惜別西鉄北九州線

その3 折尾今昔

※『青文字』は、浦井直彦さん(その1参照)のご教示によります。

筑豊本線と鹿児島本線が交差し、西鉄の始発でもあった折尾は北九州市の西のはずれに位置する。「都市化」が遅れ、現在でも昔の九州の雰囲気が残る街である。私がはじめて北九州線を訪れたのは、新幹線博多開業を目前に控えた1975年3月6日であった。ここから、小倉駅前まで乗車した。今までの「路面電車」の概念を超え、実に長い旅であった。部分廃止が続いた北九州線で最後まで残ったのが折尾〜黒崎であったのも皮肉である。ここでは、1975年3月6日の初訪問(白黒)と四半世紀後、廃止を間近に控えた2000年8月23日、10月7日の映像をお目にかける。

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新幹線開業の横断幕こそあるがまるで、タイムスリップしたようなたたずまいの雨の国鉄折尾駅。

雑然とした駅前、ボンネットの郵便トラック、複雑な増築(?)を重ねた木造駅舎。

『当時の折尾は道が狭く、駅前は、西鉄電車乗り場(確か、「黒崎・門司行き電車のりば」という看板があったように思います)と僅かなロータリーがあるだけでした。西鉄電車乗り場は、木造の三階建てで、階段を歩くとミシミシ音がするような代物でした。』

純白に塗装され、右側がすっきりし、ライトアップされた現在の駅舎。駅前も整然とした。西鉄の駅から写したもの。

折尾で発車を待つ門司ゆき。終点までざっと2時間はかかる「長距離路面電車」である。

右奥に、晩年は廃止された1番線が見える。又「煉瓦造り」の様子もよく判る。

同じく、折尾にて連接車と並ぶ。「電停」と同じ駅名票や広告が懐かしい。

2000年8月23日の折尾駅に停まる黒崎駅前行きモ622。大分、様子が変わった。

その4鉄の街を支えて-1

1000形連接車車内 蛍光灯カバー付き!

冷房改造されたモ600車内

 

右の折尾を発車した黒崎行き。名物「煉瓦3連アーチ橋」を渡る。筑豊本線(鹿児島本線との連絡線)の踏切が見える。西鉄のアンダークロス部分はまだ架線が貼られていない。この付近は、市街地再開発が行われ新しい建物が増えた。3連アーチもご覧のように隠されてしまった。

『1986年頃「駅前再開発組合」が発足して、道路整備が行われ、現在の駅前ビルが建ちました。』

3連アーチを、ビルとの隙間から見る。見事である。

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