俺さま☆執事!?13
* *
「はい?」
だからなんで兄貴の持ってくる話はいきなりなんだっ!?
「どうして俺が明日香の執事にならないといけないわけ?」
あーもう! 文緒の執事だから了承したのに、なんであんな趣味の悪い女の執事なんてことをしないといけないわけ?
「断ったんだ。断ったけど、向こうがものすごい脅しをしてきてだな」
「なんて脅されたんだ?」
大体想像はつく。
「おまえの下半身がゆるいのがそもそもだなっ!」
ぽかり、という音とともに頭を殴られた。痛いって。
「青少年なんちゃらを盾にされたんだろう?」
兄貴は渋い表情で俺をにらみながらうなずく。
「で、それが問題ないのもきちんと調べているんだろう?」
「──たまにおまえはそういうのはたちが悪いな」
本当に問題があったらこの兄貴がこんなに悠長にことを構えているとは思えない。まあ、高屋の名前に傷はつくかもしれないけど、訴えられても俺個人の名誉なんてどうでもいいし。それに、なにをいまさら──というのが俺の考え。
「過保護な兄貴の考えなんて分かってるよ。明日香なんてどうでもよくて、柊哉と鈴菜の様子を見てきてほしい、だろ?」
どうやら正解だったらしく、兄貴はふかーいため息をひとつ、ついた。本当に心配性だな。
「なにを心配しているのか知らないけど、あのふたりなら心配ないよ」
「なにを根拠にそんなこと──」
「少しは信じてあげろよ。鈴菜はともかく、柊哉は中学からいい方向に変わってきたと俺は見ているんだ」
「鈴菜はともかくって」
他のことは冷静に見られるのに、なんで子どものことになるとこんなに見えなくなるんだろう。自分に子どもがいないから分からないけど、俺にも子どもができたらこの兄貴の気持ちがわかるのかな?
「鈴菜は兄貴の子どもとは思えないほどいい子だろう。あのいい子ぶりが少し心配なんだが」
ぼかり、と叩かれた。ひでぇ。
鈴菜は物わかりが良くていい子で、少し引っ込み思案なところが叔父としては心配しているところ。だけど意外に芯は強くて下手すると柊哉より強いんじゃないのかな。たぶんそこは智鶴さん譲り。あの人も芯はものすごく強いからなぁ。この兄貴がよく負けているくらい。
「兄貴は子どもに構い過ぎなんだよ。かわいいのは分かるけど」
「文緒にべたべたに甘いおまえに言われたくないっ!」
そういわれて兄貴の気持ちがなんとなく分かった。そうか……俺は過保護なのか、文緒に対して。
「俺はやらないからな、執事なんて」
文緒の専属執事なの、俺は!
「分かった。断っておくよ」
思ったよりしょんぼりとした背中を見て少し気の毒には思えたけど、信じてやれよ、ほんと。
結局、明日香は諦めきれずにこのお屋敷に押し掛けてきたみたいだけど智鶴さんが追い返してくれたみたいだった。智鶴さん、強いな……。あの人を怒らせてはいけないな、と心に誓う。
文緒もちらりと智鶴さんが明日香を追い返したという話を聞いたらしく、なぜか誇らしげに笑いながら、
「お母さん、怒らせるとものすごく怖いのよ。蓮とどっちが怖いかなぁ」
蓮さんも怖いのに、それと並ぶほどの恐ろしさって一体!?
「蓮さんはともかく、智鶴さんをそんなに怒らせるようなこと、したことあるのか!?」
「んー? ないよ。ないけど、柊哉がよく怒られていた」
柊哉ならありえる。
「だけどむっちゃんが他の人の執事にならなくてよかった」
にっこりと意味深にほほえまれた。ど、どこまで知ってるんだ、文緒!? 聞いたけど、にこにことして答えてくれなかった。
「むっちゃんはずっとわたしひとりの執事でいてね」
そうやってにっこり笑われたら、嫌だなんて言えないだろう、普通? かわいい『娘』の頼みなんだから。
「じゃあむっちゃん、学校の送り迎え、毎日よろしくね?」
ってそっちかよっ!?
じいが亡くなってしばらく元気がなかった文緒がだけどこうして笑ってくれているのなら、執事でも運転手でもなんでもいいや。
「かしこまりました、文緒お嬢さま」
思いっきりかしこまってお辞儀をして見せた。
その場面を蓮さんに見られてやっぱり冷たい視線でにらまれたけど、そんなの知らない。
いつか文緒は俺の知らないだれかと恋をして結婚するのかもしれないけど、今が幸せならそれでいい。
そんな日が来たら考えればいい。
まあ、そんな日は一生こなかったし、文緒のその『だれか』は俺だった──というのはまた、別の話。
【おわり】