『チョコレートケーキ、できました?』


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《四十六話》二人っきり



 いつものようにお迎えのリムジンに乗ったのは良いけど、後部座席に圭季と二人っきり。これって初めてじゃない?
 そう意識した途端、恥ずかしくて落ち着いて座っていられなくなってしまった。
 えーっと、なっ、なにか話さなきゃ。
 なにを話そう。
 悩むのだけど、適切な話題を思いつけない。
 あたしと圭季の共通の話題と言えば、お菓子か食べ物。これにあたしがアルバイトを始めたことで
「みかん」
の話をすることも出来る。
 前の二つの話題を振るのはいいけど、さっきの状況を思うととても不自然だ。
 となると。
 アルバイトの話をする?
 どうしようかなと悩んでいると圭季が話を振ってきた。このまま無言で橘家まで帰るのはもったいない気がしたから助かった。

「チョコはアルバイトに慣れた?」
「うん、どうにか……かな」

 まだまだ覚えないといけないことはたくさんあるけど、だいぶ慣れてきたと思う。

「それなら良かった」

 そしてまた訪れる沈黙。
 圭季からアルバイトの話を振ってきたから、今がチャンス?
 ほぼ確定とはいえ、さっきのあの女性が那津のおかーさまかどうか確認しておきたい。
 とはいえ、どうやって聞けばいいのかなあ。
 悩みつつ、ふと圭季を見ると、やたらに手を組み替えているのが視界に入った。
 ……あれ? もしかしなくても圭季もそわそわしてる?

「あの……圭季も落ち着かないの?」

 なにも考えないまま思ったことが口からこぼれ落ちてしまった。
 あああ、あたしの馬鹿っ!
 今ここで聞くべきことではないでしょう!
 どうやってフォローしようかと必死に次の言葉を探していたら、圭季がおかしそうにくくっと喉で笑うのが聞こえた。
 あっちゃー、またやっちゃった?
 圭季は困ったように額に手を当て、苦笑いを浮かべていた。
 その表情にどっきーんと心臓が高鳴った。急激に体温が上がるのが分かった。今のあたし、顔が真っ赤だと思う。

「……チョコにはかなわないなあ」

 圭季は額に当てていた手をあたしに伸ばしてきて、膝に置いていた手の甲に優しく触れてきた。

「さっきの椿さんとのやり取りを見て、チョコに嫌われたらどうしようってずっとどきどきしていた」

 まあ……かなり冷たい印象は受けたけど、仕事中にべたべたしてくるのを拒否するのは普通かなあ。むしろ椿さんの行動がおかしいと思うのよ。

「……椿、さん?」
「さっきの人は俊平の義理の母親で、那津の実母だよ」

 ああ、やっぱり合っていたのか。

「……驚かないんだ?」
「あ、うん。那津にその、聞いていたから」

 圭季はあたしの手の甲を包み込むように握ってきた。いつも以上に圭季の手が熱いように感じるのは気のせいだろうか。

「身体はもう、痛くない?」

 どうしてここでそんなことを聞いてくるのだろうと思いつつ、あたしは特に痛みはなかったからうなずいた。

「きゃっ」

 うなずいた途端、ぐいっと強く身体を引っ張られた。そしてすぐにあたしではない人間の熱。ぎゅっと包み込まれる感覚。

「那津と仲がいいんだな」

 嫉妬じみた言葉にあたしは驚いて圭季の顔を見た。

「なっ、那津はあたしの数少ない友だちだからっ」
「本当に?」

 那津との関係を疑われてあたしはかなり焦った。
 そんなの誤解だよ! 那津とは友だちとしか思えない。

「本当だよ! だって好きなのは圭季だから!」

 誤解されたくなくて、あたしは自分の気持ちを正直に口にした。
 圭季の息を飲む音でとんでもないことを口にしてしまったことに気が付いてしまった。
 回された腕に力がこもり、顎に手がかけられたことで自分の体勢がとんでもないことになっていることを知った。
 あたしの身体、圭季の膝の上!
 どーしてこんなことにっ?
 圭季に引き寄せられたからか!
 ……なんてことを考えているうちに唇がふさがれた。

「んっ!」

 押しつけるようなキス。そして割り入れられる舌。激しく奪われるように口腔内が犯されていく。
 鼻を抜ける息はひどく甘ったるく自分のものとは思いたくない。
 次第に力が抜けていき、圭季の身体にもたれると腰を引き寄せられ、さらに身体が密着した。
 ここがリムジンの中だということを忘れて、あたしは圭季にしがみつくようにしてキスに応えていた。

 リムジンが止まったことで橘家に着いたことを知り、あたしは慌てて圭季の唇から離れた。

「チョコ、夕飯の後、お風呂に入ったら部屋まで来て」

 圭季の言葉にあたしは目を見開いた。
 そっ、それって、ま、まさかっ?

「明日は休みなんだろ?」

 さすがにゴールデンウィーク全日にアルバイトを入れるなんて野暮なことはしませんでしたよ! 圭季がいうように明日は休みですけど!

「……嫌なら来なくていいから」

 ちょっと圭季、その言い方は卑怯だよ!
 嫌どころか、むしろかっ、歓迎っ?
 あああ、おとーさま、おかーさま、みだらなあたしをお許しください。千代子は大人の階段を上ります!
 あたしはぶんぶんと頭がもげそうなくらい首を振り、圭季の膝の上から飛び降りるとカバンを掴んで顔を真っ赤にして叫んだ。

「いっ、行きますからっ!」

 むちゃくちゃ恥ずかしい!
 このままここにいるのが居たたまれなくて、あたしは開いたリムジンの扉から飛び出すと一直線に部屋へと戻った。

 もうそれからは気がそぞろだった。
 気が付くとぼんやりして、端から見ても明らかに様子がおかしかったと思う。
 用意してあった夕飯を食べて、お風呂に念入りに入って。
 すべての用事を済ませてから圭季の部屋の前に立った。
 ……まではよかったのよ。
 いざ部屋へ! となったら心臓がまるで全力疾走をした後のようにどきどきし始めた。このままでは心臓破裂で死んでしまう……!
 深呼吸をして、と息を吸い込んだ瞬間に目の前のドアが開いて変なところに空気が入った。
 ぐほっ!
 なにこの絶妙なタイミング!
 なかなかこないあたしにしびれを切らした圭季が様子を見に来たのかしら?
 苦しくって胸を押さえてうつむき加減で咳こんでいたんだけど、どうにも雰囲気が圭季ではない。視線を少し上げると膝から下が見えた。
 ……うん、圭季ではない。

「遅いと思ったら、ここにいたんだ」

 にやけた声が降ってきて、それが那津だとすぐに分かった。
 予想通りとはいえ、そのお邪魔虫体質はどうにかならないのかい、那津。

「梨奈が待ってるから早いところ話を終わらせてほしいんだけど」
「は……なし?」

 なんのことか分からなくて首を傾げていると、部屋の中から圭季が顔を出してきた。

「椿さんの話を那津を交えてしておこうと思って」

 ああ、そういうことですか。

「明日はまた朝早くから梨奈の大会について行くから、今日中に話がしたいってオレから申し出たんだけど……不都合だった?」

 口では殊勝なことを言っておきながら、口元はニヤケている。もう、ほんと、そういうところはやなヤツなんだからっ!

「そういう理由なら別に……」

 ふてくされたような声音と言葉になったけど、仕方がないじゃない。
 那津が部屋に入ったのに続いて、あたしも中へ。
 すっかり緊張は解けていたから、そこだけは那津に感謝はするわ。
 本人には絶対に言わないけどね!

【つづく】






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