愛から始まる物語


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馬鹿は死んでも治らない!?01



 俺は今、蓮さんになぜか説教されている、文緒と一緒に。

「文緒、ちょっと今回の試験の結果はひどすぎないか?」

 文緒は蓮さんの言葉にさっきからずっとうなだれている。その責任は俺にかなりあるのが分かっているから、文緒に申し訳なくて顔向けできない。

「睦貴も……分かっているよな?」
「はい」

 俺は土下座して蓮さんに謝る。

「俺が責任もって勉強を教えます!」
「……勉強だけ、な」

 そのとげのある言葉に俺はさらに縮こまる。

「期末テストで学年十位以内に入らなかったら、おまえらの付き合いは認めないからな」

 ひいいい、ご勘弁をっ!

「分かった」

 先ほどまでうなだれていた文緒は少し挑戦的な視線を蓮さんに向ける。

「その代わり、冬休みに睦貴とふたりで泊まりがけで出かけるの、許してよ」

 ひいいい、文緒さま、お願いですからそんなことを俺がいる前で蓮さんに言わないでっ!
 しばしの沈黙の後、蓮さんは深いため息とともにものすごく嫌そうに口を開いた。

「……十位以内に入れたらな」

 厳しいけど、結局は文緒のお願いに甘い蓮さん。文緒はにへら、と満面の笑みを浮かべて蓮さんに抱きついてその頬に軽くキスをする。

「蓮、ありがとう!」

 蓮さんの顔を見なくてもどんな表情をしているのか、俺は知っている。

「仕事の時にいびる理由がこれでできたな」

 と少し楽しそうな声が聞こえたけど、俺は聞かなかった振りをした。

   *   *

 俺の名前は高屋睦貴(たかや むつき)、年齢は三十二歳。
 少し前までヘタレでニートな獣医をしていたのだが、諸事情があって今では兄である高屋秋孝(たかや あきたか)の秘書をしている。
 前まで深町(ふかまち)さんが兄貴の秘書をしていたんだけど、悪の総本山の真理(しんり)が亡くなり、子どものいなかった真理の代わりに深町さんが辰己(たつみ)の家を継ぐことになり、長年勤めていた兄貴の秘書を辞めた。結局、真理は深町さんを手に入れた、ということになるのかな。
 真理が亡くなったことで少し俺たちの関係が変わったことに、真理がどれだけすごかった人か……改めて知った。
 俺は獣医の仕事を本格的にしようかと思った矢先。

「睦貴、おまえは明日から俺の秘書」

 と命令され、俺の意見なんてなくて、にわかに秘書にされてしまった。おいおい、俺、自慢じゃないけど全然分からないぞ?
 高屋の家に生まれた時からいるんだから人間関係だとか会社関係は分かるだろう、と言われたけど……。ヘタレでニートな俺に急にそんなものを求めるなよ!



 急激な環境の変化にくたくたになりつつ、それでもつきあい始めたばかりの文緒との時間もほしくて……。俺は文緒の学業のことまで気が回らず……こういう結果を生み出してしまった。我ながら大人げない。

「すぐに根を上げるかと思っていたのに、意外に打たれ強いな」

 褒められている、と思っておこう。そう思わないと、今日の俺にはかなりきつい。

「もう、蓮もそろそろやめてあげなよ」

 奈津美さんがトレイに紅茶を乗せて笑いながらやってきた。
 今は土曜日の朝。いつものように朝ごはんを食べた後、文緒とセットで蓮さんに説教をされていたのだ。

「まあ、そういう時期があっても不思議じゃないでしょ。なんたって文緒はずっと睦貴のことを想っていたわけなんだから」

 今日の紅茶はウバティらしい。ミルクと砂糖がテーブルの真ん中に置かれている。

「たまには寄り道しないと。人生、長いんだから」

 奈津美さんの言葉に蓮さんはムッと顔をしかめている。寄り道しかしていなかった俺は……どうすればいいのでしょうか。

「やっぱり睦貴は文緒の教育上、よくないな」

 ええ、そうでしょうとも! 常に母親には反抗期。ああ、いまだにな!

「もう、諦めなさいよ。睦貴が文緒を取り上げた時に決まっていたようなもんでしょ」
「奈津美が陣痛を我慢しすぎていたのが一番いけないんだろう」

十六年も前の話を蒸し返すなよ、と突っ込みを入れたいが、藪蛇なのは目に見えているので黙っている。

「がまんはしてないわよ。だって、そんなに痛くなかったし」

 蓮さんと奈津美さんは十六年前のことでなにやら言い合いをしている。もう過去のことを今いくら言っても仕方がないのに。
 俺は奈津美さんが淹れてくれた美味しい紅茶を飲み、文緒を連れて自分の部屋に退避した。

   *   *

 部屋に入るなり、文緒が抱きついてきてキスをねだる。腰を抱き寄せ、キスをする。だけど、それ以上はお預けだ。

「文緒、勉強だ勉強!」
「えー」

 抗議の声をあげるが、俺だってその先をしたいんだ! 文緒の顔を見るのも久しぶりなのに。俺の分身だって文緒にこんにちはしたいって言ってるんだ!



 ……黙れ、下半身。

 俺は
「百人乗っても大丈夫!」
な物置クラスの箱の中に下心と欲望を仲良くセットにして詰め込み、マトリョーシカ状態でたくさんの箱の中に詰め込み、理性の鎖でぐるぐる巻きにして宇宙のかなたに送り込んだ。おまえら仲良くブラックホールに飲み込まれやがれ。

「いいか、文緒。俺だって久しぶりなんだ。朝から晩まで文緒を愛したい。だけどな」

 あ、直球なことを言ってしまった。文緒は俺の言葉に耳まで真っ赤にした。

「蓮さんにあれだけ言われてもそれを無視してことにおよぶなんて、いくら俺がMでも無理」

 いや、だから俺、もうちょっと言い方があるだろう。

「Mってなに?」

 文緒が天然なのは知っていたけど、Mを知らないなんて……。

「とりあえず、だ。期末テスト、十位以内に入るまで、俺たち禁止な」

 なにを、は言わない。

「……キスもだめ?」

 少しうるんだ瞳で俺のことを見上げるように言ってくるけど、キスだけで止まるわけないのが分かっているからつらいけど……。

「キスも駄目。さっきので当分はお預けな」

 泣きそうな文緒を抱きしめて、頭をなでる。
 こら、俺の下半身。文緒を抱きしめただけで反応するな、この馬鹿もの!

「お、俺だってな、つらいんだぞ。文緒が十位以内に入るまで禁欲生活送ってやるから!」

 ったく、どこの男子中高生だよ。
 文緒は不満そうな顔をしていたけど、

「分かった」

 と小さくつぶやいて一度、俺の部屋を出た。
 あああ、約束したけど俺、自信がない! 絶対
「だれも見てないからいいよね?」
という誘惑に負けそう。いや、見てないわけではない。兄貴にはばれる!
 うっわー。ちょっと俺、それだけで興奮してきた。
 普通なら知ってるのは自分だけ、なのに兄貴は
「見える」
からなぁ。
 あ。目隠ししてやれば……。いやいやいや、どこまで変態思考なんだ、俺。
 俺が葛藤している間に文緒は勉強道具を取りに行ったらしく、学校のかばんを持って部屋に戻ってきた。

「睦貴?」

 俺の変態思考を察したのか、文緒が不思議そうな顔をして俺を見ている。

「いや、なんでもない。とりあえず、中間試験の結果を見せて」

 文緒はしぶりながら俺に問題用紙と解答用紙を渡してきた。


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