馬鹿は死んでも治らない!?12
アメリカのグループ会社もだいぶ持ち直したし、そろそろ潮時なのもあったし、日本に帰りたいなぁ、とも思っていた。
だけど、日本に帰ったところで俺には仕事があるのか? そのあたりもあるから一度、日本に戻るかな……。
『帰ってくるな』
日本に電話をして、兄貴に俺の気持ちを伝えたら速攻でそう言われた。
ひ、ひどすぎるっ!
『冗談だ。そろそろ帰って来い、と言おうと思っていたところを先に言われたからつい』
相変わらずひどいお兄さまですこと。
『柊哉が大学卒業したらおまえは柊哉の秘書として仕事を教え込んでくれないか』
……どんな罰ゲームですか、お兄さま。
「俺はいいけど、柊哉は?」
『文句は言わせない』
いえ、お父さまであるあなたには逆らわないと思いますが、俺には激しく反抗して抵抗されると思うのですが?
「あと、文緒はどうするんだよ?」
社長室で俺のやりとりを聞いていた文緒は少し不安そうな表情で俺を見ている。
『……考えておく』
保留かよ、おいっ!
だけど帰ってから聞かされた文緒への仕事は……そんなことなら俺がなにか考えればよかった! と後悔するものだった。
……もう、後悔しない人生を送るように俺、しようよ。
* *
四年ぶりの日本! さまざまなものが変わってるなぁ。俺はおのぼりさんよろしく状態できょろきょろしていた。
「睦貴……恥ずかしいから」
俺は少年の心を持ったおっさんなの!
久しぶりに帰ったお屋敷は、一見するとあまり変わった様子は見られなかった。平日の昼間だから、だれもいない。俺は自分の部屋に戻り、変わっていないことに驚いた。
四年前、ここを出て行ってから時が止まっていたかのようで……俺は今までのことが夢だったのではないか、という錯覚に陥った。
文緒と部屋にいたら、こんこん、と遠慮がちにノックされた。だれだろうと思いつつ扉を開けたら、智鶴さんが立っていた。
「睦貴、お帰り」
変わらない微笑みを向けられ、俺は久しぶりなのもあり、少し照れる。お帰り、と言われるとなんだかうれしい。そのことを正直に告げると、智鶴さんは目を丸くして、
「それ、アキにも昔、同じことを言われた。年は離れていてもさすが兄弟ね」
……変態兄貴と一緒にされてしまった。血とは恐ろしい。
「あれ? 智鶴さん、お仕事は?」
よく見ると智鶴さんは少し調子が悪そうだ。俺はあわてて部屋に入ってもらい、椅子をすすめる。
「帰ってきたばかりだからあまり選択肢はないけど、なにか飲みますか?」
俺の言葉に力なく首を横に振る。文緒も二年ぶりに会う育ての母の様子に顔を曇らせる。
「お母さん、体調悪いの?」
気遣う文緒に智鶴さんは予想外の言葉を告げてくれた。
「ちょっと久しぶりでつわりがひどくてね」
「はい?」
俺と文緒は同時に智鶴さんを見た。
「つわり……って?」
「あはは、三人目ができちゃったのよ」
あ、あのぉ。えーっと、確か智鶴さんは……俺の二つ上だから。ええ、妊娠可能年齢ですよ。
「あなたたちのところに子どもができたらちょうどよい遊び相手になるわね」
って、智鶴おねぇさま。
あまりのことにあんぐりと口を開けっ放しな俺。
確かにですね、若いと……。
ああ、もう考えるのやめた!
「お、オメデトウゴザイマス」
日本語で話すのが久しぶりすぎてなんだかカタコトですが、気のせいですよ。
「わたしもそろそろいい年だし、モデルのお仕事は引退しようかなと思ってるのよね」
いえいえ、とても俺の二つ上とは思えないほどいまだにお美しゅうございますよ。
「長旅で疲れてるだろうから、わたしはこれで。じゃあね」
智鶴さんは一体なにをしに来たんだろう?
帰ってきた挨拶ならこちらからしないといけなかったような気もしたけど、まあいいや。
そして智鶴さんのこの訪問の意味は……夕食の後に知らされる。
「睦貴と文緒の帰国を記念して、かんぱーい」
兄貴が音頭をとって夕食となった。あー、久しぶりのお屋敷の料理、美味しいなぁ。
ふと調理場を見ると、いつぞや俺が兄貴に殴られて氷をもらいに来た時に殴られたとすぐに指摘してきた見習いくんがてきぱきと指示を出している。おお、ずいぶんと出世したものだ。俺の視線に気がついた元見習いくんは手を振ってきた。俺も振り返した。が、次の瞬間、思いっきり頭を殴られていた。お、コック長はまだ健在だったのか。
食事も済み、デザートを食べてゆっくりしていたところに兄貴がやってきた。
「睦貴、あとで少し話がある」
俺は椅子から立ち上がり、文緒と兄貴と一緒に自然と俺の部屋へ。
「文緒もいるなら好都合だな」
兄貴は俺と文緒に向き合い、
「ちぃから聞いたか?」
「ああ。三人目だって? おめでとう」
「予想外でかなり焦った」
兄貴の子どもは全部予想外だろうが。……なんて言ったら恐ろしいことになるので黙っておく。
「ちぃがつらいからモデルの仕事は辞める、と言ってるんだが……。それで困っているんだ」
「モデルなんていくらでもいるじゃないか」
なにを困っているのか分からなかった。世の中、ごまんとモデルなんているじゃないか。オーディションでもすればいくらでも集まってくるだろう?
「そうなんだが……」
歯切れが悪いな、気持ちが悪い。
「文緒、ちぃの代わりにモデルをやらないか?」
「え? 私?」
文緒は驚いた顔で兄貴を見ている。
「モデル?」
いや、確かに文緒、美人ですよ、俺にはもったいないくらい!
だけどさあ。公衆の面前に出したくないぞ、俺の愛しの奥さま。
「高校三年間ミスの座にずっといた文緒ならできるだろう?」
……はい? ミス??? ナンノハナシデスカ?
「睦貴、知らなかったのか? 文緒は高校在学中唯一の三年連続のミスだったんだぞ」
初耳です、お兄さま。
「結婚したのを隠すのも大変だったんだよー」
とあっけらかんと笑ってるけど、そんな話、聞いたことないよ! 俺が疎すぎる?
「ちなみに、中学ではマドンナと言われていたらしいぞ」
なんですか、それ?
「小学生のころは……」
「ああ、もういい!」
俺が文緒のことを知っているようで知らなかったのが分かったよ! 俺のまわり、レベル高すぎて俺なんて屑同然。
「世間的には美男美女カップルなんだがね」
世間的には、というところが引っ掛かりますね、お兄さま。
「アメリカでの生活は思ったより楽だったのか?」
俺のおなかのあたりを見ながら言わないで。もう、つらいんだから。ここに戻ってきたから食生活はまともになるはずだから大丈夫だ。昔の身体を取り戻してやる!
「文緒はモデルの仕事、どう?」
俺には問答無用なのに、文緒にはきちんと聞いてるよ。この違い……なんだろう? 兄貴にとって文緒は俺の妻である前に娘、なんだよな。
「あの……考えさせてください」
さすがに文緒も戸惑っているようだ。
「分かった。明日には返事、もらえるかな」
相変わらず早いな。
「……はい」
文緒の返事を聞き、兄貴は大きな手で文緒の頭をぽんぽん、と叩いて部屋を出て行った。
部屋には俺と文緒だけになった。
「睦貴、どう思う?」
どう、と言われてもなぁ。
「文緒はどうしたい?」
「うーん、分からない」
戸惑った表情に俺も戸惑う。
「私、お母さんみたいに美人じゃないし」
ちょっと待て、文緒。おまえ、どの口がそんなことを言っているんだ? それで美人じゃない、と言われたら、世の中のおなごども、ほとんどが見ることできないほどの不細工になるぞ。
あ、石を投げないでっ! す、すみません、美しいお嬢さまがたっ!
「文緒、大丈夫だ。見た目は合格だ」
「本当に? だって睦貴って私のこと、かわいいとか言ってくれた試しがないじゃない。……やっぱり私、かわいくも美人でもないんだよ」
三年連続ミスに輝いた功績、は完全無視? 俺の意見がすべてなの?
しかし、言われてみれば俺、文緒の見た目を一度も褒めたことがないかもしれない。もしかして、俺のせいですか?
でもなぁ、文緒に対して歯が浮くような
「きれいだよ」
「かわいいよ」
なんてセリフ、言えない。
うわ、言ってる自分を想像して鳥肌が立ってきた!
次の日、朝っぱらから智鶴さんと奈津美さんと蓮さん三人から同時に説教を食らうほどのことなのを改めて知り……俺は深く反省した。恥ずかしいとか言っている場合ではなかったらしい。
俺個人としてはそんな文緒を世間さまの見世物にするのは嫌だったけど……ここは文緒に見た目に自信をつけてもらうため、と思ってモデルの仕事をすることを承諾した。
そうだよなぁ、俺も激しく見た目にコンプレックスがあって兄貴に確認した過去があるくらいだもんな。文緒の気持ち、若干分かったよ。
そうして、智鶴さんはいろんな人に惜しまれながらモデル業を引退した。
* *
俺は今、文緒のマネージャーとして働いている。柊哉が学校卒業するまで、という期限付きで。
文緒は最初、ものすごくしぶっていたけど、俺がきれいだとかかわいいと正直な感想を述べるようになったことで自信がついたらしく、今では本格的にモデルの仕事を始めてしまった。意外にも天職だったのかもしれない。
柊哉が卒業して、俺が秘書の仕事をするために文緒のマネージャーを辞めなければならない、となった時点で……。
文緒の妊娠が発覚した。
発覚した、と言ったらなんだか隠していたみたいだけど、まさしくそんな感じだったのだから仕方がない。
「私、睦貴がマネージャーじゃないと嫌だ」
とわがままを申されましても。
「柊哉の秘書はどれくらいするつもりなの?」
「柊哉と兄貴次第じゃない?」
文緒のマネージメントも楽しかったから辞めるのは嫌なんだよなぁ、と思いつつも約束だから仕方がない。
「じゃあ私、睦貴が私のマネージャーに復活するまでモデルのお仕事お休みする。育児休暇、ということで」
おいおい。
「とまあ、文緒がわがまま言っているから、早いところ仕事を覚えて嫌な俺を放り出してくれないか」
柊哉に激しく嫌な顔をされながら俺は今、秘書の仕事をしている。なんだろう、俺。周りの人たちに激しく翻弄されているような気がする。
柊哉の恋のどたばたに激しく巻き込まれたりこの後もいろいろあるんだけど、それはまあ、またのお話。
作者が書く気があれば、だけどな!
それよりも奈津美さんと蓮さんのお話を早く書けよ!
そんなこんなで今日も妄想族な俺、元気です!
【おわり】
【おまけ】
夕食の後。俺は文緒と一緒に俺の部屋に戻っていた。
「今日は少し、物足りなかったな」
文緒はにっこりと、
「じゃあ、私でも食べる?」
とかわいい顔でキスをおねだりしてきた。
「文緒は食べ物じゃないだろう」
「じゃあ、デザート」
俺は文緒にキスをして、
「文緒は妻(ツマ)だから」
一瞬の間の後、
「ちょっと! だれが上手いこと言えとッ!?」
とバシバシ俺のことを叩いてきた。
あ、分かってくれた? 妻と刺身のツマをかけたって?
「馬鹿っ!」
【今度こそおわり】