《二十二話》チョコちゃん救出作戦!※那津視点
※那津視点
ちょうど部屋で宿題をしようとしていたときだった。
机の上に置いていた携帯電話がぶるっと震え、着信名にチョコちゃんの名前が見えた。珍しい人から電話が来たなと思ってすぐに出た……までは良かった。
「チョコちゃんからかけてくるなんて、珍しいね」
本当にそう思ったから素直に口にしたのだけど、電話の向こうのチョコちゃんはオレのその言葉が気に入らなかったのか、いきなり泣き出してしまった。
オレとチョコちゃんは軽口をたたき合うような気安い仲だと思っていたし、きっとなにかあったから掛けてきたのだろうというのは察しがついたからわざと軽く出たのに、それが裏目に出たのだろうか。
どうやってフォローしようかとものすごい速さで言い訳を考えたのだけど、どうも様子がおかしい。
『な……つぅ……』
ものすごく弱々しいチョコちゃんの声。しかも声が変に響いているように聞こえる。
悠長に冗談を言っている状況ではないということに気がついた。
「チョコちゃん、なにかあったんだね? 今、どこ?」
圭季は今、仕事中だ。だからチョコちゃんはオレに助けを求めてきているらしい。
圭季からチョコちゃんのことを守るようにと言いつかっていたけど、そんなこと言われなくても危なっかしい親友をほおっておけない。綿菓子みたいにふわふわで甘い彼女のことをオレは気に入っていた。
電波状況があまりよくないようで、泣いているのを差し引いてもチョコちゃんの声は途切れ途切れだ。メールでやりとりする方が確実だと思い、心細く感じているのは分かったけど、オレは思い切って通話を切った。
オレのメールは向こうにきちんと届いているようで、チョコちゃんからはオレの質問に対して答えが返ってきた。
……よりによって圭季のヤツ、チョコちゃんをシトラスに向かわせたのか。
圭季が知らない訳ないと思うんだけど……。
まさか圭季、シトラスの状況を知っていてわざとチョコちゃんを……?
そんな疑念が浮かんできたけど、そうではないと思いたくて強く頭を振った。
圭季は強引なところはあるけど、非道な人間ではないはずだ。
チョコちゃんがアルバイトをしたいと言ったとき、あんなに反対していたし、閉じ込めておきたいと何度か言っていたのを知っている。
確かにチョコちゃんは頼りないところがあるけど、閉じ込めて大切にしていればいいわけがない。
オレと圭季との考えの違いってのもあるけど、守るにも限界というものがある。
それならば少しでも相手に強くなってもらおうとするのが正しい姿ではないだろうか。
オレはチョコちゃんと何度かメールのやりとりをした後、
《分かった。少し手続きがあるから遅くなるけど、絶対に助けに行く》
とだけ伝えて動き始めた。
まずは親父に連絡をしたのだが、コール音はするものの、すぐに留守電に繋がってしまう。そういえば夕方から会議と言っていたから出られないのかもしれない。
困ったなあ。
橘製菓に掛けても『会議中でございまして、お取り次ぎは……』と言われてしまった。
一刻を争う事態だというのに、電話の相手は重要会議だからと言って譲らない。
なにが重要会議だ。
人命よりも大切なものなんてないだろうっ!
苛ついたものの、電話ではらちがあかないので早々に諦め、直接、会社に行くことにした。
非常識? そう思ってもらっても構わない。
リムジン内で圭季にも掛けたけど、こちらは電源を切っているようで、すぐに留守番センターに繋がってしまう。
最終手段は社長なんだけど、そうするときっと圭季が嫌がるだろうからやめておいた。
橘製菓に着き、受付に面会を伝えたのだけどこちらも電話の対応と同じ。
重要会議中ですからの一点張りだ。
どうにも嫌な予感がする。
会議が終わるまでロビーで待たせてもらうと伝え、オレはソファに深く腰掛けた。
何度か親父の携帯電話に掛けるものの、本当に重要会議なのか反応がない。メールも送ったのだけど、見ているのかも怪しい。
圭季の携帯電話も相変わらず通じないし、なにもすることが出来ない自分に焦燥感だけが募っていく。
チョコちゃんが心細い思いで待っているというのに、オレはただここでじっと待つことしか出来ない。
オレが橘製菓のロビーに来てから一時間は経っていたと思う。
ようやく親父から電話が入った。
『すまない。連絡が遅く……』
「親父、大変なんだ!」
ようやく繋がった親父に安堵して、ここがどこだか忘れて思わず大声を出してしまったが、親父に静かにするようにと諫められた。
『会議は終わりそうにない。メールは見た。圭季くんだけをどうにか抜けさせたから、後は任せた』
「ありがとう」
本当は親父にもっと頼りたかったのだけど、オレに電話をかけてくるのが精一杯といった様子だった。親父はそれだけ言うとすぐに通話を切った。
リムジンを会社の裏口に回し、圭季が不機嫌な表情でエレベーターから降りてきたのを確認すると裏に回るように指さし、オレは正面から出ると裏口に走った。
「なんだ」
圭季は先にリムジンに不機嫌さを隠さずに乗っていた。
「『シトラス』までお願いします」
オレのその一言に圭季はますます不機嫌な表情になった。
「会議中にしつこく電話を入れてきて、行き先が『シトラス』とはどういうつもりだ」
圭季から返ってきた言葉に『シトラス』の実情を知らないことを知った。
「圭季、『シトラス』の事情を知らない……のか?」
「事情?」
尖った声に圭季ってこんなヤツだったかなと疑問に思う。
前はオレに対しても優しかった。
親父の話によると、去年の一年間、臨時教師をしたことが一部の人間の反感を買っているらしい。
一部の人間、ねぇ。
その人物がだれとだれ、というのが思い当たり気が重くなる。
圭季には本当に申し訳ない気持ちがいっぱいだ。だけどオレが圭季から離れるとあいつの思惑通りになるし、圭季もチョコちゃんも大切な人だ。その人たちから離れるなんて、考えられない。
「那津」
口を噤んだままのオレに痺れを切らしたようで、圭季が鋭くオレの名を呼んだ。
「おれは仕事中だ。ふざけるな」
「ふざけてなんかない。圭季はどうして『シトラス』を選んだ?」
『シトラス』を始め、『ママレード』『レモン』に、和菓子を扱っている『みかん』『ゆず』などの柑橘類から取った名前の橘製菓系列の店舗が色々とある。
確かに『シトラス』はチョコちゃんの通う大学から近いけど、帰りのことを考えるとイートイン形式にこだわるのなら『ママレード』の方が適切だと思うのだが……。
「ちょうどアルバイトを募集していた」
「アルバイト募集なら、この時期ならどこの店でもしているだろう?」
「…………」
例年、このタイミングでどこの店舗も募集をかけると親父から聞いたことがある。年度が替わることで辞めていく人が出てくるからだ。人気の店は募集が掛かった途端に埋まるらしく、問題の『シトラス』もそうだと聞いていた。
「あそこはイートインと持ち帰りがあるし、ケーキが美味しいと評判だったから……」
チョコちゃんを思って、ということか?
それにしても先ほどの勢いはどこに消えてしまったのか、圭季の言葉は歯切れが悪い。
「ところで、どうして今から『シトラス』へと向かっている?」
圭季からそんな質問が返ってくるとは思わなかった。
「どうしてって……」
思わず唖然として、圭季の顔をまじまじと見つめてしまった。
圭季の顔は心なしか疲れていた。入社してまだ二週間も経っていないはずだけど、疲労困憊といった様子だ。
「なあ、圭季。もう一度だけ聞く。チョコちゃんに『シトラス』でのアルバイトをすすめたのは圭季なのか?」
オレの質問に圭季の顔色が変わった。
「もしも圭季が『シトラス』を選択したのなら、社内情勢を知らなすぎだ」
それから圭季はなにを思ったのか、黙り込んでじっと前を睨み付けていた。
オレと圭季は『シトラス』に到着して、知らぬ存ぜぬとしらを切り続ける店長と店員の口をどうにか割り、倉庫の鍵を手に入れた。
チョコちゃんから連絡があってから何時間経っていたのだろう。
オレが高校生でなければ、もっと早くに動けていたのに……。
そう思うと悔しくて仕方がなかった。
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