口角をあげて笑った。
「昔、柊哉に無理矢理この奥に連れていかれたよね」
文緒は当時のことを思い出したのか、懐かしそうな表情で柊哉の指先にある茂みを見ている。
「睦貴さんが死んじゃうんじゃないかと思って、あの時はすごく泣いたなぁ」
「そうそう。京佳ったらまさしく泣きじゃくる、という表現がいいくらい、泣いていたよね」
「だっ、だって!」
京佳は見ているこちらが笑えるほど真っ赤になり、必死になって弁明している。
十六年前のやっぱりゴールデンウィーク。
柊哉の暴走でこの森の奥にあるという大きな池に行く羽目になったことを思い出した。 朽ちたお堂が崩れて俺はその下敷きになり……。
「思い出したら身体が痛くなってきた」
顔をしかめ、柊哉を睨みつけてやった。柊哉は珍しくバツが悪そうな表情をして、俺から視線をそらした。
「柊哉、行くのはやめなさいよ」
京佳は隣に座っている柊哉の肩を捕まえて行くのをやめるように言っている。
「なんで止めるんだよ」
「だって……前に行った時」
言葉を続けようとした京佳の口を柊哉は手でふさいでひきつった笑みを俺に向ける。
前に行った?
お堂につぶされて大変だったあの時のことか?
「いろいろ準備してきたから、今回は大丈夫! さ、行くぞ!」
柊哉は自慢そうに巨大なリュックサックをぽんぽん、と叩いて見せた。
そうそう、さっきから気になっていたんだ、柊哉が持っている登山にでも行くのか、という大きなリュック。
まさか……あの奥に行くためのもの?
柊哉は荷物を背負い、俺の腕をつかんで、京佳と文緒二人に
「行ってくる。おまえたちは先に部屋に戻っておいて」
「ちょっと! 柊哉!」
京佳が止めるのも聞かず、俺は柊哉に引きずられるようにして森へ入らされた。
文緒は不安そうに俺を見ていた。