『チョコレートケーキ、できました?』


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《二十四話》思い切って



 いつものようにリムジンでマンションまで送ってもらって、一通りのことをして部屋に戻ったら日付が変わっていた。
 さすがに圭季、そろそろ帰ってくるよね。
 顔を合わせにくいとは思ったけど、このまま避け続けたらますます会いにくくなる。それに昨日のお礼を言わなきゃ。
 と考えていたら玄関が開く音が聞こえたので、あたしはパジャマの上にカーディガンを羽織り、そっと扉を開け顔を出した。

「ただいま」

 帰ってきたのは父だった。
 ちょっと拍子抜けしたけど、あたしが戻った時にはまだだれもいなかったから、父の顔を見て少しほっとした。だけど父の表情は疲労の色が濃かった。

「お父さん、忙しいの……?」
「忙しいっていうか……ちょっと会議続きでぐったりしてるってだけかな」
「あの……それって、昨日の?」
「あー。そうだ、ね。……昨日の出来事はキッカケに過ぎないけど、ようやく一歩、前に進めたって感じかな」

 やっぱり昨日の出来事は確実に父と圭季を大変な目に遭わせてしまっているようだ。なんだかとっても申し訳ない気持ちになってきた。

「えっと……。チョコにきちんと説明してあげたいのは山々なんだけど、守秘義務もあるから話せないんだ。けど、昨日の事件はあくまでもキッカケなんだ。それにあれはチョコのせいじゃない」

 本当はもっと聞きたいことがあったけど、父はこれ以上聞かないでほしいといつになく険しい表情をしているのを見て言葉を飲み込んだ。

「うん……。あの、ごめんなさい」

 父は少しだけ表情を崩し、あたしの顔をじっと見つめてきた。

「チョコはそこで謝ることはないんだよ。むしろ功労者なんだ。落ち着いたらなにかお礼をしたいくらいなんだ」
「え……」

 まさかの言葉に、あたしはきょとんとした表情で父を見た。

「ずっと膠着状態でどうしようも出来なかったんだ。だけど昨日の出来事で牙城を崩すことが出来て、ようやくすすめることが出来るようになったんだ」
「あたしは……お父さんと圭季の役に立った……の?」
「ああ。とってもだよ」

 その言葉が事実かどうかは分からないけど、少しでも手伝えたのならあたしの昨日のあの時間は無駄ではなかったと報われる。
 父からの言葉に、圭季に逢ってお礼をいいたい気持ちが高まってきた。
 でもその気持ちは父の一言で急激にしぼんでしまった。

「圭季くんは今日はこちらに戻らないみたいだよ」
「え……そうなんだ」

 あたしがあからさまにがっかりした表情をしたからか、父は苦笑した。

「好きな人に会えないがっかりはボクもよく分かるよ」
「…………っ」

 改めて父から圭季のことをそう言われると、照れるというか、恥ずかしいというか。こういうのを気恥ずかしいっていうのだろう。
 真っ赤になっているあたしを微笑ましいといった表情で父は見ていた。
 ううう、恥ずかしいじゃないのっ。

「じゃあ、ボクはお風呂に入って寝るよ。チョコもあんまり夜更かししないように」
「はぁい。おやすみなさい」
「おやすみ」

 父はのそりと巨体を揺らし、お風呂場へと向かっていった。
 あたしはその背中を見送り、ふうっと息を吐き部屋へと戻った。
 部屋の電気をつけず、あたしは布団へ潜り込んだ。
 昨日の出来事は、圭季と父のためになった。
 ……本当に、そうなの?
 父はあたしのことを思ってそんなことを言ったのではないだろうか。
 最近の出来事にあたしは疑心暗鬼になっていた。
 そういえば圭季はこっちに戻らないと言っていたけど、そうだ、メール!
 あたしは身体を起こし、慌てて携帯電話を確認した。もしかしたら圭季からなにか連絡が入っているかもしれないと思ったのだけど……。
 メールは何件か入っているけど、圭季からは来てなかった。
 父に言伝を頼んだからいいと思ったのだろうか。
 それともあたしはもう寝ていると思って遠慮をしているの?
 気を遣ってくれているのかもしれないけど、そういう問題じゃないと思う。例えすれ違いになっているとしても、ここに帰ってこないってのはメールでいいから連絡を入れてほしい。

「…………」

 あたしは携帯電話を睨みつけて……ぱたんと閉じた。
 圭季の対応に対して不満はあるけど、昨日の件もあるし事を荒立てたいって訳ではない。
 それともあたしから昨日の件に関しての感謝の言葉をメールするべき?
 でもそれは、出来たら顔を見て言いたい。
 もしかしたら圭季は未だに会議をしていて連絡を取れないという可能性もあるのか。
 ……それなら簡単でいいからメールをしておくべきなんだろうか。
 あたしはもう一度携帯電話を開いて、メール作成画面を呼び出した。

『遅くまでお疲れさまです。
昨日はありがとうございました。
チョコ』

 ベース文はこれでいいと思う。
 ……うーん、これだけだと素っ気ないよなあ。
 なにか付け加える? 絵文字?
 は、ハートマークなんて付けちゃう?
 あ、それ、いいかも!
 ハートマークは……っと。
 うわああ、ちょっと恥ずかしい!
 け、消しちゃえ……。
 あ。
 消すつもりが、送信ボタンを押しちゃった。
 ハートマーク付きの恥ずかしいメールが、圭季に届いてしまった。
 恥ずかしいけど、でも、あたしの気持ちはあのハートマークで伝わってくれたかな。
 明日もあるし、寝てしまおう。
 あたしは携帯電話を閉じて枕元に置くと、目を閉じた。

。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+

 朝起きて、ふと視線を枕元に向けると、携帯電話のメール着信を知らせるランプが光っていた。
 あたしは慌てて手に取り、開く。
 そこには圭季からの返信が来ていた。
 どきどきしながら中身を見る。

『おはよう、チョコ。
メール、ありがとう。
少し落ち着いたら、話をしよう。
圭季』

 圭季からの返信があったことが嬉しかったけど、話をしようという一文になんだかとっても嫌な予感がする。
 話ってなんだろう。
 今回のことについて?
 それとも、別のこと?
 心の中のもやもやはおさまるどころかますます広がり、落ち着きがなくなってきた。
 圭季からどんな話を振られるのかまったく見当がつかない。
 今回の件の説明ならいいんだけど……。
 そんなことを考えながら、あたしは着替えることにした。

【つづく】






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