『チョコレートケーキ、できました?』


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《五十四話》離ればなれに……?



 圭季に腕を引かれ、現場(現場としか言えない状態だったから、つい)から立ち去ろうとしたらヘンタイ椿が口を開いた。

「……あんときは悪かったな。これでちゃらにしてくれよ」

 ……あんとき?
 どのことだろうか。心当たりがありすぎて特定できませんが。

「おれたちの前に二度と再び姿を見せるな」

 圭季にはどのことか通じているらしいから、あたしとのことではないようだ。

「そういう約束だから、守る。今日は約束を破って悪かった」

 約束?
 あたしが知らない間に話し合いの場をもうけたのかしら? それとも一連の話し合いの中でのこと?
 薫子さんとはあたしの前に姿を現さないだとか、人を使って妨害しないことだとかっていう取り決めはあったみたいだけど合意にはいたっていなかった。だからこその厳戒態勢が何年も続いたわけで。

「ま、そーいうわけでっ。薫子、これから結婚式だ、やっふー!」

 結婚式……? 本気ですか?
 薫子さんに視線を向けると諦めたような表情でヘンタイ椿を見ていた。

「あんただけはお断りだったんだけど、純潔を奪われたのなら仕方がないわね」

 じゅ……純潔って。キスされたくらいで大げさな。薫子さんの基準が分からないよ!

「それじゃあ、圭季。もうあなたには会わない。チョコレートまみれになればいいんだわ!」

 チョコレートまみれって。

「あんたたちより幸せになってやるんだからっ! 俊平、わたくしを不幸にしたらどうなるか分かっているわよね?」
「分かってますよ……っと」
「きゃっ」

 ヘンタイ椿は薫子さんをお姫様抱っこすると周りの目をはばからずいちゃいちゃ始めてしまった。
 なんだか胸焼けが。
 げっそりしつつ、あたしたちはそっと離れた。

 結果はともかくとして、とりあえずの決着にほっとした。
 あたしたちはバカップルを放置して、地下の駐車場へ向かうためにエレベーターに乗っていた。警備の人たちはいない。

「ねぇ、け……んっ!」

 乗り込んで一息ついたところで圭季の名前を呼ぼうとしたら、抱き寄せられて唇をふさがれた。
 ちょっと! ここは一応、公共の場! いつだれが乗ってくるのか分からないのに!
 だから抵抗したけど、びくともしない。ヘンタイ椿じゃないんだから勘弁してよ!
 肩を二・三度叩いたら、ようやく唇は離してくれた。

「見せつけられたから」

 煽られないでよ!

「しばらくは注意が必要だけど、あの様子だと大丈夫だろう」
「一人で外出しても……?」
「うん、いいよ」

 ようやくあたしに日常が戻ってくる……?
 一人で学校に行けるし、アルバイトにも、遊びも!

「でも、しばらくは学校の送り迎えはさせるから」

 そっ、そうね。いきなりってのはあたしのことだから戸惑いそうだから。その申し出はありがたかった。

。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+

 橘家に戻ると、圭季に応接間に連れてこられた。疲れたから部屋に戻って休みたいのにと思いつつ、ついて行くと……。父と綾子さん、和明さんがいた。早く結果を知りたくて、待っていたらしい。
 圭季がことの顛末を簡潔に説明をした。

「……ということは」
「はい、チョコの身の危険はなくなったとみて問題ないでしょう」

 その言葉に綾子さんは涙を浮かべていた。

「チョコちゃん、よく頑張ったわね」

 そういってあたしの手をぎゅっと握りしめてくれた。綾子さんの温もりにじんわりと心が温かくなった。
 とそこで気がついたことがある。
 あたしが橘家にいるのは薫子さんがなにをしてくるか分からなくて危険だからという理由だったような気がする。花嫁修業をすればいいと言われたけど、それは口実というか、ついでというか、おまけみたいなもの。当初は花嫁修業かあ、なんて思っていたけど、思い返してみたら大してやっていない。アルバイトとお菓子作りに明け暮れていたような気がする。
 となると、あたしがここにいる理由がなくなってしまう。
 圭季と気軽に自由にデートは出来なかったけど耐えることが出来たのは、一つ屋根の下に住んでいたから。一緒にお菓子を作ったり、圭季がお菓子を食べられるように訓練したりしていた。
 驚異が取り除かれたのなら、元の家に戻らなければならない。それもあって父が迎えに来たのかも。
 父を一人にしているのは気になっていたからマンションに戻るのはいいけど、圭季と会いにくくなるのが嫌だなあ。
 そんなとりとめのないことを考えていたら悲しくなくってきた。
 本来ならあたしはここにいないはずだった。
 そうなんだけど、今のあたしにはこの状況が日常だった。それがなくなって前の日常に戻るだけ。
 だけど。
 圭季と離れて暮らすのは嫌だ。
 どうにかして離れ離れになるのを避けなければ。
 圭季と離れたくないからこのままここにいさせてくださいってお願いすればいいのかなあ?
 でもなあ、なんだかそれってずうずうしいような気がする。
 他になにか方法がないかな。

「チョコ」

 そんなことを考えていたら、名前を呼ばれた。顔を上げると真剣な表情の圭季が目の前にいた。真剣というよりは強ばっている? ……もしかして圭季、緊張してる?
 どうして圭季が緊張しているのか分からず首を傾げた。
 いつもならあたしのそのしぐさに対してアクションが返ってくるのに、珍しく動きがない。
 しばらく待ったけど、圭季はなかなか動かない。だから口を開こうとしたら、ようやく圭季が動いた。
 ごそごそとジャケットのポケットに手を入れてなにかを探していた。
 そういえば、そんな動きを何度か見ているけどあれはなんだったのだろう。
 そんなことを思っていると、圭季があたしに近寄り左手の指先を絡め取った。
 あたしたちだけではないのに、圭季が遠慮なく熱い視線を向けてくるから全身が熱くなってきた。今のあたしは真っ赤になっていると思う。恥ずかしいから目をそらしたいのに、圭季が次になにをするのかも分からなくてそらせない。
 緊張でがちがちになっている圭季はぎこちない動きであたしの指を両手で握りしめた。そして咳払いすると口を開いた。

「都千代子さん。改めて結婚を申し込みます」

 け……結婚?
 えっと……。
 なっ、なんで今っ?
 圭季に指を握られたまま、あたしは周りの反応をうかがった。
 父が視界に入り……って、なんで泣いてるのっ?

「とうとう結婚か……。うう、母さん、チョコはすばらしい結婚相手に巡り会えたよ」

 そこで母への報告をしなくていいですっ!
 答えをくれそうな綾子さんと和明さんを見たけど、二人は手を取り合って微笑んでいた。
 ……夫婦仲がよいのはいいことなんですけどね。
 …………。
 圭季に視線を戻すと穴が空きそうなくらい見られていた。エアインのチョコレートは美味しいけど、あたしが穴あきになっても困るだけですから!

「チョコ……?」

 不安そうな声に返事をしていなかったことに気がついた。
 ……あたしが圭季のプロポーズに同意すれば。
 すれば、ですよ。
 結納だのなんだのといったことを考えたらすぐに結婚ってことはできないけど、一時的にマンションに帰らないといけないかもだけど。
 結婚すれば大手を振って圭季と一緒に住むことが出来るっ?
 それって願ったり叶ったりじゃない!
 あたしは圭季の瞳をじっと見つめて口を開いた。

【つづく】






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