愛から始まる物語


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心に灯る火『後編』



     *   *

 気がついたら、自分の部屋だった。
 あれ?
 えーっと……なんで俺、ここに寝てるんだ?

「気がついたか?」

 枕元で声がして、あわてて顔を向ける。
 が。

「ぐわっ! いってー」

 顔をすぐ横に動かしただけなのに、身体中が悲鳴をあげている。どこが痛い、というレベルを飛び越えて、全身が痛いっ! しゃべっただけでも痛い。

「急に動かすと痛いぞ……と言おうとしたんだが、遅かったか」

 声でそれが兄貴だというのは分かったが、言葉はいつもと変わらない調子だけど、心なしか少し心配しているような声音で、悩む。
 視界に兄貴の手が急に入ってきて、驚いて身体を縮こまらせた。
 その手はふわり、と俺の頭をなでて行った。
 ……驚いた。

「悪かったな。その……柊哉がいろいろやったみたいで」

 その言葉にようやく自分の置かれた状況を思い出した。
 そうだ。
 柊哉を追いかけて森の奥に行って……。

「あ……俺、生きてる?」

 身体を動かすことができないけど、どうやら俺は生きているらしい。

「悪運が強いというかなんというか。あのお堂は全崩壊。おまえは血まみれで下敷きになっているのを発見されて……。最初見つけた時、死んでいるのかと思って全身から血が引いた」

 血まみれな自分を想像して、くらり。ああ、寝ているのに貧血で目の前が真っ暗になったよ。

「三人が泣きながら来た時は驚いたな。あの柊哉が泣いていたから」

 文緒と京佳が泣くのはよく見ていたから分かるけど、柊哉はほんと、強情で小さい頃はともかく、最近はどれだけ叱っても泣き顔ひとつ見せなかったもんなぁ。この兄貴に怒られても強いまなざしで反抗的な態度を見せるようなヤツなのに。

「おっさんが死んじゃう、と言いながら帰って来た時は……だれのことかと思ったが」

 その後に及んでおっさん、かよ。

「あそこの話をして……その、悪かったな」

 好奇心の塊である柊哉に話をして悪かった、と再度、謝られた。

「ちょっと困ったけど……楽しかったからいいよ」

 親父はこういう発見の楽しさを俺に伝えたかったのかな?

「ところで兄貴、気になったことがあったんだけど」
「なんだ?」

 ようやくしゃべってもあまり痛まない程度にはなってきたらしい。だから思いついた時に兄貴に聞く。

「あの池に昔、行ったこと、あるのか?」

 俺の質問になぜか兄貴は瞬時に真っ赤になる。
 あれ?

「一度だけ、あるよ。その……ちぃと一緒に」

 そんなことを言われ、
「歩く下半身」
な俺が想像したのは……言わないでも分かるよな? そんなに真っ赤になって言われたら、そうとしか想像できない俺って最低。

「兄貴……」

 そういうことはしなさそうだと思っていたのに。うーん、やっぱり血は争えない、ということか。

「違うぞ!」

 という言葉と同時に頭をはたかれた。

「いたっ!」
「ああ、すまない。つい……」

 俺、一応けが人! 手加減してくれよ!

「おまえがちょうど俺たちの隣に来た頃に……ちぃの提案で、小島に渡らされたんだよ」

 はい?

「おまえの幸せを願ってだな……」

 と言いながらさらに真っ赤になっている兄貴。なんだこのツンデレ。激しく恥ずかしいじゃないか! こっちまで思わず赤くなってしまった。
 なんだよ、それ。

「柊哉には『幸せになってほしい人を連れていけばいい』と話したんだよ」

 え……。そんな話、聞いてないよ。

「あの池はあんなに近いのに、なぜかたまに行けなくなるんだよ。だから……たどり着けたら幸せになれる、とか言われていて」

 ああ、それで親父がたどり着けなかったけど幸せだ、と言ったのか。ようやく話がつながった。

「その話……柊哉にいつしたんだ?」
「昨日の夜……かな」

 俺とは違うそのアクティブさ。きっと柊哉は文緒と京佳に幸せになってほしくて……。意外にいいやつじゃん、あいつ。

「ははっ、かわいいヤツだな」
「柊哉は生意気だが、根はかわいいやつなんだぞ」

 出たっ! 親馬鹿発言! だけど今回ばかりは同意する。

「泣きながら『幸せになってほしいと思ったおっさんが死んじゃったー』と言っていたのを見て……状況が緊迫していたのに、我が息子ながら妙に萌えたな」

 突っ込みどころが多すぎて、どこから言えばいいのかわかんねぇ。
 それにしても……柊哉、あんなにいつも憎たらしいことを言いながらも、可愛いことを言ってくれるじゃないか。今度会ったら、頭ぐりぐりの刑だな。

「文緒と京佳も泣きじゃくっていたぞ。早く治して、会いに行って来い」
「ああ……そうするよ」

 なんだか心がとっても温かい。これが幸せという気持ちなのかな。
 そう思いながら……気がついたら眠っていた。

     *   *

 次に目が覚めた時、室内は真っ暗だった。
 恐る恐る、身体を動かしてみる。……かなりあちこち痛いが、先ほどに比べればだいぶマシかもしれない。
 目が醒めたタイミングでこんこん、とドアがノックされ、だれかが入ってきた。

「睦貴さま、お加減はいかがですか」

 じいだった。

「先ほどよりましかな」
「起きられますか?」

 腹筋に力を入れて起き上がろうとして……激痛が走る。
 うぉっ。

「身体をまずゆっくり横に向けて……起き上がってみてください」

 そう言われ、寝返りを打とうとするのだが……みしみしきしきし、という感じで身体が悲鳴をあげて動けない。

「ちょっと……無理かも」
「お食事は流動食の方がよさそうですね」

 それだけ言うと、じいは部屋から出て行った。食事、と言われ……ぐう、とお腹がなる。お腹が空いたなぁ、確かに。
 我ながら激しく現金なヤツ、と思うけど、その空腹感に生きていると実感する。
 今まで、あまり生きているという実感はなかったけど……この痛み、空腹感、そして──こんな俺でも思っていてくれている人がいる。
 初めて感じる幸福。
 心が温かくなる。
 みんな、ありがとう……。




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