魚は空を泳ぎ、鳥は水を飛ぶ。


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【六話】いざ、遊園地へ!《前編》



 明日、兄貴が関わっている遊園地のプレスリリースのどさくさにまぎれて行くという話をしたら、連城家も行くことになっているという。
「二人とも、学校は?」
「休ませた」
 蓮さんは当たり前のように言うけど、それっていいのか?
「普段から勉強はきちんとやっていると思うから、一日くらい抜けても大丈夫だろ?」
 と蓮さんは妙なプレッシャーを文緒と文彰にかけている。地味に怖いな。
「大丈夫だよ!」
 と文緒はひきつりながら答えている。二人とも学校の成績はいいらしい。
「まあ、いざとなったらそこの先生さまが勉強を見てくれるだろうから」
 とこちらに視線を送ってくる。え、俺?
「いや、俺より蓮さんの方が適任でしょ」
 聞いた話によると、ずっと奨学生で頑張ってきたらしいじゃないか。
「首席で卒業したおまえの方が頭いいだろ」
「いや、俺は」
「そういう謙遜が嫌味に聞こえるって知っていたか?」
 うわぁ、相変わらずきっついな、蓮さんは。
「謙遜というよりは、その」
「おまえは一番で卒業した。おまえ以下は馬鹿だと言っているようなもんだろ」
 そういうつもりはまったくなかったんだが、言われてみれば確かにそう取られても仕方がないかもしれない。
「文緒と文彰、きちんと勉強しろよ」
「睦貴先生に勉強を教えてもらえるのなら、うれしいなぁ」
 なんて文緒は言っているが、高校生なんて何年前だよ。計算したくない。もうすでにいろんなものを忘れていると思われる。
「教えるのは勉強だけにしてくれよ」
 えーっと、ここで身体に教える勉強とか言ったら、叩き出されるかな?
 あー、いかんいかん。思考がおっさんすぎる。
「姫青ちゃん、一緒にお風呂にはいろ」
 事情を知った文緒は、はるちゃんに対して優しくなった。はるちゃんはいやじゃ、と入ることを拒否しているが、文緒は腕をとり、引っ張ってお風呂場へと連れていこうとした。
「いいから、はいろっ!」
「着替えは俺が持ってくるから、こっちで一緒に入ってこい。一人では入れないだろ?」
 はるちゃんは昨日、一人で入った時のことを思い出したのか、しぶしぶうなずいた。
「あ、そうだ!」
 文緒はなにか思いついたのか、楽しそうに手を叩いて蓮さんを見た。
「ねえ、蓮。姫青ちゃん、うちに泊まってもらってもいいよね?」
 蓮さんは文緒を見て、はるちゃんを見て、俺を見た。俺の判断?
「はるちゃんはどうする?」
 はるちゃんは少し悩んで、
「文緒の部屋に行ってもいいのか?」
「うん、いいよ。色々話も聞きたいから!」
「上総は後見人としてはるちゃん一人、ここに残して問題ないと思うか?」
 成り行きを見守っていた上総に話を振ると、少し険しい表情をしたものの、信頼してくれているのか、問題ない、とつぶやいた。
「やった!」
 文緒は了承の言葉にはしゃいでいる。はるちゃんは喜んでいいのかよく分からないといった表情で俺を見ている。
「二人とも、はしゃぎすぎて夜更かしするんじゃないぞ。明日が辛いからな」
「はーい」
 二人は揃って返事をして、顔を見合わせて笑っている。
 今日の朝はどうなるかと思ったけど、仲良くしてくれるのならよかった。
 ほっとしながら俺だけ先に部屋に戻り、はるちゃんのパジャマを持って連城家へと戻った。脱衣所に置き、声をかけておく。お風呂からは楽しそうな声が聞こえてくる。女の子同士、なにを話しているのだろうという興味がわいてきたが、知らない方がいいことが世の中にはある。
 リビングに行くと、蓮さんと上総がなにやら真剣な表情で語りあっていた。入りこむ余地がなくて、ダイニングテーブルに座ると、奈津美さんが紅茶を出してくれた。
「ありがとうございます」
 奈津美さんの淹れてくれる紅茶、すごく美味しいんだよね。今日のこれはセイロンティか?
 奈津美さんも自分のカップに紅茶を入れ、俺の右斜め前の定位置に座る。
 しばらくお互い、無言で飲んでいた。先に口を開いたのは、奈津美さんだった。
「今日の朝、あんまりにも文緒の機嫌が悪いから、どうしようかと思ったわ。すっかり機嫌が直ったようで、よかったわ。ありがとう」
 とお礼を言われたが、なんと返していいのか分からなかった。
「仕事ばっかりで文緒と文彰の子育て、睦貴にまかせっきりのような気がして。ほんと、ごめんなさいね」
 改まってそう言われると、なんだか複雑な気分だ。二人を子育てしたつもりはあまりない。文緒と文彰に対しては妹と弟のつもりで接してきているし、向こうも兄だと思ってくれていると勝手に思っている。しかし最近、文彰は反抗期なのか、俺に対して激しく反抗的で、まるで俺が悪者のような扱いだ。
「睦貴には色々と助けられてるわ」
 助けられているのは俺の方なんだが。奈津美さんみたいにストレートにお礼を言えない。本当はいつもきちんとお礼を言わなければ、と思っているのに、タイミングを逃している。それに激しく照れもある。
「なにを話してるんだ」
 俺の後ろから、ものすごく不機嫌な声。そういえば、奈津美さんと二人でこんなに長い間、会話したのは初めてかもしれない。蓮さんはものすごいやきもち焼きだから、奈津美さんと二人きりで話をしていたら、いつも横やりを入れてくる。俺としてはそういう気はまったくないんだが、蓮さんは疑い深いなぁ。
「睦貴にお礼を言っていたのよ」
 奈津美さんは立ちあがり、蓮さんにも紅茶を淹れてあげている。
「上総も紅茶、飲む?」
「はい、いただきます」
 俺たちが紅茶を飲んでいると、ようやく文緒とはるちゃんは戻ってきた。二人とも、かなり真っ赤な顔をしている。長風呂すぎだろ。
「私も紅茶ほしい」
「わらわも飲む!」
 二人がやってきたら、急に賑やかになってきた。二人が楽しそうに話しているのを確認して、俺は上総と一緒に自分の部屋へと戻った。
 上総と二人きりというのはなかなか厳しい。どうやって間を持てばいいだろう。
「さっき、蓮さんとなにを話していたんだ?」
 とりあえず、話のきっかけにと思って振ってみた。
「わたしたちの世界のことについて聞かれたので、答えられる範囲で答えました」
 蓮さんははるちゃんと上総の言っていることが本当なのか、検証しようとしているのかもしれない。
「上総は元の世界に戻りたいと考えているか?」
 はるちゃんは帰りたい、と言っていたが、上総はどうなんだろうか。
「わたしの居場所は姫さまがいるところ。姫さまが帰りたいとおっしゃるのなら、ついていきます」
「はるちゃんはいいから。おまえ個人としてはどうなんだ」
「わたし個人としてですか?」
 上総は何度か瞬きして、俺を見つめる。
「そんなことを聞かれたのは初めてです。あなたはやはり、変な人ですね」
 やはり俺、変なのか。自他共に認める変態、だもんな。
「はるちゃんだけが心から帰りたいと思っていても、一緒に来た上総が帰りたくないと思っていたら、帰れないような気がするんだ」
「そういうものなのでしょうか」
「そういうものだと思うよ」
 心から帰りたいと思わなければ、道は見つからないと思う。本当は目の前にすでにあるのかもしれないのに、帰りたくなくて見えない振りをしているだけなのかもしれない。
「道は目の前にあるかもしれない、ですか」
 俺の言葉に上総は考え込んでしまった。声をかけても反応がないので、先にお風呂に入らせてもらうことにした。
 湯船に浸かり、身体を伸ばす。
 明日は遊園地か。初めて行く遊園地に少しだけ心が躍った。

     *     *

 次の日の朝、着替えて上総と一緒に連城家のリビングに行くと、そこは戦場だった。
「姫青、お箸の数を数えろ。文緒は弁当を詰めるのを手伝え」
「はーい」
 俺たちはこのまま足を踏み入れていいのか?
「睦貴は朝食の準備をしろ」
 蓮さんは俺を見ないで指示を出してきている。手元に視線は向いていた。
「おはようございます」
 タイミングを逃したような気もするが、言わないよりはいいかな、と思って声を出すと、文緒とはるちゃんはそこで俺に気が付いたようだ。
「睦貴、わらわも手伝っているのじゃ」
 誇らしげにはるちゃんは箸を振りまわしている。
「姫青、箸は振りまわすものじゃない!」
 蓮さんに叱られ、はるちゃんはしょんぼりしている。それを見て、文緒が慰めている。文緒的にははるちゃんは妹みたいなものなのかな。
 ダイニングテーブルの上を見ると、さまざまな物が散乱している。片付けて朝食が食べられるように準備をする。
 お弁当作りもひと段落したようで、それは何段重ねだ? というような立派な重箱を重ねて風呂敷で包んでいた。
 奈津美さんと文彰もやってきて、賑やかな朝食が始まった。

 朝食が終わり、俺がいつものように片づけをしている傍らで蓮さんはなにか準備をしている。文緒とはるちゃんは部屋に戻り、出かける準備をしているようだ。
「そうじゃ、睦貴。わらわが着て行く予定の服は上に置いたままなのじゃ」
 部屋の鍵を渡し、文緒と一緒に行くように伝えた。
 食器が洗い終わり、蓮さんの準備も終わった頃、着替えが済んだはるちゃんと文緒がきた。
「どうじゃ?」
 昨日、一生懸命決めたらしい服。動きやすいようにと薄緑色のTシャツの上には薄手の生地のパステルカラーの緑のパーカー、黒のジーパン。長い髪は左右に分けて緩く結んでいる。
 一方の文緒も動きやすそうな服装だ。山吹色のTシャツに深緑のカーゴパンツ。並んで立っているのを見ると、姉妹のようだ。
 上総は濃い緑のTシャツにベージュのチノパン。
 俺は黒いコットンシャツにカーゴパンツ。外は眩しいからこれにサングラスをかける予定。
 思いっきり遊びに行くスタイルだ、とてもプレスには見えない。まあ、いいか。
 蓮さんと奈津美さんもカジュアルな格好だ。ずっと静かな文彰も完全に休みの日の服装だ。
 これで人数は七人か。ワゴンじゃないと乗れないな。
 駐車場に降りておくように伝え、俺は車の鍵を取りに部屋に戻る。久しぶりに運転をするのでちょっと緊張するな。免許証を持っていることを確認して、駐車場へと向かった。メタリックブルーのワゴンの前に全員が待っていた。
 俺たちは車に乗り込む。後ろにはるちゃんと文緒が座り、前に残り三人が座る。運転は俺だ。
「これはなんじゃ?」
 はるちゃんは車の中であたりを見回し、不思議がっている。文緒が車だよ、と説明してくれている。









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