愛から始まる物語


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アルカイク・スマイル10



 とりあえず、他のメンツには安定してから話そう、と言っていたのに。

「文緒」

 兄貴に俺と文緒のふたり、呼び出された。
 忘れてた……。馬鹿兄貴のこと。
 とにかく、兄貴に文緒の妊娠が知れ、その日のうちに他の人にも知れ渡るはめに。
 智鶴さんは先日、出産してこっちに戻ってきたばかりのところで、自分のことよりも文緒の身体を心配していた。
 蓮さんなんて今まで見たことがないほどうろたえていたし、奈津美さんはその点、素直に喜んでくれていた。

「やっぱりね、子どもは早くに産んでおくべきだと思うわっ!」

 と奈津美さんは主張しているけど、それを聞いて、智鶴さんもうんうん、と同意している。

「歳取ってから産むと、いろいろと大変ねー」

 なんて、言っている。
 はあ、そうですか……。

「私、睦貴が私のマネージャーに復活するまでモデルのお仕事お休みする」

 と文緒は文緒で、わがままを言いだす始末。
 あの、いえ、確かにですね、俺のわがままもあって、あのウエディングドレスのお仕事以来、文緒にお仕事入れてないから、開店休業中ですよ?
 って、開店休業中って俺の獣医の仕事と一緒かよ!? あーあ、俺って自分が絡むとものすごくわがままになるのね。やっぱり……素直に兄貴の秘書、しておいた方がいいのかなぁ……。

「そうそう、アキさんにこの間、お願いされちゃったんだけど」

 なにをだ、あの兄貴がお願い、だなんて。

「私ね、子どもができて思ったの。お仕事しながら子育てするのも素敵だと思ったけど、おうちで子どもたちと一緒に睦貴の帰りを待っていたいなぁ、って」

 それってもしかして……専業主婦宣言!?

「専業主婦って全然想像つかなかったけど、やっぱりね、おうちで蓮となっちゃんの帰りを待っているの、さみしかったの」

 智鶴さんが母代り、と言ってもやっぱり彼女も働いていたわけで、ベビーシッターを頼むことも多かったみたいだし。俺が見られる時は見ていたけど、俺は親ではないからなぁ。

「さみしいけど、おうちで睦貴が帰ってくるの、待ってるから」

 そういえば……。
 母はそういう母親らしいこと、してくれなかったな、本当に。
 たぶん、兄貴の秘書に戻ると、またものすごく忙しくなる。家のことをほとんど文緒にまかせっきり、になるのは目に見えている。だけど、稼ぎは文緒に働いてもらわないといけないほど少ないわけではないと思うし……。

「文緒がそうしたいのなら、そうしてほしい」

 ここの兄貴たちの隣の部屋も、どうにかしないとな。

「うん、ありがとう。だからね、アキさんの秘書になってあげて?」

 やっぱり……。確かにええ、兄貴には文緒の許可が取れたらいい、とは言ったけどさ。本当に許可を取りつけて、文緒にお願いされるとはっ!

「それにね、これは予感なんだけど」

 と言って、文緒は俺に来い来い、と手招きする。近づくと、耳元で文緒はとんでもないことを囁いてくれた。
 なっ、なにそれっ!?

「うん、予感、なんだけど、ね?」

 そう言って、あの双子の仏像を一緒に見に行こう、と言ってきた。俺は文緒をかばいながら、あそこに向かう。
 外はもうすでに寒く、しっかりとコートを着ないと寒くて仕方がない。

「ここに一緒にくるの、久しぶりだね」

 というけど、実はこっそり、あれから何度か来ている。
 あの仏像に会いに来ていたんだけど、なんとなく文緒には言えなくて黙っていた。

「睦貴がたまに来ていたの、知ってたんだ」

 ……ばればれですか。

「だって、私もたまに来てたから」

 そっ、そうですか……。俺なんて、言われるまで知らなかったよ。

「この子たち、名前がついているの、知っていた?」

 いえ、知りません。今、初めて知りましたが?

「なんていう名前なんだ?」

 と聞いたけど、文緒にふふふ、と笑われて、秘密、と言われてしまった。ちょっと、気になるじゃないか。

「そのうち、分かるから」

 そう言って、文緒はまだ大きくないお腹に手を当てて、ね、と言っている。俺は文緒が妊娠した、と聞いて以来、怖くて文緒のお腹を触れないでいる。

「睦貴、早く柊哉にお仕事教えて、アキさんのお仕事、手伝ってあげてね」

 どちらに転んでも、気が進まない話だな。



 柊哉は思っていた以上に飲み込みが早くて助かった。予定では二年、と見ていたのが一年で済みそうな気配。それに関しては、兄貴もほっとしているみたいだ。
 兄貴にはことあるごとに呼び出されている俺。柊哉は放置しておいてもいいくらいになっていたので、結局、最後の二か月くらいはずっと兄貴の側。兄貴の頭痛の頻度がものすごく上がっていて、結局、予定より早く秘書に返り咲くことになった。
 蓮さんと奈津美さんはものすごーっく、ものすごくほっとしていた。

「これで本来の仕事に戻れる」

 と蓮さんはうれしそう。そうだよな、立ち上げてすぐに他人に任せてしまった香水のお仕事……って、あれ?

「それは副業!」

 え? また結婚のプロデュース業に戻るの?

「そういえば、どたばたでおまえたちの結婚式、できなかったな」

 あ……。すっかり忘れていた。

「文緒が落ち着いたら、覚悟しておけよ?」

 と蓮さんにものすっごい楽しそうな顔で言われてしまった。いえ、ご勘弁をっ!

 まあその後、俺と文緒の子どものことだとかもいろいろあるんだけど……。それはまた、今度の機会に話すとしようかな。
 もったいぶるな? いやぁ、ここで全部出したらネタがなくなるじゃないか、なあ?



 実はこの後、柊哉がちょっとした問題を起こしてくれたり、柊哉と京佳の紆余曲折があったり……と。
 なんとなく伏線を張っておいて……回収し忘れそうな気配も濃厚だが。
 そんなこんなで小さな出来事に幸せを感じつつ、今回の語りはこのあたりで。

【おわり】

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