愛から始まる物語


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愛から始まる物語15



 次の日、真理が死んだと聞かされた。あれから、眠るように息を引き取ったという。それまで相当の痛みに耐えていたらしい。どうしても俺と文緒と話がしたい、と無理をして話をしていた。最後の涙が、忘れられなかった。
 真理が死んだと告げられた日の夕食の席で、俺は全員にことと次第を報告した。兄貴はすでに俺を見て知っていたようだけど、あえて黙っていてくれたらしい。

「睦貴と文緒に嫌な役を押し付けちゃったのね、私たち」

 俺の話を聞いて、奈津美さんは泣いた。

「分かっていたのよ、あの人は愛がほしくてさみしがっていたのを。だけど……私には真理が求めている愛をあげることができないのも分かっていたの」

 真理は、求める相手を間違っていたのだ。では、彼はだれの愛がほしかったのだろう。

「母親の愛、かもな」

 兄貴は、俺を介して真理のなにを見たんだろう。ちょっと聞いてみたい気もしたけど、やめておこう。兄貴と真理は長男同士、なにか通じるところがあったのかもしれない。やはりこの役目は、兄貴ではなく俺でなくては駄目だったようだ。
 真理と兄貴はともに長男、俺は次男。確信はないけど、真理と摂理の母は、弟の摂理に愛を多く注いだのかもしれない。

「弟の方が要領いいっていうからな」

 世間一般にはそうかもしれないけど、兄貴と俺で言えば、それはないような気がする。

「そう思っているのはおまえだけだよ」

 とぽかり、と頭を殴られた。ったく、なんで俺がここで殴られないといけないんだよ? この暴力兄貴めっ!
 兄貴は母の愛をもらうことができず、俺は異常なほどの愛をそそがれた。だけど兄貴が道をそれなかったのは、深町さんの存在が大きかったのかもしれない。もし、真理にそんな人がいたら──。
 考えたけど、もしそうだとしたら俺は文緒と逢うことができなかったかもしれない。
 いや、それはないな。なにがなんでも逢えていた、という確信がある。真理がいようといまいと俺は間違いなく文緒と違う形かもしれないけど逢えていただろう。
 そう思うと、人の出逢いって不思議だな、とつくづく思う。
 俺の横で笑っている文緒を見て、一生かけて守らなければ、と心に誓う。
 そろそろニートから卒業するとしようかな。ヘタレは一生卒業できそうにないけどな。

「よーし、明日から本気出す!」

 いきなり立ち上がった俺に全員がびっくりして注目する。

「明日から本気出す、か。まあ、ニートの常套句だな」

 蓮さんが氷のような表情で俺を見ている。うるさい、どうとでも言え。
 俺は文緒を連れて部屋に戻る。

「明日からまじめに働くよ。迎えに行けないけど、大丈夫だよな?」

 俺の言葉に文緒はさみしそうに笑う。

「うん。だって、睦貴は私のこと、待ってくれるんでしょ?」

 文緒の言葉に、俺は瞳を見つめてキスをする。

「待っていてやるから、早く追いかけてこい」

 文緒は少し涙をうるませて、うなずく。

「追いかけるから」

 文緒を抱きしめ、耳元でささやく。

「愛してるよ」

 魔法の五文字だよな『あいしてる』の言葉は。真理はたったこの五文字がほしかったんだ。なんでも手に入れた、といった老人は、この五文字だけは手に入れられなかった。求めて求めて、得ることができなかった。同情するのは真理に対して失礼だからしないけど、あの人もほんと、かわいそうな人だったな。
 だけど──最後に文緒の愛をもらえて、満足だったのかな?

「真理さん、満足だったのかな?」
「どうだろうね。本人のみ知る、だな」

 文緒は小さく微笑み、俺にその魔法の五文字文字を告げる。

「愛してる」

 それだけでなんでもできるような気がする。俺は文緒にありったけの愛をこめて、キスをした。

【おわり】




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